第2話 退院
疼く。
疼く。
目が疼く。
「……ここは」
ゆっくりと上体を起こすと、患者衣を来た自分が目に映る。
「病院……そうだ、俺。目」
見えている。何も見えなかったのに、ちゃんと見えている。
「医療魔術ってすげー」
完全に失明したと思った。けど、なんとかなったみたいだ。
患者衣をはだけてみても体に痛みもないし、傷も見当たらない。
今日にでも退院できそうなくらいだ。
「夏目さーん。あ、目が覚めたんですね。調子はどうですか?」
「えぇ、ばっちりで」
「それはよかった。腕、失礼しますね」
血圧測定器のバンドが腕に巻かれ、ぶぶぶっと音がなって締め付けられる。
もう片方の腕には体温計を挟む。
「この後の予定ですけど、一度先生の診察を受けてもらって、問題がなければそのまま退院して大丈夫です。えーっと今からですと……先生の体が空くのは一時頃ですね。お昼ご飯、食べて行ってください」
「はい」
話し終わるとバンドの空気が抜け、腕に血が通う感覚がした。
体温計からも音が鳴って、平熱だった。
「それでは何かあればナースコールで呼んでください。それじゃ」
「どうも」
ベッドを区切るカーテンが閉じられると、看護師さんは隣りに向かった。
話し声が聞こえてくる。隣りも前も、斜め前も、患者は魔術師か。
この場にいる全員、俺みたいに命拾いした運の良い連中って訳だ。
妙にぱりっとしたシーツと若干硬い掛け布団が慣れないが折角の入院だ。今日には出て行くとしてもそれまではゆっくりさせてもらおう。
テレビは金が掛かるんだっけか。いや、そもそもイヤホンがないな。
ま、いいか。適当に時間を潰そう。
「ん? 花だ。誰が?」
獅子堂か? あいつこんなことするような奴だっけ?
「お、ちゃんと生の奴」
花弁に触れるとちゃんと生っぽい。造花の無機質な感触じゃなかった。
なんの花だ? 詳しくはないけど一輪手に取ってみる。
「んー……ん?」
花弁の一枚に虫がいる。
いや、虫じゃないな。汚れか?
指先でそれに触れて見ると、その瞬間。
「あら?」
その花はあっという間に枯れて散ってしまった。
花弁だけじゃなく茎まで真っ茶色に染まって萎れてる。
「急に寿命が……」
手に取ったのがよくなかったのか?
そもそもこんなスピードで枯れるもの?
随分と繊細な花なんだな。
これだけ早く枯れるとなると、なんかちょっと縁起が悪いような気がするけど。
まぁ、いいか。
「寝よ」
サイドテーブルに花の残骸を纏めて、身をベッドに預ける。
そのまま目を閉じて惰眠を貪った。
§
先生の診察も無事何事もなく終わり、太鼓判を押されて退院したその足で向かう場所がある。
魔術協会。
日本に在籍する魔術師たちを管理する組織。
日本各地に支部があり、この土地には本部が設置されている。地下に龍脈が走ってるだとか、霊的に洗練された地だとかなんとか言われてるらしい。
実際、ここにいるだけで消費した魔力の持続回復が早まる気がする。
そんな場所に現代的なデッカいビルを建てていいもんなのかは疑問が残るけど。
社とか建ててたほうがよかったんじゃ?
「よう、夏目。目を潰したってホントか?」
「あぁ、医療魔術様様」
「怪我は平気なの? 無理しないでね」
「平気。ありがとさん」
「もう復帰か。怪我のし甲斐がないな」
「まったくだよ。ホントに」
知った顔の魔術師数人と言葉を交わしてエントランスを抜ける。
エレベーターに乗って向かうのは地下のトレーニングルーム。
土地そのものが特別な関係上、地上より地下のほうがその効力が高い。
魔術が扱いやすくなってトレーニングにも持って来い。
ただここの環境に慣れすぎると地上でチグハグになるのが玉に瑕だ。
「お、やってんな」
広いトレーニングルームを見渡すと、会いたい奴を見付けられた。
あっちも俺に気付く。
「よう、獅子堂」
「夏目。もう復帰か。調子は?」
「絶好調。だけど、体を動かしておきたいんだ。一本、付き合えよ」
「いいぜ、ボコボコにしてやる」
「言ってろ」
武器スタンドから手頃な剣を選んで獅子堂を向かい合う。
医者の話じゃ骨が六本折れてたらしい。それはすでに完治済みだし、仕事復帰の許可も出てる。
だが、医療魔術で回復した体は以前とは少し違って感じることが多い。
こう、意識と体の動きがズレる感じ。
それの修正作業に獅子堂には付き合ってもらった。
何度か剣を交わして斬って躱せば元通りだ。
「――それで俺が意識を失ってからどうなったんだ?」
自販機から転がり落ちたミネラルウォーターを拾う。
「簡単に言えば一般人は無事、あの白いのは撃退だ」
「撃退? 仕留め損なったのか」
「あぁ。援軍に
「瀬戸? どの瀬戸だ? もしかしてあの瀬戸か?」
「その瀬戸だ。現役最強魔術師。ちょうど近くにいたらしい」
「で、それでも仕留められなかったってのか?」
「仕留められなかったっつーか、追わなかっただな。逃げたんだよ。近くには一般人、お前は目が潰れて死にかけ。敵は得体の知れない新種で再生能力持ち。ヘタに深追いせずに護ってくれたんだよ」
「ふん……そうか」
仕留められなかったと聞いた時はあの瀬戸さんがと信じられなかったけど、そういう事情ならしようがないか。
新種は特に対応が難しいし、討伐より人命を取ったのなら、こう言う結果にもなるか。
「それよか、体のほうは大丈夫なのか? カンは八割くらい戻ったみてぇだが」
「平気も平気。今日はずっとそればっか聞かれてるよ」
ミネラルウォーターを半分ほど一気に飲み干してキャップを閉めた。
「ん? あれ」
「どうした?」
「いや、キャップが破れてる」
「は? なに言って……ホントだな」
握り込んでたミネラルウォーターのキャップに穴が空いている。
裂けたみたいに。
「買った時には穴なんて空いてなかったのに。この目で見たんだ、間違いない」
「ふーん? まぁ、不良品だろ。水分とれって天からのお達しなんじゃねぇの」
「お達しねぇ」
何かが変だ。
そう思いつつも穴の空いたキャップを外して、残りの水を飲み干した。
「あ、ここにいた。
この声は。
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