第1話⑦

 現在の状況を説明しよう。

 周囲は宇宙ゴミに囲まれ、股下には殺意全開、二メートルほどの警備ロボットがいる。

 ロボットに跨っているのは、先頭から少女、少年。尚、少女は血走った目で一心不乱にメモ用紙に術式を書き殴り魔術を発動させており、狐面の少年はヘッドホンを外して周囲の音——養成所行きの列車の音を拾い、しきりに「右、左もうちょい左」と呟いている。それに合わせて少女が術式を書き換えていく。

 さてこよりはというと、ロボットの目前、腕が届かないギリギリの位置で吐き気を堪えながら浮かんでいた。

 名付けて「人参と馬作戦」。少年が列車が動いている方角を探知し指示を出し、少女が魔術によって餌のこよりが浮かぶ位置を変え、ロボットの行き先を無理やり第二天人養成所にするというものだ。

 少年、少女を乗せながらこよりに向かって飛び続けるロボットが、人参を追いかける馬のようにも見えることから名付けた。最も、人参役をしている子よりは常に死が隣り合わせであるので緊張で吐きそうであり、少女は自分のミスが人を殺しかねない状況下に置かれて吐きそうになり、少年は周囲の雑音の処理で脳みそが半分イカれてすでに吐きそうではあるが。

『ブッコロオおおおおおおス‼︎』

 とにかく、三人の連携により警備ロボットは順調に養成所まで向かっていた。

「あのさ、へっぽこ魔術師」

 少女に指示を出しながら、青ざめた顔で少年は口を開いた。

「何よ」

 右手をひたすら動かしながら、土気色の少女が自身の米神の髪を耳にかける。

「最初、嫌いって言ってごめん。金持ちそうだからって理由で嫌うのは、未熟だった」

「いいわよ」

「ずいぶんあっさりしてんな」

「言ったでしょ。私は『私を嫌いな人』が嫌いなの。裏を返せば『私を認めてくれた人』は好きよ」

「そっか」

 土気色のまま少女が微笑み、少年も青ざめた顔で笑った。

「…私も、貴方に言っておかないといけないことがあるわね」

「え、私?」

 苦笑いを浮かべたこよりに、少女は控えめに頷く。

「私のせいで、ロボットが貴方を襲ってしまったわ。状況を悪化させてしまったし、本当にごめんなさい」

「いいよいいよ! 誰しも失敗はあるんだからさ、ね!」

「でも…」

「本人が許してんだ。そんな引きずんな!」

 こよりに合わせて、少年は励ますかのように少女和の背中を強く叩いた。少女はえずいた。

「私も一個いい?」

 こよりが手を挙げる。

「「勿論」」

「チャーム、結局手に入らなくてごめん。バイト代は受け取らないから」

「わかったわ。けど、チャームのことは気にしなくていいわよ」

「また行けばいいしな」

「でもカップル詐称はもうやめようね。私懲り懲り」

「「……」」

 少年、少女がフイと顔を逸らし、少女が「そんなことより」とわざとらしく切り替える。

「自己紹介しましょう。なんだかんだ、できてなかったじゃない」

「確かに〜。私は番条こより!」

「俺、八坂慎吾」

「十文字苺よ」

 青い星——第二養成所が建つNN1010が近付く。ゆっくりと、しかし確実に、三人はその星の大気圏内に入った。いつの間にか列車も追い越していたらしい。星々を繋ぐ鉄道の線路と、その上を走る白蛇が遠くに見える。線路は星の列島の、桜色の森の中央付近に伸びていた。あそこが、第二天人養成所の入り口だろう。結界を張っているためか、それとも単純に桜の巨大樹に覆われているからか、施設の全体像は掴めなかった。

「正念場ぁ……」

「お願いねこより」

「お前ならできるこより」

「名前教えた途端に呼び出すじゃん君たち」

『ブッコロオオオオ』

「お疲れ様ロボット君。でもね、もう休んでいいんだよ」

 自身の口元に当てがっていた両手を外し、こよりは前方の巨大な白い鳥居に向かって、両手を構える。

 鳥居は養成所の門の役割を果たしていると聞く。このまま衝突すれば鳥居は粉々に吹き飛び、ロボットに乗っていた三人共々宇宙の藻屑と化すだろう。その勢いを超能力で止めるのがこよりのもう一つの役割だ。そしてそろそろ胃が限界である。他の二人も限界を越えそうであるので、早急に決着をつけなければ。

「鳥居までおよそ六百キロ! 衝突まで一分!」

「位置を調節するわ!」

 慎吾が叫び、苺がペンを動かす。現在時刻は午後二時五十八分。

 受付終了まで、残り二分。

 一方その頃、養成所内の鳥居の近くでは、二人の男が話をしていた。箒を持っている甚兵衛姿の美丈夫は、人手が足りず臨時で事務員を務めている食堂のスタッフであり、白地に彼岸花の刺繍が施された羽織を着ているうねり髪の男は、今年の新入生を受け持つ教師である。

「いやあ、今年の新入生はなかなか多いですねぇ。十数人なんて久しぶりですよ」

「まったくです。こりゃ教え甲斐がありそうだ」

 スタッフがほけほけと笑い、教師の男は気だるそうな目つきを柔らかく細め、徐に空を見上げた。彼の目には、よく晴れた青空に新入生の入所を祝う誉桜が吹雪く、美しい光景が映るはずだったが、それは天上から降ってくる一つの隕石——否、一体のロボットとその上に跨り、顔面蒼白のまま見開いた目から涙をこぼしながら爆笑する三人の子供というなんとも珍妙な風景に切り替わった。

 ぶわりと、教師の体から冷や汗が溢れ出す。「今年の新入生は元気ですねぇ」

「言ってる場合ですか! 危ないから下がって!」

 呑気に笑うスタッフの前に、教師の男が焦燥を滲ませた表情で前に躍り出、子供たちに向かって叫んだ。

「お前ら! 受け止めるからそのまま落ちてきなさい!」

「「「あ、お構いなく!」」」

 眩いばかりの笑みで言われ、教師の男は盛大にずっこけた。

「君たちー! 新入生ー?」

 スタッフの男の呼びかけに、こよりたちは空元気に「「「はーい!」」」と答える。

「入学金の決済方法はどうするー?」

「「「電子決済でお願いしまーす!」」」

「はーい!」

 スタッフが宙に翳した黒いA4サイズのラブレットに向かって、こよりたちはポケットから取り出したビー玉状のデバイスが入ったお守りを取り出した。現在時刻午後二時五十九分。ピロン、と軽い電子音が鳴り、スタッフが「番条こよりちゃんと、十文字苺ちゃん、八坂慎吾ちゃんねー。ようこそ、第二天人養成所へー!」と笑みを浮かべながら手を振った。安堵からか、三人は顔を見合わせて笑い。込み上げる吐き気に頬を膨らませた。

 さて、彼らの数キロ下では、教師の男があっちへ行ったりこっちへ行ったりと子どもたちを受け止めるための調整をしている。正直、暴走状態だろうロボットを片付けるのも、秒速十キロの子どもたちを受け止めるのもそう難しくはない。ただ、彼女たちはそれを遠慮した。差し伸べた手を振り払う者を救出することほど難しいものはない。そうこうしているうちに衝突まで残り十秒を切った。

「行くよ!」

 土気色を通り越して真っ白になったこよりが、体内から力を捻り出す。

 サイコキネシス。

 こよりの両の手のひらを中心に広がった薄い膜が、ロボットごと三人を包み込む。

「よい、しょおおおおお‼︎」

 総重量三百キロ越え(物体の移動による負荷省く)の塊を、根性で持ち上げる。地面に激突するかに思われた彼らは、まるで見えない巨大な手に掬われたかのように浮き上がった。

 が、しかし、着地場所の制御までは敵わず、教師の隣に不時着するつもりが、三人は教師の男の広げられた腕の中へと吸い込まれていった。

 音を立てて倒れる四人。

 その隣で教師の手によっていつの間にか停止させられていたロボットを「ウヒャぁ!」と躱すスタッフ。

 子供達を見事受け止めた教師は、彼らの下敷きになりながらも、自身の羽織と服を湿らせる酸っぱい匂いに目を見開いた。

「お前ら、大丈夫か…って……」

 三人の顔を見るや否や、教師は青ざめる。受け止められた衝撃で胃を刺激された三人は、同時に嘔吐していたのだ。

「お前ら……」

 静かに体を震わせた教師は、クセ毛の前髪で表情を隠したまま、黙って三人を担ぐ。慎吾は背負い、女子二人は自身の腕に腰掛けさせるようにした。申し訳なさそうな顔で吐き続ける子供たちに、教師の男は菩薩のような笑みを浮かべた。

「まずは保健室に行って診てもらいなさい。水分と栄養をちゃんと補給したら……」

「補給したら…?」

 かろうじて吐き気に耐性のあったこよりが、恐る恐る顔を上げる。そこには優しげな笑みをピクピクと引き攣らせ、米神に血管を浮き上がらせた教師の顔があった。

「全員まとめて事情聴取と説教だ、馬鹿タレ」

「そ、そんなあ……」

 こよりはがっくりと肩を落とした。

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第二天人養成所 かんたけ @boukennsagashi

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