第1話⑥

 白蛇の銀河列車は、凄まじい速度でこよりとロボットを置き去りにした。周囲に広がるのは、墨に紫のスパンコールを落としたような、眩い宇宙空間と、そこに散らばる空き缶や鉄屑などの宇宙ゴミたちだけ。近くには停留所も星もなく、ここから生還するのは至難の業だろう。そもそも、スーローモーション中だが、今まさにロボットの拳が迫っているわけで。嫌にゆっくりと自身の顔を覆っていく機械の手の平を、こよりは睨みつけていた。

 思えば、生まれてこの方、運には恵まれたことがない、と、こよりは思う。

 家族はこよりが物心着く頃には死んでいたし、どうやら自分たち家族は両 超能力者排斥運動から逃げていたようで、生まれ故郷である星がどこかも分からない。目の前で家族が殺されていく中、こよりが生き残れたのも、生まれ持った影の薄さ故のこと。

 大切なものははなからない。だから、自分の命に対してそこまで頓着がない。むしろ、死んでしまえば天国の家族に会えるとすら思っている。

 それでも死にきれないのは、どうしてだったか。

「——ねえ!」

 高い声が鼓膜を振るわせ、こよりの意識を現実へ引き戻した。見ると、目の前に迫っていたはずのロボットの手はなく、代わりにワンピースと黒髪をはためかせた少女が、冷や汗まみれの手でこよりの手首を握っていた。彼女の足首は少年が片手で掴み、もう片方の手で何かを鷲掴んでいる。二人分の体重が掛かっているからか、彼の腕には血管が浮き上がっていた。

「ちょ、あの魔術師さん⁉︎ 見えてしまう! 見えてしまいます!」

「薄手のズボンよ! 緊急事態に何とぎまぎしてるの!」

「だ、だってえ…」

「っていうか、その怪力、君超人だったんだね⁉︎」

「ぶっちゃけ超人の中じゃ力無い方だけどな!」

 お面越しなので見えないが、彼が笑ったのが分かった。

 少年少女を映したこよりの瞳に、バチバチと花火に似た閃光が弾け、黒く霧がかかっていた思考を鮮明にする。これだったのか、と、こよりの口元にほんのりと笑みが浮かび、彼女の心臓を高鳴らせる。

「はい、どっこい!」

 少年はこよりを掴んだ少女ごと自身の足場まで引き上げた。少し埃を被った、滑らかな床……というよりも、

「警備ロボの背中じゃん、ここ⁉︎」

 こよりたち三人は、未だロケットブースターを起動させたままの警備ロボに跨っていた。

「これ持ってなさい!」

 半ば押し付けられるように渡されたのは、円状の数式が刻まれた木札だった。

「簡易安全装置よ。お出かけの時にお父様から五枚いただいていたの!」

 簡易安全装置。主に魔術師たちが箒に乗るときに使うものだ。持っていると接触した物体を基準にした行動が可能になる。簡単にいうと箒から落ちなくなる。荒れ狂うロボの上を少年が足場にできたのは、彼の筋力と体幹もあるが、これのおかげでもあったらしい。

 先頭から、こより、少女、少年。三人に跨られたロボットは、腕を限界まで背後に回すが、旧式機械の可動域では三人に触れることができない。それは表情モニターを痙攣させると、世界が西暦2000年代だった頃に流行ったとされる古の「ぴえん」マークを映し出した。

『ブッコロ、コロ、コココココココ……死ネ』

「もっとバグってねこのロボ⁉︎」

「おそらくターゲットと接触しているのに触れられないことを起こっているのね。そういう感情プログラムがあると聞いたことがあるわ」

「吐きそう…」

「うおおおお我慢してくれ! 無重力空間で吐いたゲロは体に張り付くぞ⁉︎ 最悪喉に詰まって死ぬ!」

 少年の訴えはこよりも分かっていた。分かっているが、吐き気は治らない。今も、胃の不快感がグルグルと渦巻いて、こよりに限界突破を促してくる。マズイ、このままでは初対面二人の前で嘔吐しながら窒息死という醜態を晒してしまう。けれどそれ以上にこよりを焦らせたのは、現在時刻だった。

「ねえ……今、何時……?」

「午後二時よ」

 少女がワンピースのポケットにしまっていた懐中時計を見ながら答え、少年が「へ〜」と何の気なく頷き、次いで狐面の奥の眉頭の間に皺を作った。

「……あれ、俺たちって全員第二天人養成所に向かってるんだよな?」

「そうね」

「うん」

「終了時刻までに受付できなかったら、養成所生徒になれないよな」

「ええ」

「そうだね」

「…受付時間、一時間後じゃね? 間に合う? つーかここ、何処?」

 少年が周囲を見回す。遠くの方に線路があるが、それ以外はゴミや雑誌、不法投棄された電化製品が宙に浮くばかりで、星どころかそう何時に使う無尽宿も見えない。事実に気づいたのは彼だけではないようで、三人は付き合わせた顔を誰からと言わず青くした(とは言っても、一人はお面を被り、もう一人はすでに吐き気で土気色だったが)。

「ヤバくね⁉︎」

「やばいわね」

「ヤバくないわけがないよ…」

 三人して頭を抱える。

「ど、どどどどどどうする⁉︎」

 少年はパニックになり、

「どうもこうもないわよ。気合いで行くしかないわ」

 少女は根性論を唱え、

「何でもいいから吐きたい…気持ち悪いよぉ……」

 こよりは口元を押さえてえづいた。そうしている間も、ロボットは三人を虎視眈々と狙い、背中のロケットブースターから推進力を吐き出し続けている。

「よし、よーしこうしよう。このロボをへっぽこ魔術師のお前がプログラムし直して、列車代わりにする!」

「無理ね。私にそんな高度な魔術は使えないわ」

「それに未成年のロボット操縦はここだと犯罪になるよ…」

「じゃあ、超能力でビュビューンと…」

「ごめん、ゲボ撒き散らしながら死ぬと思うけどいい?」

「良くないわね」

「良くねえな、ごめん」

「超人なら怪力でどうにかならないの?」

「だから、俺は超人だけど他の超人より非力なんですぅ!」

「なら何ができるのよ」

「反射神経がいいのと、五感が鋭い。特に耳。調子良いと千キロ先まで聞こえる。その代わり何分か使うと脳みそが処理落ちしてゲボ吐く」

「あ、そのお面とヘッドホンって制御装置だったんだ」

「そういうこと」

「先に一言謝っておくわ、ごめんなさい。貴方、あまり使えないわね」

「くっそ本人も自覚してることをグサグサ言いやがって…」

「ねぇ吐いていい?」

「「それは待って」」

「うううう……」

 少女に背後から口元を塞がれ、こよりは涙目で唸った。もう限界だ。何処でもいいから星に不時着して吐きたい。いや、できれば養成所があるSA2222星がいい。しかし、こよりたちが話している最中にもロボットが無茶苦茶に飛び回っているせいで、現在位置が掴めない。こよりは入所を逃すわけにはいかないのだ。へっぽこ魔術、非力な超人、殺意の高いロボット、数秒しか使えず使用後に嘔吐が確定している超能力…。今あるものを最大限利用して、どうにか目的を果たさなければ。

 数秒か、数分か、こよりには分からない。両目を固くつむり、こめかみの欠陥を浮き上がらせ、頭を高速で回転させる。数秒か、数分か、時間が過ぎ、こよりは静かに目を開いた。

「……二人とも、ちょっと協力してもらってもいいかな」

「いいぜ」

「何か案が?」

「うん。上手くいけば、全員間に合うかもしれない」

 言い切ったこよりの表情は決意に満ち溢れ、土気色だった。

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