第1話⑤

 車内カフェのバックルームは、出入り口から見て横に細長かった。何本のも配線の束が、埃まみれの床の上を蛇のように這っている。明かりは安全灯が放つぼんやりとした橙色の光しかない。右手奥の壁には所狭しと、テロリストたちが持っていたものと同じ電気銃が並び、三メートルほどの高さを持つ天井には、月夜を模したステンドグラスの装飾が鈍い輝きを落としていた。が、入ってすぐこよりの目に留まったものは、そのような背景ではない。彼女の視界を釘付けにしたのは、一つの光景。

 ——コードと鉄のブロックでムキムキの、二メートルを優に超えるだろう警備ロボらしき機械が、「店長」と書かれたTシャツを着たバーコード頭の中年男性に、ヘッドロックをかけている姿だった。

 どのくらい格闘していたのか、彼らが倒れ込む床には汗の水溜りができており、今も店長らしき中年男性の丸っこい足が必死に暴れている。

「大丈夫ですか⁉︎」

 思わず駆け寄るも、彼はこよりに気づかない。そもそも彼は一体誰なんだ。不審者…? いやしかし「店長」Tシャツを着ているし、店長であっているのか…?

「畜生、俺はこのコラボカフェの店長だぞ!」

 店長であっているらしい。

『不審者、ハイジョ。不審者は、ハイジョ』

 顔のモニターにニコニコマークを映しながら、警備ロボはさらに力を込めていく。が、店長も負けじと自身の手とロボの腕の隙間に手を捩じ込み、どうにか押しやった。

「畜生、テロリストに対抗するためにシャットアウトしたロボをこっそり起こしたはいいものの、まさかプログラムがバグって認識した相手全員にヘッドロックをかけようとしてくるなんて!」

「あ、説明ありがとうございます」

「うわあああ誰だああああ⁉︎」

 ロボット越しにこよりを見た店長が、目と口と鼻を広げ、顔中からあらゆる液体を垂れ流して叫んだ。

「実は、(以下略)の事情がありまして」

「なるほど理解した!」

 コメディな世界観では、事情説明も一瞬で済むのだ。

「ひとまず、私は何をすればいいですか?」

「簡単だ! そこのドアを全開にして、ロボにテロリストどもを認識させればいい! あとは勝手にヘッドロックしてくれる!」

「なるほど、わかりました!」

 こよりが開いたのは両扉のうちの片方のみ。残りの片方の取手に彼女が急いで手をかけるのを見た店長は、首を締め上げられたままサムズアップし、いい笑顔でこう言った。

「いい返事だ。じゃあ俺は落ちるぜ、あばよ!」

「店長⁉︎」

 ——ピピ。

 目と目が合う。ロボットのニコニコマークは、こよりに向いていた。

 ——もっと、考えておかなければならなかった。

 店長がサムズアップした直後、扉を開け放ったこよりが振り返るのが早いか、彼女は白目を剥いて伸びる店長と、その店長をゴミでも捨てるかのように右へ放ったロボとを視界に映した。

 ——店長、つまり最初のターゲットが締め落とされた時、

 静まり返るカフェ店内。近くにいた客たちが目を見開いている。彼らが目に入っていないのか、ロボが見つめるのはこよりのみ。

『不審者は、排除スル』

 ——次の獲物は、ロボの一番近くにいる、こよりだ。

 BOOM! 

 開け放った苦労はどこへやら、爆発音と共に扉が弾け飛び、年季の入った砂埃が噴き出す。まるで爆炎のようなその煙の中から飛び出したのは、顔の前で腕を交差させ、両膝を曲げたこよりだった。それを目の当たりにした、胸ぐらを未だ掴まれた状態で敵に食ってかかっていた少年少女は、目玉を飛び出させて叫ぶ。

『そんなことある⁉︎』

 二人の心が一つになった瞬間であった。

「やばいやばいやばいやばいやばい!」

 冷や汗を垂れ流しながらこよりが叫び、テロリスト襲来時を凌駕する絶叫が空気を劈いた。

 一撃、二撃、三撃、四撃。ロボの拳がこよりの横顔を掠め、近くにあった丸テーブルや椅子、給仕ロボを薙ぎ払っていく。ロボの目的はただ一つ。こよりを締め落とすことなのだろう。

「なんだあの餓鬼とロボ⁉︎」

 テロリストの大男三人も、ようやくこよりを認識したようだ。だが今はそんなことに構っている場合ではない。

「おらああああ!」

 背後から迫る三十センチはありそうな手をしゃがんで交わしたこよりは、そのまま蛇革の地面を蹴り、少年少女、テロリストたちの方へ飛び込んだ。

 彼女の後を追い、ロボの三メートルほどの巨体が彼らの方へ傾く。

『こっち来んなあああ⁉︎』 

 敵味方問わず、心が一体となった瞬間である。こよりを捕らえきれなかった機械質な手は、勢いを落とすことなく銃やパソコンを構えたテロリスト三人の顔をねじ伏せた。倒れる大男たち。一瞬で顔を青紫に腫れ上がらせた彼らは、痙攣しているがまだ意識がある。

 とどめを刺したのは店員だった。いつの間にか縄抜けをしていた彼女は、つま先で男たちの命を蹴り上げたのだ。鈍い殴打音。甲高い悲鳴が上がり、テロリストたちは失神した。唯一彼らの気持ちが分かる少年が、狐面越しでも分かるほどに青ざめていたので、少女は同情の眼差しを送った。

『敵は、ハイジョ』

「ヘルプ! 誰かヘルプ!」

 ロボの猛攻を交わしながら、息も絶え絶えにこよりは叫ぶ。大男たちをちゃっかり倒した後、ドリンクサーバーと衝突させて水やらジュースやらお湯やらをかけてみたが、そこはちゃんと撥水・耐熱性のようで、全く効かなかった。

「店員さんヘルプ! これどうすればいいですか⁉︎」

『ハイジョ、ハイジョ』

 大ぶりの一撃をジャンプで躱し、こよりは店員に向かって叫ぶ。

「ごめんなさい! その状態になったロボットを止める術を、私は知りません! …そうだ、店長なら!」

「その人はさっきロボに絞め落とされましたぁ!」

「そんな……」

 全身の力が抜け、店員はへたり込む。こんなところで警察沙汰になってしまえば彼女のキャリアも、子供たちの命も危ない。どうにか、どうにかこの状況を打破できるのは…。

 絶望的な状況に思えたその時、冷や汗を流し歯を食いしばった彼女にあるアイディアが浮かんだ。当たり前のことすぎて、うっかり忘れていたのだ。店員は勢いよく前を向くと、客に向かって声を張り上げた。

「どなたか、お客様の中に魔術師の方はいらっしゃいませんか⁉︎ アマチュアでも構いません! どなたか!」

 魔術は化学の延長。それを扱う魔術師の中には、プログラムに精通しているものも多いと聞く。彼女はそれに賭けたのだ。

 客の中で手を挙げるものはいない。万事休すか、と思われた中、意外な場所から、控えめに手が上がった。

「……私よ」

「お前かよ⁉︎」

 驚愕する少年。手を挙げたのは、彼の隣にいた少女である。いつの間にか縄をほどき、ワンピースの裾を正していた彼女は、艶やかな黒髪を片手で弄び、どこか気まずそうにしていた。

「ならさっさとどうにかしてくれよ! 魔術ってあれだろ? 紙に術式書いて魔力流してやるやつだろ⁉︎ 俺持ってんだよ紙とペン!」

 言いながら、少年はジャンパーのポケットからくしゃくしゃのメモ用紙とペンを取り出す。が、少女はどこか煮え切らない様子だ。

「どうしたんだよ」

 少年が首を傾げる。

「私、魔術は使えるけれど、完璧じゃないの……」

「別にいいだろ、この状況を打破できるならなんでも」

「ダメよ。私は……として、常に完璧でなくちゃいけないの。こんな時に失敗してしまったから、お父様になんて申し立てをすればいいか……」

「やる前に失敗した時のこと考えてどうすんだよ! テロリスト共に立ち向かった度胸はどうした⁉︎」

「なんでもいいから早くしてぇ! 根拠はないけど君ならできるって! 嫌に行動力あるんだから君!」

 怒鳴る二人に、少女は「こ、後悔しても知らないわよ…」と言いながら少年から紙とペンを受けとり、手早く三重円状の数式を書き出す。そして、荒れた店内でこよりに手を伸ばすロボに向かって翳した。

「出よ、ぴよこ!」

「なんて⁇」

 狐面の目が点になる。

 瞬間、数式が光り出し、赤く輝く手のひらサイズの小さな炎のひよこが飛び出した。…が、そのひよこは頬が痩せこけ、肉付きも悪い。空中を飛んでいるものの心なしかふらついている。

「シテ……ユル、シテ……ピヨ……」

「あのロボを止めるのよ!」

 少女はロボットを指差した。

「ピ……ピヨ……」

 ほとんど死にかけの炎のひよこは、ヨロヨロと飛んでいく。

「ぴよこには悪いけどこれで助かる!」

 こよりが嬉々として微笑んだ。

「なんか可哀想」

 少年が面の口元に手をやる。

「だから言ったじゃない『後悔しても知らないわよ』って!」

 少女は目尻を釣り上げつつも、自身の魔術の行先を固唾を飲んで見守る。ひよこは消えそうな体を保ちながら、腕を振りかぶったロボットの鋼鉄の背中へと飛んでいき、最後の力を振り絞り体当たりをした。

 フッと蝋燭の火のように掻き消えるひよこの体。しかしその明かりはゆっくりとロボットに染み込み、穏やかに霧散した。

『ハイジョ…ハ、イジ……?』

 こよりの首に腕が回る寸前、鉄の巨体が停止する。ただでさえ大きなロボットに追いかけまわさ伏黒恵え涙目になっていたこよりは、ロボの腕が伸ばされた直前に固く閉じた両目を、恐る恐る開いた。

「…と、止まった……?」

 ——ピピ。

『ブッ殺ス‼︎』

「んなことなかったあ‼︎」

 更に速度を上げたロボットの大ぶりな右の追撃をブリッヂで躱す。こよりに当たらなかった拳の勢いは止まらず、彼女の背後にあった丸い列車の窓を破壊した。冷たい外気が店内に傾れ込み、小さな旋風となって店内を縦横無尽に駆け巡り悲鳴を巻き起こした。

 それを見ていた少年は、思わず少女の方へ声を荒げた。彼の首筋にもまた、こよりと同じく冷や汗が浮かんでいる。

「おいどうなってんだよアマチュア魔術師!」

「ごめんなさい記入ミスよ! 『ターゲットを追うの止めて停止する』というのを書くつもりが、『ターゲットが行動不能になるまで活動し続ける』になっていたようだわ……!」

「へっぽこ!」

「私になんの恨みが⁉︎ 知らぬ間に君の故郷とか焼いちゃった感じ⁉︎」

「落ち着きなさい今書き直したから!」

 白銀のワンピースがはためく。少女の手のひらには先ほどと同じ死にかけの炎のぴよこがおり、「今度こそ…!」と言わんばかりの気迫を持って、ロボットに体当たりをした。消滅するぴよこ。しかしロボットの動きは止まらないばかりか、モニターの色をますます赤くし、浮かぶ文字も「殺」から「死」に変わっていた。

「「悪化してんじゃねえか‼︎」」

 こよりと少年が目尻を釣り上げ、少女が焦ったように首を横に振った。

「そんなはずないわ! 確かに『止めて』って……!」

「それ、『息の根を止めて』に変換されてんじゃねえの⁉︎」

『息ノ根、止メル…』

「ほらあ⁉︎」

「あーんまーりだああ!」

 こよりは泣きながら、壊れた窓枠に裸足をかけた。彼女の目と鼻の先に、紫色に淡く発光する清らかな宇宙があった。

 ロボットはすぐそこまで迫っている。自暴自棄か⁉︎ と思った少年少女は咄嗟に手を伸ばした。

「待て早まるな!」

「何を考えてるの危ないわよ!」

「このまま飛び降りてロボを宇宙に放り出す!」

「それじゃお前も死ぬぞ⁉︎」

「この列車の表皮は蛇皮で、滑ってつかめないようになってるのよ⁉︎」

「大丈夫! 言ってなかったけど私超能力者なので! 一秒自分を浮かせるだけで酷い吐き気で動けなくなるし、ロボット捻り潰せるくらいの強さはないけど! 超能力者なので!」

「「何それ初耳!」」

 緊迫した状況にも関わらず目を丸める少年と少女。

「俺、実際に見るの初めて! もっとムキムキのゴリラだと思ってた!」

「私は何度か…常識破りのイかれた方だったけれど…」

「君たち超能力者にどんな印象抱いてんの⁉︎ まあいいや逝ってきます!」

「「漢字違くない⁉︎」」

 ロボットの拳が当たる寸前、「うおおおおお」と雄叫びをあげて飛び降りるこより。ニット帽の耳当てを靡かせながら訪れた浮遊感に、体内で温めていた力を放出する。

 サイコキネシス。

 宇宙に放り出されてひっくり返った体を上に持ち上げ、ロボットを回避するために使った。途端に強力な吐き気が生じ、脂汗の滲む手のひらで押さえ、蹲った。

『ターゲット、ブッコロ‼︎』

 列車の壁を突き破ったロボットの手が空を切る。

 列車の床という支えを失ったロボは、ゆっくりと無重力空間に放り出され——背中から直径三十センチほどの二つのロケットブースターを出したかと思うと、青い炎を放出し、こよりに向かって突撃した。

「そんなことある⁉︎」

 叫ぶと同時に苦しげな胃音が響く。青色を超えて土気色になったこよりは、諦めきれずに片手を前に突き出した。

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