第1話②

 2階に着くと、構内の様相はガラリと変わる。真昼の白から宇宙の黒へ、こよりが落ち着くあの黒に染まる。線路は世界がまだ西暦だった頃の名残(とはいってもほとんど遺跡に近いが)で、鉄の梯子が倒れたような形をしていた。それを挟むホームもまた、天井に古臭い配線が流れ、足元はコンクリートの地面、ホームの堺には黄色い点字ブロックとレトロだ。

 一階の賑わいと違い、ここは人がまばらだった。養成所方面の列車が空いているという噂は、本当だったらしい。

 こよりが寄りかかった柱には、マイクを持ちこちらに手を伸ばす、スーツを纏った紫色のツインテールの青年がいる。今話題沸騰中の宇宙アイドル「コズミちゃん」。超人のアイドル、加えてこよりと同じく世にも珍しい無性別の人間だそうで、貧乏なこよりでも歌を小耳に挟む程度には有名だ。彼女のCDを転売したらいくらになるか考えたこともあるが、殺人語法区域で彼の過激なファンに粛清される未来が目に見えているので諦めた。

「只今、列車内カップル応援カフェとコラボ中。一カップルにつき一セット、羽のチャームをプレゼント……。値段相当するんだろうなぁ…」

 カフェは好きだが嫌いだ。店長に連れられて一度だけ行ったことがあるが、値段の割に量がなく、損した気分になった(店長の奢りだったのでこよりは一銭も払っていないが)。味は良かったが。

 シュワシュワのメロンソーダに、ピリ辛カレーに、ほかほかのホットサンド、パンケーキはもちふわで、思い出したらお腹が空いてきた。

「報酬でカフェ行ける仕事、どっかにないかなぁ……」

「あるぞ」

「うわぁ!」

 慌てて振り返った先に現れた黒い狐面に、こよりは再び「うわぁ!」とひっくり返った。肉薄い尻が地面に激突し、鈍く痛む。

「君、なんっ、わたっ」

「なんて?」

「…君、なんで私に気づいたの⁉︎ これでも窃盗合法区域で業績トップ行けるくらいには影薄いんだけど⁉︎」

「めっちゃ物騒じゃんお前……ええ、どうしよ、声かける人間違えたかも……いやでも時間ねえし…」

 何やら悩み始めた狐面の少年に、こよりは怪訝な眼差しを送る。よくよく見ると、彼は狐面で顔を隠しているどころか、黒いヘッドホンまでつけているではないか。髪は邪魔なのかお団子に括り、そこそこ裕福な人間に流行りの青いオーバージャケットを羽織っている。靴はこよりと同じく履いていない。

「お前さ、第二天人養成所に行く?」

「うん」

「俺もおんなじ。それで、恋人は? あと婚約者」

「いないけど……」

「単発バイトに抵抗ある?」

「ないよ」

「うぉうますます条件合致しとる……でもなぁ、いやしかし、うん、とりあえず本題からだよな」

 彼はぶつぶつと何かを言うと、急にこよりに向き直り、勢いよく頭を下げて手を差し出した。

「俺と付き合ってください!」

「……はぁ?」

 なんだこいつ、というのがこよりの感想である。ひとまず差し出された手を放置し、一歩後ろに下がった。生憎ここには駅員がおらず、周囲の人間も見てみぬふりなので無理やり巻き込んで騒動にすることすらできない。一人でどうにかするしかない。

「『恋愛は母星でやれ』って常識知らないの? 同じ人間でも異星人同士は恋愛しないんだよ。子孫できないらしいし」

 ドン引きしているこよりを知ってか否か、少年はさらに言葉を続けた。

「今は異星恋愛も盛んなんだよ! それに、何も手を繋いだりハグしたりっていう体の関係じゃなくていいんだ。今流行りの心だけの関係ってやつ!」

「初対面で心もクソもないと思うんだけど」

「自己紹介しあった仲じゃないか!」

「どこがだよ! 名前すら知らないよ!」

「頼むよ、本当に時間がねぇんだ。一時間だけでいいから付き合ってくれぇええ!」

「なんだその期間限定すぎる交際は! 嫌に決まってんだろ!」

 逃げようとするこよりの足首を掴み縋り付く狐面に、彼女は更に顔を顰めた。なんだこいつ。ヘッドホンのせいで人の言葉が聞こえてないのでは? 

 そんなことを思った矢先、彼らの間に割って入る一人の影があった。それは勝気そうな少女だった。黒い艶やかな髪を高く結い、高級な絹のワンピースに身を包み、どこか洗練された空気を放っている。彼女は涙目のこよりに微笑みを浮かべると、少年に向かって喝を飛ばした。

「ちょっとそこの男子!」

「良かった助けが来た! 捨てたもんじゃないね世界!」

「その子の恋人になるのは私よ!」

「ミイラ取りじゃなくてミイラの方なんかいっ!」

 こよりは思わず突っ込んだ。

 なんだ、一体なんなんだ。人生を変えようと養成所に向かう途中でどうしてこんなモテ期に入っているんだ私は。こよりが頭を抱える間にも、少女はツカツカと歩み寄り、うつ伏せでこよりにしがみつく狐面の少年を蹴り飛ばした。「アンッ」と声を上げて女々しく足を揃え、お面の上から頬を押さえる少年。

「酷いっ。お袋にも殴られたことないのに…」

「淑女に望まぬ交際を迫った罰よ」

「いやここ暴行違法区域だから君がやってることもだいぶヤバいよ」

 こよりの口角が引き攣っているのも気にせず、少女はこよりの手を両手で包み、見目麗しい顔をグッと寄せた。

「こんなに震えて…」

「震えてないけど」

「急に迫られて怖かったでしょう。もう大丈夫よ、私と恋人になりましょう?」

「君の方がよっぽど怖いんだけど⁉︎ 嫌だよ初対面と付き合うとか!」

「あら、お金なら払うわよ」

「喜んでやらせていただきます!」

「ちょっと待てぇえ!」

 勝ち誇ったように笑う少女と、涎を垂らして瞳に「金」の字を浮かべたこよりの間に、狐面がねじ込まれた。

「俺だってなぁ、バイト代ぐらい払えるわ!」

「ほんと⁉︎」

「マジ、マジ。だからそいつじゃなくて俺と付き合ってくれ!」

「いいえ私よ!」

「いんや俺だ!」

 春先のまだ肌寒いホーム内で、少年と少女の睨み合いが続く。一瞬「私のために争わないで!」と叫びそうになったこよりだったが、そもそもの疑問に首を傾げた。

「二人はどうしてそんなに恋人が必要なの?」

「「銀河鉄道列車内カップル限定カフェとコズミちゃんのコラボ!」」

 二人揃って、こよりの背後にあった柱を指差す。視線を辿れば、先ほどこよりが見ていたコズミちゃんとカフェのコラボポスターがあった。少年は瞑った目尻に涙を浮かべ、わなわなと拳を振るわせる。

「期間限定コラボカフェ。しかしカップル、夫婦、婚約者同士しか入れないときた!」

 その文言に少女が続く。

「カフェでドリンクまたはお食事を注文すれば、自ずと羽のチャーム一セットが渡されるわ。けれどそれは一カップルにつき一セット……どちらもコズミちゃんファンだった場合、取り合いは必須!」

「一セットってことは、ペアリング的なやつでしょ? そのチャーム。むしろラブラブな感じが表現できて、何も問題ないと思うんだけど」

「大アリよ!」

「大アリだ!」

 二人の言葉が被り、大音量となる。あまりに必死なようで、心なしかどちらの顔も大きくなっているような気がした。

「俺は! 一人で一セット持ちてぇの!」

「けれど生憎、私には婚約者どころか恋人さえいないっ」

「そこで、一番静かで人が良さそうなお前!」

「ぜひ私の恋人になって、私にチャームを全て譲ってくれないかしら⁉︎」

「その分カフェではご馳走するし、バイト代も払うから!」

「もう二人が恋人になってカフェに行った方が良くない⁉︎ 二回来店すれば一セットずつもらえると思うしさ……」

 思わずこよりが突っ込むと、二人はどちらからとも言わず視線を合わせる。が、狐面の少年は自身の頭につけているヘッドホンを更に耳に押し当てるように掴むと、首を横に振った。

「嫌だね。俺は金持ちが嫌いだ。コイツの服、どこからどう見てもいいとこのお嬢様が着るようなワンピースだぜ? こんなやつと仮でも恋人になるくらいなら公衆の面前で裸踊りした方がマシだね」

「あら奇遇ね。私も、『私を嫌いな人』が嫌いなの。貴方と組む必要性を感じられないわ」

「んだとぉ⁉︎」

「人を煽るなら煽り返されることも視野に入れないとねぇ?」

「「チッ」」

 盛大な舌打ちと共に、二人は互いに顔を逸らした。好きなものは同じはずなのに、身分の違いと偏見でこうも仲が悪くなるのか…。とこよりが冷や汗を流す間にも、二人からの勧誘は続く。

「そんなことより、ね、どうかしら」

「俺と組もうぜ!」

「いいや私よ!」

 遠くで踏切の音がする。列車が来たようだ。白蛇の頭を模した先頭車両が眩い光を放ち、線路の上をうねるように進んでいる。

「俺だ!」

「私よ!」

「俺!」

「私!」

 列車が止まり、丸い窓から漏れた光がホームのコンクリート地面に丸い光溜まりを作る。蛇の表皮に似た質感の四角い扉が開き、ゾロゾロと乗客が降りてきた。すれ違うようにしてこよりは乗り込もうとするも、二人分の手に左右の手首を掴まれて動けず、「げっ」と顔を顰める。

『次は〜、第二天人養成所前駅〜、第二天人養成所前駅〜。一分後発車しま〜す。車内で何が起きても、車掌は対応しませんのでご留意くださ〜い』

「あの〜……」

「俺!」

「私!」

「あの……」

「俺!」

「私!」

「あのお‼︎」

「オアっ」

 少年がヘッドホンを押さえ、少女も肩を跳ねさせた。恐る恐る二人が振り返った先には、肩を怒らせたこよりがいる。

「二人とも…多分私と同じで、超能力か魔術か怪力か祈祷が使える新入生でしょ……こんなところでぐだぐだやってないでさっさと入るよ!」

「でもカフェ行きてえし……」

「グッズが……」

「分かった。…じゃあ、こうしよう」

 車内の逆光を浴び、何かを決意したこよりの表情に、二人は首を傾げた。

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