第二天人養成所

かんたけ

第1話①

 ほう、と吐き出した息は白く、視界を染める緑青の空を朧げにした。噎せ返る血とゴミと何かが腐ったような臭いを、雪が吸い取っているのだろうか、それとも体が冷えすぎて鼻がバカになっているのだろうか。赤く霜焼けた頬と鼻先と裸足の指先とを木枯らしが引っ掻く。思わずくしゃみをしようにも、その体力すらなく、小刻みに体が震えるだけだった。

 春先に段ボールを確保しておいてよかった。まだ寒いけれど、誰かの血痕が残るこれのおかげで、この夜はどうにか越せそうだ。

 銀河間、ましてや銀河内での小競り合いが続く昨今、ゴミ捨て場の片隅に縮こまる子供を気に掛けるような大人はいない。超人にデザインされず、魔術師や祈祷師として代々血を繋ぐことなく、古来から続く人間本来の遺伝子のまま生まれ、宇宙服を買い、衣食住に困らず、家族全員が生きていて、彼らと笑って過ごせるような一般人には、あいにく生まれなかった。

 ゴウンと換気扇が回る。

 散乱するゴミ袋の向こう側でまばらに行き交う通行人を、袋小路の終点から眺めるも、視線に気づく人はいない。

 自分の影が薄いからだと、番条こよりは理解していた。

 今日だって、アルバイトの報酬を払い忘れられたどころか、「本当に雇われているのか?」と雇い主に訝しがられた。その時は契約書を見せてどうにか納得してもらえたものの、受け取った報酬は他の大人たちよりも少なく、「何くそ」と噛みつき殴られたところだ。ここは暴行合法区域、しかも殺人合法区域でもあるので、大人が子供を殴ったとしても罪には問われない。ただでさえ痩せ細った体を攻撃されてしまえば、次の日に熱を出すのも必然で、無理して行ったところ「病気を持ち込むんじゃねえ」とその場でクビになってしまった。それが三日前の出来事である。

 袋小路の先で、「ヘドネーション受け付けます」のトラックが通り過ぎ、巻き起こった小さな風が、こよりの禿頭を覆うニット帽を揺らす。あまりにも惨めな光景に、こよりは歯を食いしばった。

「……ネガティブ禁止。そうだ、夢、夢を見よ」

 着古された短パンのポケットから、プリント用紙を取り出す。黄ばんでくしゃくしゃになった紙には達筆な文字、それも共通語でこう書かれていた。

「第二天人養成所生徒募集。入所条件三つ。①学費を支払えること。②満十二歳以上であること。③魔術、祈祷、怪力、超能力、いずれかの素質を有すること」

 三年前、窃盗合法区域でバイトをしていた時に拾った物である。誰が落としたかは分からないけれど、この養成所に入り天人——宇宙の何でも屋になることが、こよりの夢だった。

 天人になれば、アルバイトよりも多く稼げる。稼ぎができれば衣食住が買える。

 養成所に入り、自分の人生を掴み取るのだ。

「我ながら図太いよなぁ」

 乾いた口に、なけなしの体温で溶かした雪を含む。ガソリン臭い味がしたが、多少の渇きがマシになった。しばらくの間、段ボールに包まりうずくまっていたこよりだが、「よし」と気合を入れてフラフラと立ち上がる。

「行きますか」

 去年、ようやく十二歳になった。

 養成所の受付けは二週間後。少し早いが、折角貯めた入学金を盗られても敵わないし、念には念を重ねて早めに出発するとしよう。養成所の門さえくぐれば、そこには温かい食事と新品の制服があるはずだから。

 ——と、思っていたのだが、

「俺と付き合ってください!」

「ええ…?」

 第一銀河鉄道ヨミガエリ駅第一ホールの一番ホーム、差し出された手にこよりはたじろいだ。

 


ーーーーーーー



 第一銀河鉄道は、ナンバーN0611銀河を横断する天の川に設けられた鉄道である。中でもヨミガエリ駅はナンバーN0611銀河の流通の中心地であり、大型ショッピングモールから映画館、病院、空中遊園地、バブル公園、護衛専門ビルなど様々な施設が密集している。その多機能さと利便性から、人々から「小さな街」と呼ばれていた。

 あたり一体を、白い清潔な外壁と太陽を模した暖色のステンドグラスで彩る天井とに囲まれた駅構内には、富裕層から貧困層、超人、魔術師、祈祷師、一般人、出身銀河・星も様々、多種多様な人間が交差する。中でもこよりの目を引いたのは、富裕層が身に纏う宇宙服だった。

 泡のような丸くて透明な球のヘルメット、首からつま先までを覆う淡い色のパーカーのような衣装。売ればこよりの入学金がすぐに手に入ってしまうほどに高価な作りをしている。昔、街頭テレビに流れるドラマで見たことはあったけれど、実際に目にするのは初めてかもしれない(アルバイトの依頼主が富裕層だったこともあるが、店長が仲介していたためこよりは実際に見たことがないのだ)。出店が近いのか、どこからともなく小麦の香ばしいいい匂いもする。

「すっごぉ……」

 呆気に取られて数人の通行人とぶつかっても、怒鳴る人はいない。これだけ芋洗いのように人混みがあれば、こよりの存在はないも同然だ。むしろ、ぶつかったことさえ気づいていないかもしれない。

「こっち……、いや、あっち…?」

 押し合いへし合いしながら、第二天人養成所行きの列車が停車する第一ホームまで目指す。

 袋小路からの出発から二週間、途中宇宙海賊のテロに巻き込まれたり、超能力者排斥運動に巻き込まれたりしたのでギリギリになってしまった。受付終了は今日の午後三時。今は正午ちょうど。ここから養成所まではおよそ二時間半かかる。問題なく列車に乗ることさえできれば、ギリギリ間に合う寸法だ。

 階段はこよりが元いた場所とは違い全自動で、小さな白い鳥居が入り口となっている。ここでは階段の「段」さえないようだ。鳥居の下、足元に浮かぶふわふわした雲のような球体に足を乗せると、しっかりと固定され、上の階まで穏やかに上昇していく。鳥居の近くにはプロの魔術師だろう、黒いローブを身に纏った中年男性がおり、手元の手帳に何やら書き込みを続けていた。あれが、魔術師が使う「魔術」なのだろう。

「確か、科学の延長で、魔力を使って空気中のゲンシを意図したゲンシに変換、組み合わせるんだっけ……ゲンシってなんだろ」

 昔拾った新聞で見た程度なので、詳しいことは分からない。

 と、ちょうどその時、辺りを子供の泣き声がつんざいた。振り返り下を見ると、構内一階の中央に設置された巨大な招き猫の上で、宇宙服を着た男の子が泣いている。手には高級な浮遊グッズが握られているので、大方登って降りられなくなったのだろう。「おがあさん」と涙と鼻水を垂らしながら、下にいる母親らしき女性に向かって手を伸ばしている。

 すると、どこからともなく「大丈夫だよ〜」という声が聞こえ、長身の女性が地面を蹴った。

 フワリと浮き上がった体は重力を感じさせない。パーカーの隙間から見える、全身を覆う機械チックな全身タイツは超人専用のものだ。

「ジュセーランの段階で、怪力とか超賢い頭とかを持つように弄った人たち……だよね。うん、バイト先の店長も同じ感じだったから、分かるぞ……」

 宇宙内で最も人口が多いとされるが、大抵の超人は宇宙空間に適応するだけに留まるらしい。「俺にも怪力とか超頭脳とかありゃぁな」と店長が愚痴を漏らしていたのを聞いたことがある。超人の女性は男の子を抱き上げると、軽々と地面に着地し、母親らしき女性に男の子を渡していた。感激しながら頭を下げる女性に、超人の女性は「お手伝いできてよかったです」と笑いかける。

 その姿に、こよりは何か、グッとくるものを感じた。

 


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