第二十二章

「うえぇぇん!! あいるぅん!!」

 店内に、ノエルの泣き声が響き渡っている。

「のえるん……もういい加減泣き止んだら……?」

 車椅子に座る逢恋の膝上に、突っ伏すようにしてノエルは泣きじゃくっている。そんな彼の頭を、優しく撫でつつも苦笑いを浮かべながら、逢恋は言った。

 あれからほんの数分後、ノエルは息を切らしやって来た。目の下にくっきりと隈ができていたところを見るに、相当落ち込んでいたようだ。その反動か、逢恋の存在に気付いてからずっと、彼は大声で泣き続けている。他の客がいなくてよかったと思うほどに。

 ……ちなみに、店が臨時休業になっていたのは、倉橋が貸切ったかららしい。恐るべし、政府機関とやら。

「で、なんでこいつが生きてんすか」

「ちょっ!? 言い方~!」

 隣の逢恋を親指で指しながら、向かいに座る倉橋に問いかけた。

「人の生き死には神の領域だ~とか、安らかに眠れる場所に導く~だとか、ご大層なこと言ってたのは一体なんだったんすか」

 こちとら今生の別れに咽び泣かされたあげく、喪失感で心を病みかけてたんだぞ。納得できる言い訳は用意してるんだろうな?

「いやいや! 嘘は言ってないよ? だって、周郷さんの魂が一番安らかに眠れる場所といえば、自分の体の中、でしょ?」

 何言ってんだこいつ。ドヤ顔でとんち披露して、一休さんか?

「それに、彼女が戻ってこられたのは、僕がまさしく『神業的な』術式をなんとか成功させることができたからだしね?」

 おまけに詭弁ときたもんだ。大の大人がそんな屁理屈で乗り切れるとでも思ってんのか?

「は? いや、そんなことできんなら、わざわざあんな雰囲気たっぷりに言う必要ないんじゃないすか」

「いやいやいや!! それは失敗する可能性のほうがよっぽど高かったからで! 元に戻せるよって言っときながら失敗したら、それこそ大ウソつきのド外道野郎になっちゃうでしょ!?」

 明確な苛立ちを隠さず睨みつける俺に対し、倉橋は必死に弁解しようとしている。

「マっジで難しかったからね!? ベースにしたのはもろ禁術だから試す機会もなかったし……! 僕の才能をもってしても、成功率十パーセントもないくらいだったと思うよ!?」

 その鼻につく言い方はなんなんだ。自分が陰陽師の天才だとでも言いたいのか。そんなもん知ったこっちゃないんだよ。

「かおるん、もう許したげなよ~。アタシが目ぇ覚ましたとき、くらぴー汗だくでへっとへとなってたし、めっちゃ頑張ってくれたっぽいよ?」

 ……くらぴー? なぜこんなやつに愛称をつけてるんだお前は。

「いやー頑張ったね! なんせ周郷さんの魂が定着するまで……二十時間かな? その間ぶっ続けで抑え続けてたわけだからね!」

 その術式とやらが具体的にどういうもんか知らねえもんで、そんなこと言われてもよくわかりませんわ。

「……いや、僕の頑張りだけじゃないな」

 そう呟くと彼は、なぜか俺のことをじっと見つめはじめた。

「周郷さんを目覚めさせたのは……笹ノ間くん、君だ」

「……は?」

 ここぞとばかりに、彼はキメ顔でそう言った。

「彼女が戻ってこられるかどうか、その鍵は彼女自身の、生きたいと願う意思だったんだ。それを引き出したのは、この数日間の君との思い出なんだよ。つまり、君が彼女を、彼女が君を想う気持ちが、周郷さんを目覚めさせたんだ」

 ……勘弁してくれ、なんでそんなこっぱずかしいことを言われなきゃならないんだ……。

「君という存在がそれだけ、彼女の中で大きいものだった、ということだね。いやー! 青春だなー!」 

「ちょっ……!? くらぴー!? なに余計なこと言ってんの!?」

 腕で顔を隠しながら、彼女は照れ隠しのように声を荒げた。

「そ、それにさ! かおるんだけじゃないかんね!? のえるんにも会いたいから、アタシ頑張ったわけだし!」

「ひぐっ……! ほんとぉ……!? うぅ……!! あいるんっ……ありがとぉ……!!」

 せっかく泣き止みかけてたノエルだったが、逢恋のフォローのせいで逆に、また泣きべそをかきはじめてしまった。

「はぁ……」

 大きくため息をつき、うなだれるように顔を伏せる。

 ……倉橋の与太話を、彼女は特に否定はしなかった。それに気付いたせいで、何かが胸の中で暴れ出してしまった。困ったな、顔の火照りが治まるまでは、頭を上げられそうにない。

「――Sorry……。オソくなってしまいマシタ……」

 入店を知らせるベルの音とともに、聞き覚えのある声が届いた。

「ん! ふーちゃん! どこ行ってたん?」

 逢恋が馴れ馴れしく呼びかける。……いつのまにそんな仲良くなったんだお前は。

「その……ちょっと、おワびのシナを……」

 おずおずとやって来たフラヴィアさんは、持ってきた紙袋三つをテーブルに置き、倉橋の隣の席にちょこんと腰かけた。

「目当ての物は買えたかい?」

 優しく微笑みかける倉橋に、彼女は神妙な面持ちのまま頷いた。

「カオルくん……それから、ノエルくん……。このタビは、タイヘンモウしワケありマセンデシタ……!」

 そして意を決したように、深々と頭を下げながらそう言った。

「クニからもうキいたかもしれマセンが……ワタシはずっと、アナタたちをダマしていたのデス……」

「……あ、クニって僕のことね。下の名前、國彰だから」

 そういやそんな名前だったか。どうでもよくてすっかり忘れてたが。

「ハジめからずっと、ワタシはアナタたちにウソをつきツヅけていマシタ……。それを、アヤマりたくて……」

「いやまあ、そんな気にしないでもらっていいっすよ。事情はわかったんで……」

 彼女の恐縮しきった様子に、どうにもいたたまれず声をかけた。

 実際のところフラヴィアさんに関しては、騙されたという感覚はほとんどなかった。何度か怪しいと感じる部分はあったが、彼女は終始、俺たちに対して親身に、親切に接してくれていたからだ。教えてくれた情報が、全て有益なものだったのも大きいだろう。横でヘラヘラしてるだけの、何ひとつ真実を教えてくれなかったド外道野郎とは違って。

「……ありがとうございマス……。でも、もうヒトつダマっていたことが――」

「あっそうそう! ね、あの金色のオオカミ、ふーちゃんだったんだって〜!」

 言いづらそうに目を伏せるフラヴィアさんを遮り、唐突に逢恋が口を挟んだ。

「あ、アイルさん!?」

「今さら二人とも怒んないよ、いっぱい助けてもらったんだから。ね〜?」

 慌てふためくフラヴィアさんをよそに、逢恋は微笑みながら言った。

「フラヴィアさんが、オオカミ……?」

 ようやく泣き止み顔を上げたノエルが、鼻声のまま呟いた。

「そ! アタシらが学校にいないとき、ずっとふーちゃんがオオカミなって見ててくれてたんだって〜」

「オオカミに……なる……?」

 腫れぼったい目でフラヴィアさんを見つめながら、ノエルは頭にハテナを浮かべている。

「ま、簡単に説明すると……彼女は実は『人狼』という種族で、人と狼二つの姿を持ってるんだ」

「じ、人狼ってあの、なんか難しそうなゲームの……?」

「そうだね。夜になるとこっそり村人を食べちゃうから、話し合いで見つけようねってやつ」

「わ、ワタシはニンゲンタべマセンからね!?」

 わたわたと手を振って、必死にフラヴィアさんは否定する。

「きりゆき駅や籠鰐亡のときに、君たちを守ったあの狼……あれこそ、ここにいるふーちゃんが狼に変身した姿だったんだ」

「そ、そんなことができるんですか!?」

 涙とは別の輝きを目に宿し、ノエルは興奮気味に立ち上がった。

 今考えれば、ヒントは出ていたのかもしれない。フラヴィアさんの髪の色と、狼の毛の色が同じ『金色』だったこと。狼に導かれ、きりゆき駅から逃げた先で、偶然フラヴィアさんと出会ったこと。それでも、『実は人狼でした。狼にもなれます』なんて結論にたどり着けるほど、発想を飛躍させることはできなかっただろうが。

「この前は『式神』だって言ってましたけど、式神ってなんか、紙みたいなやつから創り出す感じのやつじゃないんすか?」

 思考の途中で引っかかった疑問を、素直に投げてみる。

「あぁ、それについてはちょっとややこしいんだけど……ひと口に式神と言っても、いくつか種類があってね。薫くんのイメージしてるとおり、人型の紙やらを依代にして操るものもあれば、本人の想像した姿そのものを具現化するタイプもあるんだ」

 言いながら、彼は指を順番に立てていく。

「その二つと違って、もともと存在している誰かとも、契約を交わすことで式神として使役することもできるんだ。ふーちゃんはこのタイプだね。本来は悪霊とかを懲らしめて、無理やり従わせたりするためのやつなんだけど、それを応用した感じかな。……あ、使役って言っても、あくまで僕らは対等だからね?」

 倉橋の目配せに、フラヴィアさんは変わらず俯いたまま頷いた。

「この前はそれも含めて、全部話そうと思ってたんだけど……ふーちゃんが黙ってろって言うからさ」

「そ、それは……! ゼンブオワってからちゃんと……ジブンのコトバで、アヤマりたいとオモったのデス……!」

 そう言って彼女は、改めて俺たちのほうを向き直り、深々と頭を下げた。

「カオルくん、ノエルくん、それから、アイルさん……。ホントウに、モウしワケありませんデシタ……!」

「も~、そんな何回も謝んなくていいって~」

「そ、そうですよ! 僕ら、それ以上にフラヴィアさんには感謝してるんですから!」

 二人の言葉に、彼女は恐る恐る顔を上げ、眉根を寄せつつもようやく微笑みを見せた。

「お詫びの品、買ってきたんでしょ? なににしたの?」

「Oh! そうデシタ! これ、ワタシからのほんのキモちデス! ウけトってもらえマスか?」

 テーブルの上に置きっぱなしだった紙袋。三人それぞれ受け取り、中を覗き込む。

「……うえぇ!? こ、これって……! すっごい高級なやつなんじゃないですか!?」

「ネダンはキにしないでクダサイ! ミナさんに、ホンモノのteaとはどんなものなのかをシっておいてもらいたくて、カってきただけデスから!」

 さっきとは打って変わり、彼女は胸を張ってそう言った。まさか、そんなに紅茶にこだわりがあったとは。

「ふ~ん。これ、そんなすごいやつなん?」

 紅茶と聞き、逢恋のテンションが僅かに落ちた、気がする。紅茶嫌いではあるが、せっかく買ってきてくれたので気を悪くさせないよう気遣っている、そんなところだろうか。

「すごいなんてものじゃないよ! 確か、イギリス王室御用達のブランドだったはず……!」

「ごようたし~? ……えまってジャムも入ってんじゃん!」

 紙袋の中、丁寧に包装されていた箱を開けると、中身は茶葉の缶とジャムの詰め合わせだった。どうやらジャムのほうはお気に召したようで、逢恋は目を丸くして喜んでいる。

「オレンジと~……イチゴ? えめっちゃよくない!?」

「ふー……。ヨロコんでもらえたみたいで、よかったデース……」

「だね。ようやくこれで一件落着、かな」

 そう言って、倉橋はほっと一息をついた。

 ……待て、こいつを糾弾してやるつもりだったのに、いつのまにかうやむやにされてないか? とはいえ、今更蒸し返すような話でもないか。そう思い直し、軽くため息をつく。

 ふと隣に目をやると、テーブルの上の瓶や缶を指差しながら、笑顔で喜び合う二人が見えた。途端に毒気を抜かれてしまったような、胸の奥に残っていた僅かな影が、眩い光にかき消されてしまったような、そんな気分だった。

 片肘を突きながら、二人が和気あいあいとはしゃいでいるのを眺める。……これが見られたのなら、もうそれで十分じゃないか。そう、それこそ、『けっかおーらい』だ。

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