エンジェル痛心(つうしん)

 天使とは、神の使者として人間界に遣わされ、神と人との仲介役を務める者である。いつ誰が創造したかも分からぬ死後の世界には死者の魂を裁定し、裁量にかける権限を持つ閻魔えんまがいた。しかし一時、この責務を2人の眷属けんぞくに一任した時期があった。それが俗にいう天使と悪魔であった。この悪魔任命により閻魔が2人に付与した力の一部が人間に行き渡るという不祥事が発生し、すぐに天使を人間界へ遣わしたが手遅れであった。最近、この判断が軽率であったことが冥府でも問題視され、冥界の王の役職交代が起こった。これは前代未聞、異例中の異例であり、その波紋は時代や場所を問わず全世界の王や神に通達された。問題は解任された閻魔という重職の後継者であった。誰も閻魔がいつからこの職務をになっているのか知らない。元閻魔は最後の職務として最も優秀な眷属であった天使を新たな王に推薦すいせんした。それは閻魔解任の発端に深く関与していた天使であった。神の使者という立場からいきなり神と同等の地位を任された天使は少なからず狼狽ろうばいしていた。そんな天使を見かねて、冥界の者たちは懸命に新任の閻魔を支えた。眷属の鬼たち、死後の案内人まで巻き込んで、天使は彼らの期待に応えようと尽力した。しかし、新任閻魔の裁定を悩ませたのが人間の魂であり、中でもある特定の死を遂げてやってくる魂への対処に元天使は苦悶くもんしていた。眷属の鬼はその魂だけ一つにまとめる場を作るという提案をした。しかし、その案を元天使は破棄し、死の原因を突き止めようと再び人間界へ舞い降りることを決意した。これまた前代未聞であり、閻魔が不在となる冥界は大きく揺れた。元天使は代役として提案を出した眷属の鬼と死後の案内人のおさに裁量の権利を与え、以前の仕事である、神と人との仲介役の立場に身を置いて人々の死について見聞していた。そこで興味深い記述を見つけた。ある人物は自ら望んで冥界に入り、後から来る死者の為に冥府への道筋を築いたという。それが人間自ら死を選ぶきっかけとなり、彼こそが人類最初の死者であった。そして、その自死という倫理観は必ずしも悪ではないとまで書かれていた。新任閻魔が天使であった頃は自ら死を選ぶ魂になど出会うことはなく、閻魔になってからは残された遺族の悲しみを汲み取れなかった愚かな行為として、それなりの罪を与えてきた。しかし、最初の死者が残された者の為に自死の道を選んだことを知り、元天使は何が善で何が悪なのか判断できない心境におちいった。少しして冥界で閻魔の代役を務める2人に封筒が届いた。中には文書の代わりに白と黒の羽根が一枚ずつ入っていた。天使の羽根は白く、抜け落ちた場合は天使でなくなることを意味する。一方、黒く染まった羽根は天使から悪魔への転身、神に逆らう堕天使であることを示している。これも抜け落ちた状態で送られてきたということは、もはや新任閻魔は王でも天使でもない。以前起こった不祥事の根源、悪魔と同様の人間になる道を選ぶことを示唆していた。以前の閻魔大王が元人間であり、冥界を創った人類最初の死者であることを知ったが故の判断だった。


                    完

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