善良な悪魔たち

シバカズ

善良な悪魔たち

 悪魔とは、人の心を惑わし悪の道へ誘う魔物である。死後の世界には冥界の王として死者の生前の罪を裁く閻魔えんまが君臨するが、その眷属けんぞくとして獄卒ごくそつという鬼がいる。だが、冥府の仕事範囲は広大かつ膨大であり、閻魔だけで死者の裁量をまかなうことはできなかった。中には死後の案内人によって裁定の場を免れる特例も暗黙の了解として認められていた。しかし、閻魔は一時、獄卒とは違う眷属を罪の裁定に起用した。それが俗にいう天使と悪魔であった。悪魔は閻魔から付与された裁きに使用する力をしばらくの間は真面目に発揮していた。天使は言わずもがなである。しかし、わずか数年で悪魔は堕落していた。生命の魂は一つ一つ違う生き方を経てここに来る。毎日惰性で生きている自分の存在意義は何だと考えるようになり、人間の魂の経歴を見るたびに、面白そうだと思っていた。やがて悪魔は閻魔と天使の監視の目を潜り抜け、現世へ舞い降りた。悪魔は人間の肉体を得るため、5人の人間に自分の五感とそれぞれの身体のパーツを交換しないかと交渉してみる。交渉といっても悪魔が耳元でささやけば、その人間をマインドコントロールできる一方的な命令であった。悪魔の五感とは閻魔から付与された力であり、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の感覚が、人間のそれを遥かに超越したものであった。冥界では悪魔の失踪に気付いた天使が閻魔から悪魔の強制送還を言い渡された。天使が現世で悪魔を発見するも、彼はすでに閻魔から譲り受けた力と人間のパーツ交換を済ませていると言った。天使はあの力が無ければ冥界に帰還できないことを伝達したが、悪魔はもう人間として現世で暮らすことを決めていた。天使は閻魔から彼の送還を言いつけられているので引き下がれない。そこで天使にあるまじき嘘をついた。閻魔の五感を宿していた悪魔には嘘など通じないが、今はただの人間である。天使は冥界に戻るよう説得する際、渡した五感が善行に使用されてなければ元保有者で現在人間である悪魔の魂は、冥府にて問答無用で獄卒の手に掛けられるだろうと呟いた。獄卒の残忍さを間近で見ていた悪魔は、若干不安な表情をした。天使は力を渡した人間に接触し、再交渉するよう進言した。悪魔はやむを得ず天使と共に彼らを捜索した。物事の過去と未来を見通す視覚を得たのはタクシー運転手であった。彼はその力を道路状況の把握という特技として仕事に役立てていた。相手の本音を聴き分ける聴覚を得た神父は、懺悔ざんげに訪れる人々に適切なアドバイスをしていた。悪事を嗅ぎ取る嗅覚を持ったのは警察官で、自分の所轄管内で起こった事件や不祥事の撲滅に起用していた。そして、相手の心理状態を把握できる味覚を与えられたのは意外にも医師であった。彼は元々備わっている視覚、聴覚、嗅覚、触覚というスキルに味覚を加味することで、より的確な診察を患者と交わしていた。ここまで力を与えられた人間を観察してきた天使は出来過ぎている、と不審に思った。なぜ悪魔のくせに彼は邪悪な心を持つ人間に力の交換を持ち掛けなかったのか。天使は悪魔に最後の精神に触れられる触覚の力を与えたのは誰かと尋ねると、彼は天使を鈍い奴だとでも言うように見ていた。悪魔は冥界の裁定で邪心を持った人間は見飽きていたのだ。そこで彼は悪魔にあるまじき行動を取った。力は善良な行いができる人々に与えようと、それを見極めるには最後まで触覚の力が必要不可欠であった。悪魔は天使になぜ今まで、ただの人間には視認できないはずの天使が俺には見えたのか気付かなかったのかと問いかけた。天使の中で怪訝けげんが確信に変わった。最後の触覚は悪魔が宿していたのだった。

                    完

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