選ばれた理由

走る。


枝を掻き分け、息を殺し、できるだけ音を立てないように進む。

誰かと合流する気はなかった。

正確には――できなかった。


人の気配がない。


不自然なほど、ない。


代わりに、ある。


踏み荒らされた跡。

血。

引きずられた痕。


同じ方向へ逃げたはずの“誰か”の名残。


胸の奥が、冷える。


足元に、落ちていた。


包帯。

雑に巻かれ、途中で解けたものだ。


それを見た瞬間、思い出す。


旅館に入る前。

転んだ誰かを、私は見ていた。


助けなかった。

正確には――助ける余裕がないと、判断した。


合理的だった。

あの場では、正しかった。


だから、生きている。


だから――左だった。


喉が、乾く。


森の中で、呻き声が近づく。


あれはゾンビだ。

でも、もう分かっていた。


あいつらは“原因”じゃない。


あの旅館は、

生き延びる判断をした人間を、外に返す。


迷いなく切り捨てた者。

誰かを置いて進めた者。

危険を正しく測れた者。


——そういう人間は、ここへ。


「……なんで」


声が、低く漏れる。


生きるために選んだ判断が、

生きる資格を奪う。


森の奥で、影が動いた。


私は走り出す。


もう一度、選ばされる前に。


選別された先に……

まだ、終わりは見えない。

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