第8話 いない、という変化


ラストは、

村を離れた。


理由は、

単純だった。


 


「……少し、

 考えたい」


 


それだけを

村長に告げ、

北の道を

歩き出した。


逃げた、

と言われても

仕方がない。


 


彼は、

自分が

中心であることを

否定し続けてきた。


ならば。


本当に

中心でないなら、

いなくても

変わらないはずだ。


 


それを、

確かめたかった。


 


一日目。


村は、

何も変わらなかった。


人々は

働き、

話し、

笑った。


 


ラストは、

少し

安心した。


「……ほら」


「やっぱり、

 僕は

 いらない」


 


二日目。


小さな

食い違いが

起きた。


水の配分。


誰が

先に

使うのか。


話し合いは

長引いた。


 


結論は

出たが、

疲れが

残った。


 


三日目。


境界で、

口論が

起きた。


誰も

剣は

抜かなかった。


だが。


声は、

荒れていた。


 


「前は、

 こんなじゃ

 なかった」


誰かが

そう

言った。


 


ラストは、

森の中で

その噂を

聞いた。


胸が、

痛んだ。


 


四日目。


小さな

衝突が

起きた。


魔物が、

追い払われた。


殺されは

しなかった。


それでも。


境界は、

揺れた。


 


五日目。


村に、

沈黙が

落ちた。


話し合いが、

減った。


目が、

合わなくなった。


 


ラストは、

道端に

座り込んだ。


 


「……違う」


 


否定の

言葉が、

弱くなる。


 


彼は、

思い出していた。


獣を

導いた夜。


少女が

眠った夜。


境界に

立った日。


 


自分は、

何を

していたのか。


 


命令したか。


力で

押したか。


否。


 


「……選ばせた」


 


言葉が、

初めて

形を持つ。


 


六日目。


ラストは、

村へ

戻った。


 


空気が、

変わっていた。


張り詰め、

乾いている。


 


彼の姿を

見た瞬間、

誰かが

息を吐いた。


 


「……帰った」


 


それだけの

言葉なのに。


胸が

強く

締め付けられる。


 


その夜。


村の集会所に

人が

集まった。


誰かが

言う。


 


「……話そう」


 


以前なら、

自然に

出ていた言葉。


今は、

勇気が

必要だった。


 


ラストは、

中央に

立たない。


座らない。


ただ、

そこに

いる。


 


言葉は、

少しずつ

戻った。


声は、

低く、

穏やかに。


 


夜。


水晶板を見る。


 


レベル:1


 


変わらない。


 


だが。


初めて。


怖さよりも、

別の感情が

勝った。


 


「……いないと」


「困る、

 ことが

 あるんだ」


 


それは、

誇りではない。


驕りでもない。


 


ただの

事実だった。


 


水晶板が、

これまでで

最も強く

震えた。


 


表示は、

まだ

変わらない。


 


だが。


世界の側が、

一歩

近づいた。


 


――少年は、

初めて

「自分の不在」が

意味を持つと

知った。


 


それは、

自覚への

入り口だった。


もう、

戻れない

場所への。

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