第一話 なにも起きない朝
Morning, Unaware of Anything
ひんやりとした冷たい感触に驚きながら、目を覚ました。この感触は、よく知っている、私の大嫌いな感触。私は少し顔を顰めた。
「あ、ごめんシャルちゃん。起こしちゃったね」
そう言って眉を下げ、私をシャルちゃんと呼ぶこの艶やかな黒い翼を背にもつ少年は、ブレンダン・モリス。彼は申し訳なさそうな顔をし、自身の右頬の泣きぼくろをそっとなぞった。
どうやらさっきの感触は、ブレンダンが触れたことによるものらしい。
シャルちゃんと呼ばれた私の名は、シャルロッテ・アンルー。彼――ブレンダンとは長い付き合いだ。私たちは共に孤児院に暮らしている。そこで知り合った私たちは互いに「シャルちゃん」、「ブレン」と、愛称で呼び合っている。その他にも愛称で呼ぶ仲間はいるのだが――。
「ミスティ兄さん、今日も出てこないみたい」
小さく苦笑いしながらブレンダンは言う。
――ミスティ兄さん、ブレンダンがそう呼ぶ彼、ミスティ・エトランもまた、彼も同じくこの孤児院に住むひとりだ。私たちより三つ歳上で、緑の尾をもつ青年。
しかし彼は何時も自室に籠っており、学校にも通っていない。姿を見る日の方が少ないだろう。それも受け入れるのが、この孤児院のあり方だった。
「ミスティ、なにしてんだろうね。つまんないの」
口に出してみても、答えは返ってこない。
私は、ミスティが何を考えているのか、未だによくわからない。顔を合わせること自体が稀で、会えたとしても、彼はいつも私たちを見透かすような瞳で見つめ、一言二言交わすだけ。
正直に言えば――ほんの少しだけ、苦手だった。
「はは……兄さんも一緒に学校に行けたら、楽しいのにね」
そう言ってから、ブレンダンは小さく付け足す。
「……兄さんが望まないなら、それまでだけど」
楽しい?……長いことミスティとは話していない。ブレンダンは本当にそう思っているのだろうか。――いや、これはただ私が思っていないだけだ。
ふと、幼い頃ミスティとした会話を思い出す。
「シャル。キミは、そのままでいいんだよ。ソレは、キミの、“個性”だ」
「……? うん。ありがとう、ミスティ」
嫌な会話ではなかった。むしろ、自分を肯定してくれていた。だが、どうしてもミスティの瞳だけが、私は苦手だった。
「……! もしかして、今日の朝食はネイさんの?」
考えごとをしているうちに、階下から香ばしい匂いが漂ってきた。鼻腔をくすぐる、懐かしくて大好きな香り。
私は思わず目を輝かせた。
その様子を見て、ブレンダンはくすりと笑う。
「ふふ、ご名答。流石シャルちゃん。今日は母さんお手製の、くるみパンだよ」
その答えに私は勢いよく起き上がり、大きな丸まった尻尾を振りながら、階段を駆け降りて行くのだった。
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