第3話

 人々が魔獣を倒しに外に行く理由は様々ある。


 まず一つ。

 定期的に減らさないと壁の外が魔獣だらけになるということ。

 魔獣の数が増えればそれだけ外の危険度が増してしまう。


 そして二つ目。

 魔獣の皮や肉などの戦利品を手に入れる必要があるということ。


 この世界の動物はほとんどが魔獣によって死滅している。

 残されたごく少数の動物たちは、壁の中で貴族たちのために生かされ続けている。

 どうやら貴族たちはお祝い事の日などに動物を食べているらしい。


 まあ、であるから、肉を食い、服を作るには、魔獣を狩る必要がある。

 それが、リスクを背負ってまで魔獣を狩りに外に出る理由である。




 深夜。


 ドンドンと扉が叩かれる。

 俺は飛び起きて扉を開けた。


「また重症者ですか?」

「そうだ。今回はとびきり酷い」


 いつもの男が来て、俺に短く言った。

 ツムギも起きて、不安そうにこちらを見ている。

 男はツムギをチラリと見たが、何も言わなかった。


「こっちだ」

「分かりました」


 俺は男について行く。

 ツムギを一人で残しておくのは少し不安だが、仕方がない。


 俺が男について行くと、そこには右肩から先が消滅した男が血まみれで横たわっていた。


「お兄ちゃん、大丈夫だから! ジンさんが来てくれたから! もう少し堪えて!」


 男の傍に少女がいる。

 彼女は男の手を握り、そう男に言い聞かせていた。


 いつものことだが、やはり傷口がグロい。

 俺は吐きそうになるのを堪えながら治癒魔法を使う。


 光が男の右肩を包み、徐々に傷口が塞がっていく。


「ぐあぁああああああああああああああぁああ!!」


 男が激痛に叫ぶ。

 俺の治癒魔法は万能ではない。

 使用すると激痛が走るし、相応の体力も持っていかれる。

 おそらく、無理に傷口を塞ぐ代償を支払わされているのだろう。


 しかも傷口が塞がるのも一瞬ではない。

 普通に塞ぐよりかはもちろん早いが、気がついたら塞がっているって感じではなかった。


 徐々に男の肩の傷口に薄皮が貼り始め、そこからゴボゴボと肉が生成され始める。

 男は激痛によって何度も気を失っては叩き起こされを繰り返していた。


 しばらくして、完全に男の傷口が塞がる。


「……ふぅ」


 俺は脂汗を拭った。

 俺も患者ほどではないが、魔法を使うと体力をかなり持っていかれる。

 何とか傷口が塞がったことを確認してから、一息ついた。


「もう……大丈夫なんですか……?」

「ええ。傷口は塞がりましたよ」


 少女に訊ねられ、俺は頷いて答える。

 すると少女は大声で泣き始め、崩れ落ちてしまった。


 男は気を失ったままだ。

 少女はしばらく泣いていたが、立ち上がると、俺に頭を下げた。


「ありがとうございます、うちの兄を助けていただいて」


 兄か。

 なるほど。

 道理で少し似ていると思った。


「いえ、これが仕事ですから」

「でも……このご恩は一生忘れません」


 俺はよく、感謝される。

 こうして、人を助けては感謝される。

 この街にはおそらく俺を恩人と呼んでくれる人がたくさんいるだろう。


 だが、俺からすれば彼らこそが恩人なのだ。

 俺が肉を食えるのも、温かい毛皮の服を着られるのも、全部彼らのおかげだ。

 互いに支え合って生きている。


 それに、ただ止血しただけだ。

 欠損部位を治せたわけじゃない。

 彼らは今後、生きづらさを感じながら生きなければならない。

 そのことを想像するとやはり胸が痛む。


 だから、恩とか借りとか、そんなものは俺には勿体ないと思っているのだが。


 男が目を覚ました。


「ううっ……」

「お兄ちゃん!」

「……レイアか」

「お兄ちゃん! ジンさんが助けてくれたよ!」


 レイアと呼ばれた妹の言葉に、兄はこちらに視線を向ける。


「ありがとう……ございます……」

「いえ。俺に出来ることをしただけですから」


 また感謝されて、俺はそう返した。

 男は上半身を起こした。

 それから、俺を見て、レイアの方を見た。


「レイア」

「……どうしたの、お兄ちゃん」

「俺はもう、外には出られない」


 男の言葉にレイアは一瞬目を見開き、視線を逸らして頷いた。


「そう、だよね……。分かってる」

「そうだ。俺たちは食い扶持を失った」


 ああ、そうだろう。

 おそらくこの兄がなんとか魔獣を倒して、生計を立てていたのだろう。

 魔獣の肉を売り、皮を売り、それで生きてきた。


 しかし男が怪我したことによって、魔獣と戦えなくなった。

 右肩から先がなくなったのだ。

 そりゃ、どんなに頑張っても魔獣とは戦えない。

 ここから新しい食い扶持を見つけるのも、苦労するだろう。


 同情する。

 悲しいことだと思う。


 でも、同情だけでは人は助けられない。

 俺に出来ることは何もない。


 ……何もない?

 本当か?


「レイア」

「……お兄ちゃん」


 男は覚悟を決めた表情をしていた。

 レイアは何かを察して泣き出しそうな表情をしていた。


「お前は教会に行け」

「お兄ちゃんは……」

「俺はもう無理だ。助けてもらった命だが、これではもう何も出来ない」


 そんな覚悟を決める人を、俺は何人も見てきた。

 その度に、俺は何も出来なかった。


 ただ、今回は違う。

 俺は彼に学びたいことがある。


「なあ」


 俺は口を開いた。

 男とレイアはこちらを見てきた。


「俺に、魔獣との戦い方を教えてくれないか?」


 スキルのレベルを上げるには、魔獣を倒す必要があるかもしれない。

 そう思っての頼みだった。


 二人は俺の頼みの言葉を聞いて、驚いたように目を見開いた。

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