第31話 転校生

 肝試しの翌日、神楽丘学園の裏手は巨大なフェンスで覆われた。


 皆は、ついに旧校舎の取り壊しが始まったと思っているようだが、

 俺だけは知っている。


 須佐之男命すさのおのみことたち神々が、何やらおっぱじめようとしていることを。


 きっと、高天原たかまがはらとここを繋ぐ門なんかを建造してるんじゃないか。

 それが完成したら、また、天照大御神あまてらすおおみかみにも会える。


 俺はその日が来るのを心待ちにしていた。


 再会した時、第一声は何て言おうか。

 前にもこんなことを考えたことがあったなと、思い出す。


 は、天照大御神あまてらすおおみかみの姿を見た途端、ただ無言で抱きしめていたっけ――。


 今度は自重して、何かカッコいいセリフの一つや二つは言ってやりたいな。


 そんなことを思いながら、あっという間に数日が過ぎていった。





 ある朝、ホームルームでの担任の第一声。


「えー、今日はね、珍しいことに、三人の転入生を迎えることとなりましたー」


 高校で転校生が来るというのは、確かに珍しい。

 それが三人ともなると、よっぽどだ。


「えー、それぞれ事情があるようですが、皆さん、仲良くするように。

 えー、それでは、三人とも! 入ってきてー!」


 担任は教室の外に聞こえるように声を上げた。


 ガララッ! と勢いよく開け放たれたドアが、ガタッと外れる。

 なんだか既視感がある。

 俺も前はよくドアを外していた。


「おっとと……あぶねぇなぁ」


 ガタゴトとドアを立てかけてから、大柄で筋肉質の男が入ってきた。


「(え……スーさん?)」


 髪の毛は黒く短髪になってて、肌艶も若々しくなってはいるが、

 紛れもなく須佐之男命すさのおのみことだ。

 神楽丘学園のブレザーを堂々と着崩している。


 次に現れたのは――天照大御神あまてらすおおみかみだ!!

 ポニーテールに束ねられた黒髪。若々しく、潤った肌艶。

 しゃなりとした仕草で、教壇へと進む。

 やはり学園のブレザーのようではあるが、若干アレンジされてないか?

 そして何よりも、胸が控えめになっている!?

 しかし間違いない。天照大御神あまてらすおおみかみだ。


 そして最後に現れたのは――……誰だ?

 腰まである艶のある黒髪。前髪パッツンが特徴的だが、

 よく見ると、天照大御神あまてらすおおみかみとよく似た顔立ち。

 もしかして……月読命つくよみのみことか!?


「はい、それじゃあね、まずは三人に自己紹介を、ね。してもらおうか。

 こっちの男子のキミから、お願いできるかな?」


「うっす」と小さく返事をした須佐之男命すさのおのみことは、振り向いて黒板に向かい、名前を書き始めた。


【 須佐野 漢治 】


 書き終えると「よし」と満足そうに頷き、向き直る。


「俺ぁ、須佐野 漢治すさの かんじってんだ。よろしくな!」


 おおーと沸き起こる拍手喝采と、女子連中の黄色い叫び声。




 天照大御神あまてらすおおみかみは「ふむ」と頷き、倣うように黒板に向かう。


【 大神 照子 】


大神 照子おおがみ しょうこと申す。よろしくなのじゃ」


 太陽のような笑顔に、男どもが歓声を上げる。

 「付き合ってくださーい」などと声を上げる不届き者までいやがる……どいつだっ!?

 騒然となる教室。先生が教壇を叩いて落ち着かせる。




 最後に、月読命つくよみのみことも、黒板に小さく名前を書いた。


【 月読 命 】


月読 命つくよみ めい。よろしく」


 小声ながら、教室の隅々まで染み渡るような澄んだ声。

 天照大御神あまてらすおおみかみとは対照的に、スンとした佇まい。

 まるでさざ波のような歓声が教室を駆け抜けてゆく。



「はーい。それじゃあね、三人の席はひとまず一番後ろね」



 あ、なるほど。

 今朝、俺の並びに机が補充されてたのは、こういうことだったのか。


 三人がずんずんと近づいてくる。

 先頭を歩くのは須佐之男命すさのおのみことだ。

 近づくにつれ、にんまりと笑みを浮かべながら……


 俺も笑顔を浮かべて、手を上げていた。


 パーン☆


 教室に響くハイタッチの音。「おおー」と男子たちがどよめいた。


 須佐之男命すさのおのみことが隣の席に座った。



 次に来た天照大御神あまてらすおおみかみと目が合った。


「あ……」それ以上、声が出なかった。


 天照大御神あまてらすおおみかみはクスリと笑い、上げたままだった俺の手をさりげなく撫でてから隣の席に腰を下ろした。


 続いて、月読命つくよみのみこと。じっと俺を見つめたあと、ペコリと頭を下げてから、天照大御神あまてらすおおみかみの向こう側の席に静かに腰かけた。



 そして、いつも通りのホームルームが始まった。





 休み時間のたびに、教室の後ろ側は満員電車のようにすし詰め状態になる。


「大神さーん! お住まいは?」

「月読さまーこっち視線くださーい」

「照子って呼んでもいいか?」

 ……やいのやいの……


 そんな有象無象に俺は窓際へと押しのけられていた。


 須佐之男命すさのおのみことがニヤニヤと俺の隣にきて、囁く。


「また言ってやったらどうだ?」


「なんだよスーさん、って」


「ほれ、『アマテラは俺の女らぁ!!』ってやつよ。くっくっくっ」


「あ! や、やめろよ」


 そんなことを言ってど突き合っていると、不良三人組が割り込んできた。


「オイ、転校生! 随分といい体格してんじゃねぇか」

 先陣を切ったのは学ランだ。


「そんなザコと仲良しゴッコか~?」

 リーゼントが続く。


「ちょっと俺らに付き合ってくれよ~」

 もう一人、ねじり鉢巻きだ。


「ん? 何に付き合えって?」

「(スーさん、スーさん、絶対に手を出すなよ。あっちは普通の人間なんだから)」

「(わーってるって。心配すんな)」


「何をコソコソしてんだ~? コラ!」


 あれ? ツチノコ騒動で芽生えた連帯感は……

 ちょっとだけ仲良くなれたと思ったのは錯覚だったのか?


「便所虫はすっこんでろっつーの!」

「お手洗いくんはお手洗いくんらしく、便所に引き籠ってろ」


 は?

 便所虫……? お手洗いくん……?


 プッチーン☆


「はぁ~? だれが便所だってぇ~!? ああ~!?」


 近くの机を、三馬鹿トリオとの間に引き寄せる。


「てめぇら、順番にぶっ潰してやっから、かかってこい! ゴラァ!!」


 ドンッ!

 腕相撲スタイルで誘う。


「お? いい度胸してんじゃねぇか」

「教えてやらなくちゃだめか? 身の程ってやつを」

「その小枝みてぇな腕、へし折ってやっぞ」


 バンッ☆

 ダンッ☆

 ベッターン☆


「(お、おい、ユウキ……そいつら、腕、大丈夫か? 骨やっちゃってねぇか?)」

 須佐之男命すさのおのみことの冷静な声で我に返った。


 はっ!


 昔から、名前を弄られるとキレちゃうんだよなぁ……。


「あー、お、お前ら、大丈夫? 腕……」


「ってー……御手洗が、こんなに強ぇとか」

「今まで雑魚のフリしてたのかぁ? っつー……」

「腕、腕がー……」


「大丈夫そうだな。

 お前ら、言っとくけどな、ここにいるスー、須佐野さんは俺より強いからな。

 舐めた態度とってたら、自分の足で帰れなくなるぞぉー」


「ヒッ……す、すんませんでしたー!」

「み、御手洗、今までごめんな?」

「腕がー……」


 幸い、こっちの騒ぎに気付いた者はいないようだ。

 遠巻きに眺めていた女子は何人かいたようだが、男子が腕相撲でじゃれ合ってる程度にしか見てないだろう。


 悪目立ちはしたくないからな――。




 しかし、俺のそんなささやかな願いは、この日の昼休みに砕け散った。






 昼休み――。


 俺の昼飯は今日も80円のおにぎりだ。

 いつものように、鈴木と太田が俺の席に集まってくる。


 でも、そうだ。天照大御神あまてらすおおみかみに食堂とか案内してやらなきゃ……

 そう思ったが、すでに人だかりができている。

 誰が案内するのかジャンケン勝負だーとか勝手に盛り上がっている。


「すまぬが、昼食は持参しておるでの」


 天照大御神あまてらすおおみかみはそう言って、どこからともなく五段の重箱を取り出した。

 月読命つくよみのみこと須佐之男命すさのおのみことも集まり、机を適当に繋いでお重を並べていく。


「ふふっ。ユウキよ、お主の分もあるぞよ?」


『なにー!?』

『御手洗の分があるって言ったか!?』

『なんだなんだ!?』

『お前らどういう関係なんだー!?』

 ……ぎゃーすかぴーすか……


「騒がしいのぉー。ユウキは、わらわが選んだ男、なのじゃ」


 し――ん。


 一瞬の静寂。


『うわー!』

『うそだー! うそだといってくれー!』

 ……ぎゃーすかぴーすか……


『月読さん! 俺は最初から君だけを見ていた!』

『月読さん!』『月読さん!』『月読さん!』


 ターゲットを変える男子ども。

 そうだな。

 青春は短く、儚いもの。

 一秒たりとも無駄にしている暇は無いのだ。


 すると、月読命つくよみのみことがツツーと俺に歩み寄ってくる。


「ユウキ殿。お慕い申しております」


「は?」


『はぁ~!?』

『今! 今なんと!?』

『またかよ!!』

 ……ぎゃーすかぴーすか……


「ちょ、ちょっと待て。今日、初対面みたいなもんだよな?」

わたくしは、ずっと以前から、あなたを探しておりました――」


 頬を赤くする月読命つくよみのみこと


「ちょ、ちょっと待ちなさいよー!」


 男子どもの壁が割れて、姿を現したのは……西園寺。


「あなっあなたたたたち、……(深呼吸)……御手洗くんとは、どういう関係?」


 ビシっと指をさしてポーズを決める西園寺。


 え? なんでお前まで出てくる?

 ……いや、なんとなく想像はつくけど……。


「ほほ~ぅ。なるほどのぉ~。おぬし、名はなんと申すのじゃ?」

「え? あ、あたしは……西園寺 愛菜さいおんじ まな


「よしよし、マナよ。そなたも共に昼食にしようぞ。込み入った話は追々の?」


 そうして、男子どもが嘆き散らかすのを横目に、豪勢に並べられた昼食をいただくのでした――。



 悪目立ち、したくなかったんだけどなぁ。



 どうなる? 俺の学園ライフ!

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