第30話 学園の裏に潜むモノ

「御手洗くーん! あ、鈴木くんと太田くんも、あの噂聞いたかな?」


 朝っぱらから、西園寺が元気だった。


「『あの噂』って?」


「怖い話しちゃうよ? 平気?」


 顔を見合わせる俺と鈴木と太田。


「うん、俺は大丈夫」

「もちろん平気です」

「全然でござる」


「あのねあのね、校舎の裏手に、古い旧校舎があるの、知ってるよね。

 もう使われていないはずの旧校舎」


「あー、ありますね。草が生い茂って見えなくなってるけど」

「でござるな」

「ふーん。そんなのあったんだ」


 俺は初耳だったが、鈴木も太田も知っているらしい。


「あれれ? 御手洗くん、知らなかった? あの旧校舎はねぇ、今からだともう二十年以上も前に――」


「あ、いや、『あの噂』ってやつ聞かせて?」


 が長くなりそうだったので、話題を噂話に引き戻した。


「うん、でね、噂っていうのはね、誰も使っていないはずの旧校舎で、最近人影を見たっていうの」


「ふーん」

「…………」

「…………」


 話の続きを待っていたが、どうやら、それで終わりらしい。


「え? 『あの噂』って、それだけ?」


「うん。すっごく怖くなーい? 怖いよね?」


「あー、うーん」


 鈴木と太田も返答に困った顔をしている。


「怖いと言えば、怖いかもだけどぉー。たまたま、先生か誰かが用事があっただけじゃ?」


「え、だって、夜中の二時頃だよ?」


 なんで夜中の二時にそんな場所に行ってんだよ。

 目撃者の行動の方が怖いよ。


「なんだって、そんな時間に学校に……誰なんだよ?」


「え、あたし……」


「お前かよ! 何やってんだよ! んな夜中に!

 で、『あの噂』とか言って……自作自演かっ!!」


「あ、違くって、えとえと、順を追って説明すると――」


 西園寺は、なとこがあって、話を理解するのに手間取ったが、

 鈴木と太田の協力もあって、噂の全容が明らかになった。


 数日前の夕方、ある生徒が三階の窓から旧校舎を眺めていたら、草の茂みを掻き分ける和服を着た人影を見たらしい。

 それに端を発して、旧校舎が注目されるようになると、様々な目撃事例が囁かれ始めた。

 旧校舎の周りを駆け回るような影を見た。

 木造の壁をドンドンと叩くような音が鳴り響く。

 日が暮れると灯りが燈っている。

 月夜にタヌキたちが宴会してるのを見た。

 などなど……。


 そして、西園寺と仲の良い女子らで、夜中にこっそり様子を見にいったそうだ。


 そこで見たのは、噂通り、灯りが燈る旧校舎。

 その廊下を、着物を着た女がススーっと滑るように移動していたというのだ。


「面白そうでござるな! 僕たちも見に行ってみようよ。今夜!」

「おー、いいですね。ボクたちで真相を突き止めてやりましょう。ね、御手洗君」

「ん? んー。まぁ、いいけど」


 正直、それほど気は進まなかった。

 あの老人の言葉も気になるし、何か起こりかけているのかもしれない。


「御手洗くんも行くなら、当然あたしも行く! 肝試しリベンジだよ!」


 なんで『俺が行くなら』なんだよ。まぁ、なんとなく想像はつくけど。


 面倒なことにならなきゃいいが――。


 俺は渋々、肝試しに付き合うことにした。





 一旦帰宅。


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎのレプリカを手に取る。


 この世界に帰ってきたとき持ち帰ったのは、神楽の湯宿の浴衣だけではなかった。

 こいつが、枕元に置かれていた。



 旧校舎に何かが住み着こうとしている。


 ホームレスの方々が流れ着いてきただけかもしれない。

 夜中遊び回るヤンキーたちのたまり場になっているのかもしれない。

 それか、まさかの物の怪、妖、魑魅魍魎の類かもしれない――。



 枕元に出た老人の『ときが近づいておる』という言葉も、気になる。


 旧校舎で何と遭遇しても対処できるように、一応、念のため、こいつを持っていくことにする。


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎのレプリカを布でグルグル巻きにして、目立たせないように携えた。





夜九時――


「お待たせー」


 明日も普通に学校はあるので、夜中の二時ってわけにはいかない。


「こんな時間に集まるのってー、なんだかー、どきどきしちゃうね♡」


 西園寺は俺の隣をキープして、さり気なく服の端をつまんできた。

 それを見て、また鈴木が物悲しそうな顔を向けてくる。


「西園寺さんはボクが……ボクが……」


「御手洗氏、その包みは何でござるか?」 


「ああ、これはー、ヤバい奴らが出てきたら、こいつで撃退しようかと」


 ブンと振り下ろして見せると、三人とも「おおー」「たのもしー」と目を輝かせた。


 さてさて、蛇が出るか鬼が出るか――


「さっさと見に行こうぜ」





夜の学園――


 校門を過ぎると街灯の灯りも届かなくなり、急に闇が濃くなる。

 鈴木と太田がスマートフォンのライトで足元を照らしてくれるが、周囲の暗闇が強調されてかえって不気味さが増している。


 ザッザザッザッザザッ……


 俺たちの足音だけが闇の中に溶けていく。


「こういうのって、小学生んとき以来だなー」

「御手洗君ってさ、昔はすっごい怖がりだったって言ってたよね」

「えー、怖がってる御手洗くん、見てみたーい」


 声を潜めて、他愛もない会話をしながら校舎の角を曲がる。


「待つでござる。職員室、灯りついてる」

「先生まだいるんだぁ」

「残業、お疲れ様です」

「見つかったら厄介だから、ちょい遠回りして行こう」


 職員室から漏れる灯りを避けて、校舎裏を目指す。


 最後の角を曲がると、そこは鬱蒼と生い茂る雑草に覆われた別世界のようだった。

 虫の声、カエルの声が一段と大きくなる。


「西園寺、よくこんなとこ来たな。女子だけで。しかも深夜の二時に……」

「あの日は、満月だったから明るかったんだよ」


 俺もスマートフォンを取り出し、ライトを点灯させた。


 旧校舎はすぐに見えてきた。


 噂されていたような灯りは見えず、暗闇の中にひっそりと佇んでいた。


「どこまで近づいてみる?」


 俺は天叢雲剣あめのむらくものつるぎを握り直した。


「ここまで来たなら、中まで行くでござるよ」

「太田君、本気で言ってますか?」

「あたしは平気だよ。御手洗くんが一緒なら」


 西園寺は、いよいよ遠慮なく俺の腕をガッチリとホールドしてくる。


 鈴木と太田は、やれやれといった溜め息を吐いて、先陣を切って歩き出す。


 しかし、少し進んだところで歩みを止めた。


「あ、あれ?」

「これは……?」


「どうした?」


 追いつくと、二人とも空中に手を当てて、パントマイムのような素振りをしている。


「見えない壁がある……でござるよ」

「だよね。透明な壁ですよ、これ」

「え? どれどれ?」


 西園寺も興味津々、前へ出る。すると、コツンと何かにぶつかって尻もちをつく。


「いったーい☆ ホントだ。壁があるよ」


 手を差し伸べて起き上がらせてやると「ありがと」と言って、また俺の腕をホールドする。


「見えない壁……?」


 そーっと手を伸ばしてみる。


 奇妙な抵抗を感じるエリアがある。が、壁というか、ゼリーっぽい。

 押せば通れそうな――


「西園寺、ちょっといいか」


 腕を解かせて、ゆっくりと進んでみる。



 どぷん――



 水中に潜ったかのような感覚。周囲の音が遠ざかる。

 振り向くと、鈴木たちが驚いた表情で空中を叩いているのが見える。


 俺はそのまま、旧校舎に向かって進んだ。



 ぬぷん――



 ゼリー質の領域を抜けた。


 すると目の前が、カッと明るくなる。


 そこには、工事現場のような景色が広がっていた。

 組まれた足場に囲まれた旧校舎――。


 トンカントンカンと釘を打つような音が響き、

 ギュイーンと電動ノコの音も混ざる。


「あれー? ユウキ? ユウキだー!」


 突然、草の茂みから声がして、ひょっこりと現れたのは――

 稲荷神いなりのかみだ。


「イ、イナリ、なのか……どうして、ここに?」


「えっとねぇ、あ、ダメダメ。それは、まだ言えないんだった」


 ペロっと舌を出して笑う稲荷神いなりのかみ


 ってことは、あの《旧校舎》の中には須佐之男命すさのおのみことや、

 天照大御神あまてらすおおみかみも――


 すると、旧校舎の中から、須佐之男命すさのおのみことが姿を現した。


「なーんでい、もう見つかっちまったのか。結界、張ってあったのによぉ」


「スーさん! って……なんだよ、その格好」


 須佐之男命すさのおのみことは、『安全第一』と書かれた黄色いヘルメットをかぶっていた。


「ガーッハッハッ! 今はまだ内緒だ! けどよ、すぐにわかるから、今日のとこは何も見なかったことにして、帰りな。な?」


 須佐之男命すさのおのみことの横から旧校舎を覗き見ようとするが、スッと遮られてしまった。


「天照の姉者なら、まだ居ねぇぜ。近いうちに、また会えるから、あわてなさんな」


「や、別に、俺は――」


 また彼らに会えた。


 天照大御神あまてらすおおみかみはいないらしいが、また会える。


 胸が熱くなって、涙が滲んでくる。


「お? 感動のあまり言葉が出ないか? ガーッハッハッ!」

「ユウキ―、また近いうち、一緒に旨いもん食べような!」


「あはは、スーさん、イナリ。うん、またな。絶対、絶対だぞ!」


 ひとまず今は、このまま引き下がるしかない。



 どぷん――


 

 このゼリーのような領域は『結界』らしい。


 結界を抜けて、鈴木たちのところへ戻った。


「あ、御手洗くん! 良かったー戻ってこれたんだね!」

「御手洗君! 大丈夫だった!?」

「これは神隠し案件かと思ったでござるよ。無事でなにより」


「壁の向こう、どうなってたの?」


 これは、なんとか誤魔化さなきゃだよな。


「えっと……真っ直ぐ進んでたはずなのに、ここに戻ってきたんだ」


 やいのやいのと突っ込まれはしたが、今はこれで押し切るしかない。


 すると、俺たちの騒ぎ声を聞きつけたのか、先生たちが様子を見にきて、

 ――この肝試しはお開きとなった。




 須佐之男命すさのおのみことたちが何をやっているのか、大方の予想はできる。


 きっと、すぐにまた会える。


 今はそれで充分だ。

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