葦原中つ国編
第27話 平和な日常
異ノ国には、三ヵ月ほど滞在していたはずなのに、
こっちの世界を留守にしていたのは、一週間程度だった。
『時間軸がひねくれておってのぉ』という言葉どおりのようだ。
週も明けて、月曜日。
俺にとっては三ヵ月ぶりの登校になる。
予備の制服は、少しだけきつく感じた。
サラリーマンと学生でひしめき合う駅前を通り抜ける。
駅の隣にあるお弁当屋に立ち寄り、80円のおにぎりをひとつ購入。
お新香も添えられてこの値段は、とても魅力的。
これが今日の昼飯だ。
元気に駆けていく小学生たち。
はしゃぎまわっていた
道すがら、何の気なしに深呼吸してみる――。
排気ガスと砂ぼこりの混じった空気に、むせそうになった。
異ノ国の草原が恋しく思える。
絶妙な坂の角度よ。
スカートを短くし過ぎた女子は、後ろ手に隠しながら歩いている。
『見せたくて短くしてるんじゃないのか?』と何度思ったことか。
なぜか
この世界の景色は、どこもかしこも懐かしくて――
ふとした瞬間に、異ノ国を思い出させる。
「
俺を呼ぶ声に振り返ると、同じクラスの鈴木が坂道を駆け上ってくるところだった。
「おー、鈴木ー! すっげー久しぶりだなぁー!!」
「はぁはぁ、もう、体調は良いんですか? はぁはぁ」
そう――。
どういうわけか俺は『流行り病』で学校を数日間休んだことになっていた。
「あ、ああ、俺はこの通り、元気だ」
趣味や何かで共通点があるわけじゃないが、一緒にいて苦にならない。
お互い、その程度の理由でつるんでいるんだと思う。
ひょろ長い体格で運動は苦手なくせに、この坂道を駆け上ってくるもんだから、
まだ息が整っていない。
「あ、太田君も発見! おーい太田君!」
少し前を歩いていたのは、樽のような体型の
異世界系のライトノベルが大好きなオタクくんだ。
いつも、太田が熱心に語る話を、俺と鈴木がテキトーに相槌を打って聞いている。
「むむ? 鈴木氏に、御手洗氏ではござらぬか!
元気になったようで、なにより、なにより。
ところで、あれ見たでござるか? 『ツチノコ』の衝撃映像!」
「またUMA? 好きだよねぇ。どうせフェイク動画でしょう?」
こいつらとは、最後にどんな会話をしていたのかすら思い出せない。
けど、以前と変わらず接してくれる二人を見ると、切ないながらもほっとする。
「いやぁー、二人とも懐かしいなぁ。元気だったか?」
「御手洗君、一週間ぶり……だけど、なんだか、たくましくなってない?」
そりゃそうだ。
なんてったって、あの
「ふふっ。ちょっとトレーニングを、ね」
こいつらに、『神様と一緒に異世界を旅してた』なんて言ったら、
信じるだろうか。
きっと、ネタだと思いながらも『まじかまじか』と乗ってくれる。
そんな気がする。
坂を登り切ると、途端に視界が開けた。
朝の太陽はまだ低く、街を照らしている。
『感謝するのじゃ』とか言って、後光がさしてる
あまりにも、あっさりとした旅の終わり。お別れだった。
でも、これが、神と人間の感覚の違い、なのだろう。
「おーい、御手洗君ー、先行っちゃいますよー」
「あー、今いくよー」
これからも俺は、この人の世で――
◇
教室に入り、真ん中の列一番後ろにひと席だけはみ出した自席に着く。
なんとも寂しい席ではあるが、特段気にしたことはない。
何人かのクラスメイトが声をかけてくれた。
社交辞令ってやつだろうけど、みんな心配してくれていたみたいで、ちょっと嬉しい。
「あ! 御手洗くん♡ おはよー」
「おー、
俺が学校を休んでいる間、お便りをわざわざ届けにきてくれていたらしい。
郵便受けに入れられていたプリントの隅に『まな♡』と書かれていたから。
ツインテールと大き目のリボン。ちょっと幼さの残る喋り方が憎めない。
彼女のファンも多い。
「なんもだよ。元気になってくれて良かったー♡」
俺も密に西園寺ファンのひとり、だった。
「西園寺さん、おはよう♪」
鈴木も絶賛、西園寺ファンのひとりだ。
「御手洗氏、『あれ』ってなんでござるか?」
「なんか二人の世界入ってて、許せませんね!」
……ぎゃーすかぴーすか……
鈴木と太田に続いて、クラスの男子どもが騒ぎ出した。
たった三ヵ月――。
異ノ国での旅は『たった三ヵ月』だったかもしれないが、俺は妙に落ち着いて周囲を見れる余裕を身に着けたようだ。
こいつらが何を言おうが、今の俺を動じさせることはできないだろう。
「御手洗君、やっぱり変わりましたね。雰囲気が違うというか」
「御手洗氏、もしかして……この休み中に、男に、なったでござるか?」
!?
「な、ななな、なに言ってんだか? お、俺は最初から男だぜ」
「そのうろたえよう、ますます怪しい……」
「僕たちを差し置いて、御手洗氏だけ!」
「え……御手洗くんって、そういう
西園寺までも乗っかって、目を潤ませて迫ってくる。
潤目とワニ目に迫られた俺は――
♪キィ~ン コォ~ン カァ~ン コォ~ン♪
「あ、あー、ほら、席に着かなきゃ、先生来るって」
始業のチャイムに救われた。
◇
昼休み――
俺の昼食は、80円のおにぎり、これだけだ。
売店へ行った鈴木と太田は、あんパンとサンドウィッチを持って戻ってきた。
サンドウィッチは、あんパンと並んで売れ残り率の高い、野菜サンドだ。
なんとも寂しい昼食だ。
その時――
「オイ、オタクどもー!」
突然、威勢のいい声が響き渡った。
びくんと反応する鈴木と太田。
そうだ……。同じクラスの不良三人衆。
何かにつけて絡んでくる奴らだ。
「随分としけた昼飯だな~、オイ!」
この学園、ブレザーのはずなのに、彼だけが学ランを纏っている。
しかもコートみたいな学ランだ。それに、土管のように太いズボン。
「お前たちよぉ~、この学園の名物『あんかけ焼きそばパン』を知らねぇとは言わせぇぞ~」
ガッツリと剃り込みを入れて、気合の入ったリーゼント。
毎朝のセットにどんだけ時間掛かってるんだろうか。
「も、もちろん、知ってます、よ」
鈴木も太田も、すっかり怯えて震えあがっている。
……これは、あれかな。パシらされる流れなのか?
「ちっ」
「おいおいおいおい! 御手洗よー! お前ぇ、何日もバックレてたよなぁ」
学ランが顔を寄せてくる。
「先公に聞いたぜぇ~。生死の境を彷徨ってたんだって~?」
リーゼントが後ろから煽ってくる。
「死の淵から蘇ったヤツが、おにぎりって……ぷっ! ウケるわ」
三人目の不良。
トレードマークのねじり鉢巻きをして、ケラケラと笑っている。
「オイ、オタクども。売店はもう行ったんだな?」
学ランが睨みを利かせる。
「ももももう『あんかけ焼きそばパン』は、う、売り切れてまました、よ」
鈴木が果敢に答えている。
「くっくっくっ。そいつぁ好都合だぜ。なあ?」
そう言って学ランは後ろの二人に目で合図を送った。
「俺ら、『あんかけ焼きそばパン』買い過ぎちまってよぉ~。
安く譲ってやってもいいんだぜ?」
ねじり鉢巻きが買い物袋をちらつかせる。
あー、なるほど。
高額で買い取れという……転売の押し売りか。
「悪ぃな、金なら無いぞ。俺は貧乏だから……」
鬱陶しいから追い払おうとした、その時。
ぐぐぅ~☆
っ黙れ! 俺の腹!
「くっくっくっ。御手洗、お前の腹は正直者だなぁ~」
「へっへっへ。交渉成立じゃね?
おら、『あんかけ焼きそばパン』。三個で五百円だぜぇ~」
「高っ……え? あれ? 『あんかけ焼きそばパン』って、一個二百円じゃ?」
「おお~っと。これ以上は負けねぇよ? 大人しく五百円、払ってもらおうか」
……とりあえず、鈴木が立て替えて五百円支払った。
「まいどありぃ~。うひひっ」
「しっかり味わって食えよぉ~」
そう言って、三人は立ち去っていった。
「……絡まれてるのかと思った。案外、いい奴ら?」
「御手洗君が休む前、アイツらに絡まれてたでしょ?」
んー……思い出せないが、アイツらにはあまり良い印象はない。
「自分らのせいで登校拒否になったのかもって、気にしてたでござるよ」
太田があんかけ焼きそばパンをかじりながら、声のトーンを落とした。
「それにしても、アイツらを前にしても動じないとは。
……やっぱ、御手洗君、変わりましたね?」
鈴木もあんかけ焼きそばパンに手をだす。
「まあな。実は――」
異ノ国のこと、神様たちのこと、
このまま軽々しく喋っても良いのだろか。
秘密にする理由はないが、なんというか……大切にしたい気もする。
でも、誰かに話したい気持ちもあるし――。
「実は?」
「何があったでござるか?」
「んー、この『あんかけ焼きそばパン』、三個で五百円だったよな。
一人、おいくら?」
話をはぐらかして頬張った学園の名物パンは、とても美味しかった。
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