第28話 放課後の小冒険
「鈴木氏! 御手洗氏! 今朝は遅かったでござるな!」
教室に入った途端、太田が興奮気味に駆け寄ってきた。
「太田君が早かったんでしょ? ボクたちはいつも通りだよ。ねえ、御手洗君」
時計は8時10分を指している。
うん。いつも通りだ。
「朝からそんなに興奮して、どうしたんだ?」
「今、日本中で『ツチノコ』が目撃されているのでござるよ!」
鼻息を荒げた太田は机の上にスマートフォンを置いて、ニュースサイトを開く。
『伝説のUMA現る!』
『全国各地でツチノコの目撃証言が相次ぐ』
『SNS上でも謎の生物の動画が拡散』
さらに、いくつもの動画をスワイプする。
「ほらこれ、これも! これもでござるよ!」
どの映像も、黒くて大きいナニカが映っているものの、暗すぎてよくわからない。
たまに鮮明に映っていると思えば、AI生成動画だったりするし――。
「これ、フェイクでしょ?」
鈴木のツッコミもどこ吹く風で、太田はさらに画面を拡大した。
「そして……この動画に注目でござる!」
そこに映っていたのは、タコの滑り台が特徴的な公園の広場だった。
推定で一メートル以上ある黒い物体が、滑り台の影に這いずっていく。
そのあとを追いかけるように映像が乱れ……滑り台の後ろを覗き込むが、すでにそこには何もいない。
「……ん? これって」
「このタコ、見覚えあるでござるよな!?」
「これ、学校の近くじゃね?」
「その通りでござる!」
太田はバンッと机を叩いた。
「この町内にも『ツチノコ』はその姿を見せていたでござるよ!」
太田が叫んだ、その時――
「ツチノコ?」
後ろの席から西園寺がひょこっと顔を出した。
「なになに? 楽しそうな話してるねぇ♡」
「西園寺氏! 西園寺氏も混ざるでござる!」
「ツチノコがこの近所にいるかもしれないんだとさ」
「へぇ~、メルヘンだねぇ~。
あれ? このタコ公園……子どもの頃よく遊んでたとこだよぉ」
メルヘン……なのか?
「これはもう――放課後、みんなで現地調査でござるな!」
「勝手に決めないでくださいよ~」
言葉とは裏腹に、口角が上がりっぱなしの鈴木。
行く気満々のようだ。
「御手洗くんも行くの?」
「……まぁ、暇だしな」
「じゃあ、あたしも参加する♡」
「なんと!? 西園寺さんも!」
「もちろん、歓迎するでござるよ!」
西園寺が参加を表明したことで、鈴木と太田は大喜びだ。
こうして、ツチノコ探索隊が結成された。
◇
放課後――
俺たちはまず、動画にあったタコ公園へとやってきた。
「ここでござる……」
赤いペンキの剥げかけたタコの滑り台がどーんと鎮座している。
数人のちびっ子が遊んでいるほか、中学生くらいのグループが何かを探すようにウロウロしている。
まぁ、何を探しているのかは、想像に難くない。
「うわぁ、懐かしい~♡ 小学生の頃は、ここでよく遊んでたんだよぉ」
西園寺が嬉しそうにタコの足を駆け上がる。
短めのスカートの下には、しっかりとジャージを履いている。
「西園寺さんって、意外と活発なんですねー」
鈴木が後を追い、二人して滑り台から滑り降りてきた。
そんな無邪気な二人を尻目に、太田は周囲の植え込みをガサゴソと突き回している。
「鈴木ー、西園寺もー、ちびっ子たちが引いてるぞー」
「もう、この公園にはいなさそうでござるなぁ」
周囲をうろつく中学生たちに目をやりながら、太田が呟いた。
狭い公園だ。これだけ人がうろついていて出てこないなら、もうここにはいないんだろう。
公園の周りは住宅街だ。
あの映像が本物だとしたら、一メートル以上もある大きな蛇みたいな生き物が、ズルズルと這いまわっていることになる。
もっと大騒ぎになっていても良さそうだが……。
「公園から出たなら、あっちの林に向かった可能性が高いでござるな」
太田が指さした先、遠くに雑木林が見えた。
「あー、いかにもって感じですね」
「馬鹿でかいニシキヘビが、民家の屋根裏に潜んでたって事件があったと思うが……ここいらの住宅を調べて回るわけにもいかないしなぁ」
俺たちは住宅街を抜けて、雑木林へと向かった。
◇
「ところでさ、ツチノコって危なくないのか? 噛まれたりとか……」
「ツチノコといえば、数メートルも飛び跳ねて毒を吹く……というのが定番の言い伝えでござるな」
「毒!? 危ないんじゃない?」
なぜか俺の腕にしがみつく西園寺。
鈴木が物悲しそうな顔を向けてくる。
「ただの『言い伝え』でござるよ。現に、こうして目撃証言が多発しているのに、被害に遭ったという報告はひとつもないでござる」
確かに……本当に危険なら、ニュースで注意喚起されるはずだ。専門家とやらが出てきて。
「万が一のときは、ボクが西園寺さんを護るから!」
「ありがとう、鈴木くん。キミの犠牲を無駄にしないためにも、あたしと御手洗くんは全力で逃げることにするよ」
「西園寺って意外と、そういう冗談言ったりするんだな」
「うふふ」
「冗談……ですよね?」
「つーか、もし見つけちゃったりしたら、どーすんだ?」
今更ながらに考えてみると、ツチノコを見つけても捕獲するような道具は何もない。
それどころか、普通に学校帰りなので、軍手すら持っていない。
「そこまで考えていなかったでござるよ……」
「証拠映像に収めて拡散しましょう!」
「まぁ、やれることと言ったら、そんくらいだよなぁ」
そんなことを言いながら到着した雑木林は、想像以上に大きく広がっていた。
◇
「ここは、ローラー作戦でござるな」
「ローラー作戦?」
「横に広がって、一気に捜索するでござる! 逃げ場を与えない完璧な布陣!」
「俺ら四人じゃ、隙間だらけだろ」
「あたしは御手洗くんと一緒に行く!」
そう言って、西園寺は俺の袖をつまむ。鈴木の悲しげな表情が突き刺さる。
結局、少しだけ間隔を空けて、雑木林を進み始めた。
「映像だと、一メートル以上ありそうだったよなぁ」
「SNSの報告では、二メートルを超える個体も目撃されているでござる」
「眉唾眉唾――」
その時、前方の茂みがガサリと音を立てた。
大きくて重量のあるナニカが、草を踏むような音――
ドサリッ――
「(静かに近づくでござるよー)」
「(鈴木、そっちから回り込め。西園寺、ちょっと下がってろ)」
「(気をつけてねー)」
俺と太田と鈴木は、目で合図を送り合い、草の茂みを掻き分けた。
飛び出してきたのは――
「うわっ」
「デカっ」
「カエルか!?」
二十センチはありそうなカエルだった。
これはこれで珍しい気がする。
気を取り直して、雑木林の奥へと進む。
ザッ、ザッ、ザッ……。
足元には枯れ枝と、ところどころに捨てられた空き缶や菓子袋。
期待していたほどの秘境感はない。
空は次第に狭くなり、辺りは薄暗くなっていく。
しばらく進むと、視界が開けた。
「沼だ……」
「足、滑らせないように気をつけろよ」
濁った水面にはアメンボが滑り、草の陰からはボコン、と時々泡が浮かぶ。
いかにも何かが潜んでいそうな雰囲気だ。
「なぁ、ツチノコって泳げるのか?」
「どうでござろうか……」
この沼を迂回してさらに進むか、それとも引き返すか思案していたとき、すぐ近くの茂みが、明らかにさっきとは違う勢いで揺れた。
何メートルもあるナニカが近づいてきている。
それが一瞬でわかる揺れ方だ。
「きゃっ」と、驚いた西園寺が俺にしがみつく。
身構える鈴木。
スマホを構える太田。
「来る、でござる!」
「西園寺さんは……ボクが……」
「御手洗くん」
ガサガサッ!
茂みが大きく割れて、現れたのは――
「おっ?……お前らか。何やってんだ?」
「え?」
現れたのは、不良三人組だった。
「石川……それに木下と山田まで……なんでお前らがこんなとこに」
「石川氏たちも、ツチノコ探しでござるか?」
「ツチノコだ~?」
学ランの石川が、妙に偉そうに鼻を鳴らす。
「んなもん、いるわきゃねーだろ?」
リーゼントの木下がカカカと笑う。
「昭和じゃあるまいし。な~?」
ねじり鉢巻きの山田が肩をすくめる。
……昭和の時代にはいたのかよ。ツチノコ――
と突っ込もうとした瞬間、今度は後ろの茂みが音を立てた。
ザザッ ガザザザ――
その場にいた全員が、そっちに視線を向けた瞬間、茂みの中から巨大な黒い物体が飛び出してきた。
ソレは放物線を描きながら、沼にダイブした。
ドップン――!!
盛大な水しぶき。
幾重にも広がる大きな波紋。
そのあとに訪れたのは、しん……とした静寂だけだった。
「……今の」
鈴木がぽつりと呟く。
「見た……よね?」
「み、見たでござるよ……」
俺は学ランたちと一緒に言葉もなく、ただ沼の水面を見つめていた。
もう何もいない。
波紋だけが、少しずつ静まっていく。
俺たちは、空が暗くなるまで沼の周りを見張っていたが、黒いナニカは姿を現さなかった。
「……帰るか」
誰からともなく、そう言った。
結局、あれが何だったのかはわからない。
ツチノコだったのか、それとも途中で見つけたカエルだったのかもしれない。
でも――
異ノ国ほどじゃないにしても、ちょっとした冒険ではあった。
思いがけず、苦手だった学ランたちとも妙な連帯感が芽生えたし、まぁ悪くない放課後の小冒険だったのではなかろうか。
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