第26話 天まで届け
「さて――今夜が、異ノ国での最後の夜じゃ」
それは、あまりにも唐突だった。
神楽の湯宿の大広間に集い、いつものように、夕食という宴が始まろうとしていた、その時だった。
「……は?」と口にしながらも、俺は瞬時にすべてを理解していた。
「はぐれておった神々も、これで全員揃ったことじゃし。
異ノ国での目的も果たせたのじゃ。
明日、
「へぇー、もう終わりかー」
「やっと帰れるな!」
「久々に
意外なほど、あっさりしていた。
でも、俺は……身体を大砲で撃ち抜かれたような、
心臓ごとゴッソリ持って行かれたような、そんな感覚で……
「……俺は?」などという言葉を捻り出すのが精いっぱいだった。
自分でも情けないくらい、
かすれた声だった。
「もちろん、おぬしは
案内役、苦労をかけたの」
やっぱり、そうか。
いつか終わると、
わかっていたはずなのに。
こんなにも唐突に、
こんなにも普通に、
あっけなく言われるとは思っていなかった。
◇
久しぶりの神楽の湯宿での夕食。
神が増えた分だけ、今までで一番賑やかで、華やかだ。
酒も、笑いも、料理も。
爺さん婆さんたちは調子の外れた手拍子を打つ。
いつも通り。
それが、余計に胸を締め付けた。
何か言うべきだ。
何か残すべきだ。
でも、言葉はうまく形にならない。
ありがとう?
楽しかった?
寂しい?
違う。
全部違う。
杯の音や笑い声だけが遠くに響き、
気持ちを整理できないまま、時間だけが過ぎていった。
◇
結局、何も言えないまま、部屋に戻った。
布団に横になる。
相部屋の
天井を見つめる。
今からでも、何か――
部屋を飛び出して、
ちゃんと、ちゃんと――
しかし、身体が重い。
まぶたが落ちる。
意識が沈む。
温泉の湯気みたいに、
ゆらゆらと。
そのまま――
――――――
――――
――
◇
……カーテンの隙間から差し込む日の光が眩しくて、目を覚ました。
カビっぽい空気。
天井のシミと、見覚えのある蛍光灯。
オンボロアパートの、自室だ。
夢、だったのか?
ゆっくりと身体を起こす。
布団は重く、湿り気を帯びている。
懐かしい匂いがする。
起き上がり、視線を落とす。
着ていたのは、神楽の湯宿の浴衣だ。
浴衣の袖口から、
ほんのりと、温泉の匂いがした。
あの露天風呂の、
あの世界の、残り香。
夢じゃない。
確かに、あった。
拳を握る。
胸の奥で、何かがまだ熱を持っている。
終わったのか?
本当に、あれで終わりなのか?
窓の外の空を見上げる。
雲ひとつない青空。
どこに向ければいい?
どこでもいい。
どうせ、届かないのだから。
肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「お別れの言葉くらい、言わせろっつーの!!!」
行き交う車のエンジン音、
錆びた自転車のブレーキ音、
近所の家から漏れ出るテレビの音。
俺の叫びは、そんな喧騒の中に溶け込んで、消えていった。
異ノ国編 ~完~
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