第24話 真・天岩戸神話

 かつて、高天原たかまがはらには三柱の神があった。


 天照大御神あまてらすおおみかみ

 月読命つくよみのみこと

 そして、

 須佐之男命すさのおのみこと


 三柱はそれぞれ『太陽』、『月』、『嵐』を司る神でありながらも、

 姉弟として高天原たかまがはらで暮らしていた。


 須佐之男命すさのおのみことはとにかく無骨で粗野な神だった。

 荒々しくガサツ、騒がしくも、戦うことには長けていた。


 だが、決して悪い神ではなかった。

 むしろ正義感が強く、己の力を試すために、

 常に強敵を求めて戦いに明け暮れていた。


天照あまてらすの姉者よ、なぁ、何かすげぇ奴と戦える場所を、知らねぇか?」

「弟者よ、そなたな……少しは静かにできぬのか?」

「だめだだめだ、静かにしてたんじゃ力が鈍るだろ! なぁ~、頼むよ!」

「……呆れた奴じゃ」


 天照大御神あまてらすおおみかみは、しぶしぶ須佐之男命すさのおのみことをなだめる。いつも、そのようなやり取りが続いていた。


 あるとき、須佐之男命すさのおのみことはいつものように、高天原たかまがはらの見晴らしのいい場所で剣を振り回していた。


「おい、もっと面白い相手はいねぇのかよ! このままじゃ、俺様の腕が鈍っちまう!」


 その時、どこからともなく聞こえてきた声が彼を呼び止めた。


『それほどの力があるなら、俺と勝負してみるか?』


 須佐之男命すさのおのみことが振り返ると、

 そこには黒いオーラを纏った異様な男――根ノ国の悪鬼が立っていた。


「なんだお前? 面白そうじゃねぇか!」


『俺に勝てる自信があるなら、力を試してみるがいい。ただし――』

 悪鬼は不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。


『俺に挑む資格が欲しければ、高天原たかまがはらの門を開けろ。

 そうすれば、お前に相応しい戦場いくさばを用意してやる』


 須佐之男命すさのおのみことは悪鬼の言葉に興味をそそられた。

 戦場、強敵、自分の力を存分に試せる――そんな機会を逃すわけにはいかない。


「いいだろう! その戦場いくさばってのを見せてもらおうじゃねぇか!」


 その言葉と共に、須佐之男命すさのおのみこと高天原たかまがはらの門を開いてしまった。


 門が開いた途端、悪鬼は大勢の手下と共に高天原たかまがはらになだれ込み、暴れ回った。

 神々は果敢に悪鬼へと挑んだ。

 だが、戦を司る神はわずかで、その力は悪鬼に及ばなかった。


 悪鬼たちは高天原たかまがはらを蹂躙した挙句、天照大御神あまてらすおおみかみをさらい、天岩戸あまのいわとの奥へと閉じ込めてしまった。


 その混乱の中、悲劇的な出来事が起こっていた。

 天照大御神あまてらすおおみかみを守ろうとした妹神・稚日女尊わかひるめのみことが悪鬼の刃に倒れたのだ。


 須佐之男命すさのおのみことの腕の中で、妹神は静かに事切れた。


「姉者も……妹者すらも……守れなかった……!」

 須佐之男命すさのおのみことは、その場で膝をつき、己の愚かさと未熟さを痛感した。

 大切な妹を失い、高天原たかまがはらを危機に陥れたことへの深い後悔が、彼を打ちのめす。


 さらに、『太陽』を司る天照大御神あまてらすおおみかみが封印されたことで、この世の全ては、闇に覆われようとしていた。


 神々は天照大御神あまてらすおおみかみを救出するため『天岩戸あまのいわとを開く儀式』の準備を進めた。


 八百万やおよろずの神々が一堂に会し、神力を最も高めるための大宴会を催す。

 歌い、踊り、笑い合うことで神力を高め、一点に集約し、それを天岩戸あまのいわとにぶつけるというものだった。


 舞台の中央に立った天宇受賣命あまのうずめのみことは、艶やかな衣装を翻しながら、軽快な足取りで舞を踊る。

 その姿に魅了された神々の笑い声が次第に広がり、声援が響き渡る。


 陽気な雰囲気が最高潮に達し、神々が一体となる感覚が生まれる。

 八百万やおよろずの神々が奏でる笑い声や歌声が、一つの力へと凝縮されていく――。


 その力が天手力男命あめのたぢからおのみことへと集まり、彼の全身に宿る。


「これが神々の力……よっしゃあ! イケるぞ!」


 天手力男命あめのたぢからおのみことは太い腕を振り上げ、天岩戸あまのいわとの前に立つ。


 その姿はまさに、神々の力の象徴。


 須佐之男命すさのおのみことと並ぶほどの腕力を誇る彼が、渾身の力を込めて天岩戸あまのいわとを掴んだ。


「――開けぇぇぇぇぇっ!」


 巨大な岩が、軋む音を立てながら重々しく動き始め、

 僅かに開いた隙間から光が細く差し込む。


 天岩戸あまのいわとが完全に開かれると眩い光が溢れ出し、高天原たかまがはらを覆っていた闇を押し返すように広がっていった。


「アマテラ! 助けにきたぞ! 手を……早く!」


 天手力男命あめのたぢからおのみことは扉の奥にいた天照大御神あまてらすおおみかみの手を掴み、力強く引き寄せる。


「タヂカラ! おぬしがきてくれたのか」


 天照大御神あまてらすおおみかみの目には、深い闇から解放された安堵と喜びが浮かんでいた。


 天照大御神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとを抜け出た瞬間、高天原たかまがはら全体が黄金色の光に包まれた。


 神々は歓声を上げ、踊りと笑いがさらに高まる。


「「戻ってきた――! 光が戻ったぞ――!!!」」


 神々が天照大御神あまてらすおおみかみを囲むようにして喜びを分かち合い、その場は祝福の渦に包まれる。


 天手力男命あめのたぢからおのみことは、額の汗を拭いながらほっと息をついた。


「これで……一件落着、だな」


 天照大御神あまてらすおおみかみは彼の手をしっかりと握りながら静かに言った。


「タヂカラ、よくぞ救ってくれた。そなたの力、決して忘れぬぞ」


 その場にいた神々も歓声を上げ、天照大御神あまてらすおおみかみの無事を祝った。

 しかし、喜びの熱が静まり始めたころ、神々の間に一抹の不安が広がり始めた。


 ――今回のこの大騒動が、葦原中つあしはらのなかつくにに伝わったらどうなるか?


 『太陽』を司る天照大御神あまてらすおおみかみが、根ノ国の悪鬼によって囚われたなどという事実は、八百万やおよろずの神々の威信を大きく揺るがす。

 それは神々にとって、到底受け入れがたい恥だった。


 そこで神々は相談の末、一つの逸話を作り上げた。


須佐之男命すさのおのみことが大暴れし、高天原たかまがはらを混乱させたことに怒った天照大御神あまてらすおおみかみが、自ら、天岩戸あまのいわとに隠れてしまったのだ』と――


 まこと、見苦しい話ではあるが、

 この逸話は神々全員の同意のもと広められることになった。

 真相を知る者たちは皆口を閉ざし、須佐之男命すさのおのみこと自身もその決定に従った。


 さらに、須佐之男命すさのおのみことは、自ら神々に提案した。


「俺は責任を取らされ、高天原たかまがはらから追放されたことにしてくれ――」


 須佐之男命すさのおのみことは、自分が天照大御神あまてらすおおみかみを危機に晒したこと、そして何より、妹神・稚日女尊わかひるめのみことを守れなかったことを深く重く受け止めていた。

 それを償うために彼は自ら高天原たかまがはらを去り、根ノ国の悪鬼を討つ決意を固めたのだ。


 葦原中つあしはらのなかつくにに降りた須佐之男命すさのおのみことは、旅の途中で八岐大蛇やまたのおろちを討伐し、天叢雲剣あめのむらくものつるぎを見つけるなど、数々の伝説を残していくこととなった――。





 老人は話し終えると、盃の酒を飲み干し、すっと席を立った。


「俺が知ってる天岩戸の話と、ちょっと違うんだな」


 やっぱり、この老人は神様だ。


 こうして語ってくれたということは、きっと真実なのだろう。

 そして、天手力男命あめのたぢからおのみこと――『タヂカラ』

 ――ああ、そうか。そうだったのか。

 俺の中でモヤモヤしていたものがスッと晴れた。

 同時にチクリと痛みを伴う。


「ふぉっふぉっふぉっ。何が真実か偽りか。それを決めるのはおぬし自身じゃて」


「じいちゃんも神様なんだろ?」


 振り返ると、すでに老人の姿はなかった。


 ただの老人の暇つぶしだったのか、

 それとも、俺に聞かせたかったのか、わからない。


「アメノタヂカラオノミコト……タヂカラ」


 声に出してみた。

 ……会ったことのない神様。だけど昔から知っているような奇妙な感覚を覚えた。



 ホールの窓からは、鮮やかな朝焼けの空が見えていた。

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