第22話 渓谷の三つ首

 それは、想像していたよりも何倍も大きかった。


 上空から見下ろした三つ首のヒドラは、

 渓谷を流れる川を堰き止めるようにしながら、ズルズルと移動していた。


 黒と緑の鱗。

 巨大な身体で岩肌をえぐりながらゆっくりと進む。


 三つの首は、それぞれが別の意志を持っているように別々の方向を睨みつけている。

 大型バスでも余裕で丸呑みにできるほどの太い首――。


「何を喰らって育つと、あそこまで大きくなるんだ?」



「ユウキぃぃぃ!! 置いてくなぁぁあ!!」


 振り返ると、森の中を移動する土煙が見えた。

 もう追いついてきたんだ。

 さすがは須佐之男命すさのおのみことだ。


 森の出口付近に降りて、須佐之男命すさのおのみことの到着を待つ。



「はぁはぁ、どうだ、いたか? はぁはぁ」


「早かったね、スーさん。ヒドラはすぐそこにいる――」


 ゴゴゴと地面が揺れた。


 須佐之男命すさのおのみことの視線が、俺の頭上へと移動していく。


 振り返ると、ヒドラの首のひとつが、巨大な蛇のように鎌首をもたげて、俺たちを見下ろしていた。


 ヒドラの瞳が、縦に細く絞られる。


「ヤバっ」


 咄嗟に俺は上空へ逃げ、須佐之男命すさのおのみことは首に向かって突進した。


 地上からは「ガーッハッハッ」と須佐之男命すさのおのみことの笑い声が響いてくる。


 目の前の首が地上へ向かうと、その陰からもうひとつの首が姿を現した。


「ちょっ! ジェットストリームなんとかかよっ!」


 迫りくる二本目の首を躱すと、横から三本目の首が振るわれる。


 宙を舞いながら二本の首との距離をとる。


 地上からは、須佐之男命すさのおのみことの笑い声と共に、金属がぶつかり合うような鋭い音が立て続けに響いてくる。


「ちぃとばかし、ギア上げてくぜーっ!!

 おらぁぁあああ!!」


 須佐之男命すさのおのみことが吠えた直後、


 ギィィーン!!


 と、甲高い音が響き渡った。


 ズズーン……


 一本目の首が切り落とされた。


 さすがだな。

 こっちも負けてられない。


 俺を追っていた首の一本が、須佐之男命すさのおのみことに向かっていく。


 もう一本は、一瞬、迷う。その隙を逃さない。


「フータ!」「(おおよ!)」


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎに風を纏わせ、巨大な首を切り裂く。


 ズパ――――――――ッ!


 ほとんど手応えは無かったが、綺麗な断面を残して切り離された首は落下していった。


 あと一本落とせば。


 そう思った、次の瞬間――


 地面に横たわっていた二本の首は黒い塵となって消えて、同時にヒドラの切り口からは、新たな首がズボっと生えてきた。



 あっ……これ、同時に落とすか、コアとか破壊しなきゃ倒せないパターンだ。



 咄嗟に、が思い浮かんだ。


「スーさん! こいつ、三本の首を同時に落とさないとダメかも!」


「なんだとー!!」



 俺たちは何度かアタックを繰り返したが、どうしても三本目に届かない。



「クッソ! もっとギアを上げてけば瞬殺できんだろうがなぁー、

 それやると、地形が変わるだろうからなぁー」


 そう言いながら横目で俺を見てくる須佐之男命すさのおのみこと


「スーさん、八岐大蛇やまたのおろちのときは、どうしたのさ」


「お? いま聞くか? それを。あん時ぁお前ぇ、村の娘がよぉー」


「違う違う。昔話が聞きたいんじゃなくって! どうやって倒したのかって!」


「……そりゃ、お前……酒で眠ったとこを…………ごにょごにょ」


 そうだ。なんかそういう感じだった。

 当然ながら、今その手は使えない。


「(ユウキ、俺、腹減って……そろそろ限界だぞぉ)」


 これは、万事休すってやつなのか?


 この渓谷を遡るようにヒドラを誘導していけば、もう一体のヒドラがいる湖まで、街を迂回して到達できるんじゃないか?

 そこで天照大御神あまてらすおおみかみと合流すれば――。


 逃げの算段を考え始めたとき、

 頭上から、場違いなほど明るい女の声が響いた。



「お困りのご様子ね! お二人さん☆」



 見上げると……、掃除機にまたがった、魔女?


 いや、たぶん彼女は――


「不滅の、魔法少女!?」


「正解☆ 手を貸しましょうか? それとも、バトンタッチ?」


「おいおい、こんな楽しい時間は譲れないぜー」


「そ、じゃあ一人一本ずつってことね☆」


 ガキンッ!

 迫る首を須佐之男命すさのおのみことが弾き返す。


「え、まって。なんで掃除機?」


「今、そこ聞く?」


 ヅガッ! バキン!

 須佐之男命すさのおのみことが首を受け、弾く音が響いてくる。


「魔法使いの定番といえば、ホウキじゃないの?

 何歩か譲ってデッキブラシだろ」


「それ、いつの時代の話? 今はコレなのよ!」


「……サイクロン式か」


 ガキッ! ガガッ!


「おい! お前ら! んなどーでもいい話! いつまで続けてんだ!」


「あっ」「あら☆」



「さ、さあ、それじゃあ、あなたたちのタイミングに合わせるわ。

 三つ首をほぼ同時に切り落とすか破壊しなきゃダメなのよ」


「オッケー!」

「よっしゃ!」


 地上から、真ん中の首を睨みつける須佐之男命すさのおのみこと


 俺が右側の首を空中で引き付け、魔法少女は左の首を挑発しながら、複数の光の玉を展開した。


「あたしは準備オッケー☆ いつでもいいわよ!」


「それじゃ、いくよ!」


 特大の風を天叢雲剣あめのむらくものつるぎに纏わせて切りかかる。


 ズッパ――――――――ッ!!


 綺麗な切り口を見せて落ちてゆく首。


「うぉりぁぁああああ!!」


 ギャリ――――――――ン!!


 あまりにも力任せな一撃。叩き折るように切り飛ばされる首。


「ほい☆」


 シュイン――――……


 光の玉から放たれた幾つもの鋭い光が、ヒドラの首をズタズタに破壊した。



「最後の仕上げっと☆」


 そう言って魔法少女は、展開していた光の玉を集めて、ヒドラの胴体を焼き尽くした。


「これで良しっ。もうコイツは復活しないわ。お疲れ様☆」


「ふぅー、勝てたのか」


「なかなか手応えのある敵だったな。なぁ、ユウキよ。ガーッハッハッ!」


「ふふ☆ この世界に、あなた達みたいな強い人がいたなんてね」


 そうだ。

 この魔法少女は、俺と同じ世界から転移してきたはずだ。

 確か名前は……


「それじゃ、あたしは次行かなきゃだから。

 おっと……魔晶石、貰っちゃって良いかな? 良いよね☆」 


 ヒドラの亡骸が塵となって消えたあとに、いつか見た赤い石がバラバラと散らばっていた。

 無価値だった魔晶石だ。


「構わないよ」という返答を待たずに、掃除機でガーガーと吸い集めている。


 ……電気、どうなってんだ?


「よしっ大漁大漁♪ それじゃ、またいつか会いましょうー☆彡」


「あ、ありがとー! 助かったよー!」


 魔法少女は慌ただしく去っていった。

 サイクロン式の掃除機にまたがって――。


「(ユウキー、もう限界だー)」


 俺の中から、ゆるんと風神かぜのかみが出てきた。

 途端にズシリと身体が重たくなる。


「ぅ……帰りは……歩き、なのか……。アマテラの方は……どうなった、かな?」


 さすがに一人で相手をするのはキツイのではないか?

 天照大御神あまてらすおおみかみを心配しながらも、今は自分の方がヤバい。

 立っているのもやっと……


「姉者なら問題ねぇよ。あんなヒドラ、首が百本あったって相手じゃねぇって……

 おい、ユウキ? 顔色――」


 須佐之男命すさのおのみことの声が、とても遠くに聞こえた。

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