第20話 迫りくる災い

「ちょすちょす♪ 案内役の男子ー♡」


 艶月亭えんげつていで迎えた朝――


 重たい瞼に抗いながら俺は、食堂でオムレツをつついていた。


「うぇーっす……」


 昨夜は気持ちが昂ったまま、ほとんど眠れなかった。


「昨日の踊り、観てくれてたよね? どうだった?」


 天宇受賣命あまのうずめのみことは、昨日出会った時と同じ、布切れを纏って俺の目の前にいる。

 布切れで絶妙に隠されたちぃパイが、俺の眠気を吹き飛ばしてくれる。


「いやー凄かったよ。何かこう叫びたくなるというか、叫ばされるというか」


「うんうん――で? 


「いや、だから――」


「行ったんだろ? 天照さまの♡」


 昨夜、あと少しで触れ合いそうになっていた天照大御神あまてらすおおみかみの唇が脳裏に浮かぶ。


 あの時の一連の会話、振る舞いがフラッシュバックしてくる。


「ニッシッシ♡ 上手くいっちゃったかな? かな?

 アタシの踊りはねぇ、神々に力を注ぎ込む秘力があるんよ。

 キミにもちょっとくらい影響あったみたいだね」


 なんですと――?

 ロールプレイングゲームのバフ効果みたいなものなのか?


 だから昨夜は、自分でも驚くほど饒舌に大胆に、あんなこと……。



「ユウキよ、今朝は早起きじゃのぉ」


 不意に背後から、天照大御神あまてらすおおみかみの声がした。

 反射的に背筋が伸びる。


「あ、ああ。アマテラも、な」


「ふむ。わらわは――。お? ウズメもおったか。丁度良い。

 ウズメ、おぬしにちと話があるでの」


 お、っと――。これはもしや、女同士の戦い?

 俺という男を巡って?

 いや、でも、もう俺と天照大御神あまてらすおおみかみは両想いと言っても良いかもしれな……『タヂカラ』……そ、そうだ。

 『タヂカラ』の謎が晴れていない。人、神の名なのか? 何なんだ?


「天照さまー♡ ちょすちょす♪」


「ちょすちょす、ではないわ!

 ウズメよ……おぬし、ここで何をやらかしたのじゃ?」


「え、えーっと……もしかして、マスターに……」


「うむ。相当なツケがある……とか?」


「あは、あは、あははは」


「笑って誤魔化すでないわ! どれだけのツケがあるのか、言うてみぃ!」


 天宇受賣命あまのうずめのみことは、手をパーの形でそっと持ち上げた。


 『五』か?


 そこに、逆の手でそぉーっと、チョキを重ねる。


 『七』……か? 銀貨七枚程度で天照大御神あまてらすおおみかみが切れそうになったりはしまい。

 となると、金貨か。


「金貨七枚、かな?」


 俺がそう言うと、天照大御神あまてらすおおみかみは溜め息を吐いて吠えた。


「白金貨で七枚、金貨なら七百枚じゃ!」


 金貨なら七百枚じゃ!


 金貨七百枚!


 七百枚……金貨?


 一瞬、思考が停止した。

 異ノ国へ来てから、俺たちがギルドで必死に稼いできた報酬を全部かき集めても、まったく及ばない額じゃないか?

 そんな額のツケ、いったいどうやって……。


 ハッ! もしかしてこの宿、ぼったくり系の!?



「いったい、何をすれば、そんなことになるんじゃ?」


「そ、それはっすねぇ~、ここへ来た初日、お金が無かったアタシは――」


 ――――――――――

 ――――――

 ――


『ここで踊らせてください! ここの舞台で踊りたいんです!』


 ドン☆ ドコドン☆

 ズンタッタ♪ ズンタッタ♪


『おー! いいぞー! 新人のねーちゃん!』


 沸き起こる拍手喝采に、気持ちよくなったアタシは――


『ありがとうございます! みんな、ありがとうー!

 挨拶代わりに、みんなにお酒奢っちゃう♡

 マスター、この店でイチバン高いお酒をおじ様方に――』


 ――

 ――――――

 ――――――――――


「そうして、気付いたら、金貨八百枚という借金を背負わされ、

 毎日毎晩、ここの舞台でタダ働きを強いられている……というわけなのです」


「被害者っぽく言うでない! 自業自得じゃ、愚か者めー!

 まったく……思ったとおりだったわ」


 そういえば、ここに来たとき天照大御神あまてらすおおみかみは、

 『不安でしかない』という表情を見せていた。


 天宇受賣命あまのうずめのみことの性格を知った上で……だったのか。


「まぁ、過ぎたことをどうこう言うても仕方ない。

 金のことは、案内役のユウキがどうにかするであろう」


「そうだな。金のことなら、案内役の俺が……って、どうすりゃいいんだよ!

 金貨七百枚なんて! 何年かかると思ってんだ!?」


「案内役の男子ー♡ 頼りにしてるっすよ~♪」


 そう言いながら、天宇受賣命あまのうずめのみことは俺の耳元で囁いた。


「(これで当面の間ー、毎晩ー、チャンスがある、か・も・よ?♡)」


「っと――、嘆いていても始まらないな。まずは、冒険者ギルドへ行ってみよう。

 アマテラ、行くぞ!」


 その時俺は――、

 正直、下心もあったが、これでしばらくの間、この神々と……天照大御神あまてらすおおみかみと一緒に冒険ができるんだ。そう思った。


 そう思った時期がありました――。





 冒険者ギルドで依頼を受ける。


 各自、バラバラに依頼をこなす。

 数をこなさねば、到底稼げる額ではないので。


 めたくそに疲れて、宿に戻ったら泥のように眠る。


 そんな日々が続いた――。



「もうかなり返済できたんじゃないか?

 マスター、ツケはあとどのくらい残ってるかな?」


 艶月亭えんげつていのマスターは、サララとメモを記し、差し出してきた。


「こちらが、ツケの残高でございます。

 端数は切り捨てにて、サービスさせて頂きます」


「おお、なんだか悪いね。でもありがとね」


 受け取ったメモに視線を落とす。



『金貨九百枚――』



「増えてんじゃんーっ!! なんでーっ!?」


「す、すまぬ、ユウキよ……。わらわがちょっと目を離した隙に、ウズメがまた……」


 このままでは、一生ここで暮らすことになってしまう。

 それも悪くないといえば、そうだが……。


 その時、外から慌ただしい叫び声が聞こえてきた。



『三つ首だーっ! 三つ首のヒドラが出たぞーっ!!』

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