第18話 不安でしかない

 神楽の湯宿を出発してから二日後の夕方、俺たちは大きな街に辿り着いた。

 この街に、はぐれてしまった神の一柱がいるのだとか――。


「ひゃ~、俺たちがホームにしている町とはえらい違いだなぁ」

「栄えてるねぇ」

「旨いもの、いっぱいありそうだなぁ」

「ここまで大きな街だと、探すのも一苦労じゃのぉ~」

「フフフ、たぎるぜぇ~」


 須佐之男命すさのおのみことだけは、いつもと熱の入れようが違う。


 それというのも、数日前のこと。


 ――――――――――

 ――――――

 ――


わらわ高天原たかまがはらで得た情報によると、ここから歩いて二日ほど行ったところにある大きな街にな、神の一柱がおるらしいのじゃ」


「どれだけの神様がはぐれてんだ?」


「あと、三~四柱ほどみたいじゃ。他は月読が見つけて、釣り上げてくれたので、すでに高天原たかまがはらに戻っておったわ」


 釣り上げたって、言い方!


「ふ~ん。その街に行けば、すぐに会えるのか?」


 影の薄いモブ神様だとしたら厄介だ。


「うむ。踊り子として目撃されておるので、恐らくは――」


 そこで須佐之男命すさのおのみことが身を乗り出してきた。


「そりゃ~、ウズメだな!」


「ウズメ?」


「うむ。天宇受賣命あまのうずめのみこと。踊りの女神じゃ」


「あいつの踊りは久しく見てねぇからな。早速、観に行こうぜ!」


 ノリノリの須佐之男命すさのおのみことに比べ、イマイチ乗り気じゃないといった表情を浮かべる天照大御神あまてらすおおみかみ


じゃなくて、なのかよ」


「どっちでも一緒だぜ。ユウキ、お前、観たくねぇのかぁ~? ウズメの踊りだぞ?」


「ええーっと……有名な話だと、天岩戸あまのいわと伝説の?」


 確か、天岩戸あまのいわとに引き籠った天照大御神あまてらすおおみかみを誘い出すために、どんちゃん騒ぎで踊りまくった、みたいな話があったような……。


「そうだぜ。天岩戸あまのいわとは……俺らにとっちゃ黒歴史みてぇなもんだがよぉ。

 ウズメの踊りはお前、ただの踊りじゃねぇんだよ!

 胸なんかもこう、ぷる~ん♡ぽよ~ん♡と、よぉ!」


 急にエロオヤジと化す須佐之男命すさのおのみこと


「できることなら、関わりたくないのじゃがのぉー」


 苦手なキャラなのだろうか。

 天照大御神あまてらすおおみかみの控えめな視線が、ちらちらと俺に向けられる。

 よくわからないけど、その仕草が妙に乙女チックで可愛らしくも見えてしまう。


 ――

 ――――――

 ――――――――――



「あそこの人だかりじゃね?」


 街を歩きだしてすぐ、広場を埋め尽くした男たちが、口笛をヒューヒューならして声援を送っているのが見えた。


「あー、そうだな。あれは確かに、ウズメの姉ちゃんだ。真ん中で踊ってるぞ」


 風神かぜのかみが上空から確認してくれた。


「フータ、サンキュー! さて、この人だかりをどうするか――」


 言いかけたとき、須佐之男命すさのおのみことが男たちを押しのけて突き進むのが見えた。


「スーさん……エロオヤジ化してないか?」


 天照大御神あまてらすおおみかみは、口をつぐんでそっぽを向いていた。


 『会いたくない』感がにじみ出ている気がする。

 やっぱり、天岩戸あまのいわとの件があるからなのか?



 やがて、男たちの壁がササ―っと割れる。

 そして現れたのは――



「天照さまー♡ ちょすちょす♪」


 は? ギャル?



 露出度高すぎの衣装。いや、衣装というよりも、布切れを纏った肌黒のギャルが駆け寄ってきた。

 そして俺たちは、ギャルを追ってきた男たちに取り囲まれる。


『ウズメちゃーん♡愛してるよー♡』『結婚してくれー♡』

『あれ? そっちのお姉さんもイイねー♡』

『ウズメちゃんのちぃパイも良いけど、お姉さんのばい~んも素敵♡』

『なになに!? デュオ結成?』


 ギャルは親父たちに向かって笑顔で叫んだ。


「はいはーい、今日の野外はー、これで終了!

 解散でヨロ~。またお店に来てね~♡」


 愛の籠った声援を残しつつ、潮が引くようにはけてゆく男たち。


「おいコラーそこ! 追っかけは出禁だかんね。ガチで」


 最後まで残っていたオッサンに、ちょっと凄むギャル。

 そして、広場には俺たちと通行人だけが残った。


「天照さま♡ やっときてくれた~!

 アタシのこと探してくれてたとか、ちょいアツいんだけど〜?

 太陽神だけに? きゃはは☆ 上手い!」


 な、なんなんだコイツは……。

 俺はちょっと引き気味になって後ずさった。


「あっれれ~? そっちのキミ、案内役の男子くんっしょ?

 なに急に下がってんの~? え、なに照れてんの?

 カワイイ~♡ ウケるんですけど~♡」


 グイグイくるギャルに、完全に押されてしまう。

 天照大御神あまてらすおおみかみに助けを求めようにも……『ワレ、カンセズ』と言わんばかりに、そっぽ向いちゃってるし!


 須佐之男命すさのおのみことは……目がハートになっちゃってんじゃん!


 稲荷神いなりのかみ風神かぜのかみは、こちらには興味を示さず、通りにならぶ屋台の食べ物に興味津々だ。


「いや、えっと、ひとまず、落ち着け。ステイ、ステイ。

 な? アマテラ(たすけてくれ~)」


 今や俺の腕は、ギャルにがっちりホールドされている。

 このギャルが踊りの女神だというのか?


 天照大御神あまてらすおおみかみとは対照的に、引き締まりつつも弾力のあるちぃパイが押し当てられている。

 布切れの隙間からは、もう見えてしまってるし。

 生じゃん、コレ!?


 俺は理性が暴発せぬよう、必死に堪えた。


 こんなときは、円周率だ!

 円周率を唱えて気持ちを落ち着かせるんだ!

 3.14……3.14……えと、3.14……だめだ! その先が出てこねぇ!


「こ、これ、ウズメよ。案内役が困っているではないか。少し離れよ」


 天照大御神あまてらすおおみかみは、そっぽを向いたままギャル神さま……天宇受賣命あまのうずめのみことに声をかけた。


「あれれ? 天照さま? もしかしてだけどぉ~」


 そう言いながら天宇受賣命あまのうずめのみことは、天照大御神あまてらすおおみかみの顔を覗き込む。


「な、なんじゃ?」


「アタシ、には、ちょーっと敏感なんよねぇ~♡」


「なななな、なんのことじゃ? わわわわらわはべべべ別に……っ!」


 急にうろたえだす天照大御神あまてらすおおみかみ

 こんな天照大御神あまてらすおおみかみは初めてみる。


 いったい、天宇受賣命あまのうずめのみことは何に気付いたというのか。

 俺は息をのんで次の言葉を待った。


「天照さま~♡ お腹、ぺこりんこっしょ~?

 お昼抜いちゃってるよね? よね?」


「はぁあ? あ、あー、そうじゃな。お腹がぺこりん? そうじゃったわ。

 さすがウズメじゃー。敏感じゃのぉー」


 んん?

 ほっとしたような天照大御神あまてらすおおみかみの棒読みなセリフ。

 なんなんだ、いったい……。


「でしょ? でしょ? したっけさ~、アタシが泊まってる宿に行こ♪

 レッツラ~」


 独りで、勢いよく腕を振り上げる天宇受賣命あまのうずめのみこと

 なんかスベった空気に、むっとして俺を小突いてくる。


「言えよ! 『ゴー』だろ? こういう時は! ほら、レッツラー!」

「ご、ごー?」

「ギャハハ☆ ゴゴーってなんだよ。何号まであんだよ☆

 レッツラ~ロクゴー! とか? ウケる~」


「…………」


 こうして俺たちが案内されたのは、天宇受賣命あまのうずめのみことが宿泊している艶月亭えんげつていという高級そうな酒場兼宿屋だった。


「マスター、ちょりーっす♪ アタシのお仲間連れてきたよー」


 天宇受賣命あまのうずめのみことのノリとは対照的に、品のある男性が迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ウズメ様。

 お連れ様方も、当宿にご宿泊でよろしいでしょうか?」


「天照さま、いいよね? 一緒に、ね? 男たちは安い部屋でいっしょ」


 お金の持ち合わせは、金貨10枚ほど……足りるだろうか。


「(宿代は心配しなくていいから)」と、天宇受賣命あまのうずめのみことが俺たちに小声で囁く。


 それは助かる、と……安心しながら天照大御神あまてらすおおみかみに目をやると、今まで見たことのないような『不安でしかない』という表情で何か言おうとしていた。


 しかし、俺の視線に気づいた天照大御神あまてらすおおみかみは姿勢を正して、いつも通り余裕のある顔を作った。


 ――その笑顔は、ひくひくと引きつっているようにも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る