第17話 帰らぬ光

「ただいまー」「帰ったぞ~」「~♪」


 油揚げの村を朝早く出発した俺たちは、昼前には神楽の湯宿に到着した。


 須佐之男命すさのおのみことは中庭で大剣を振り回していた。

 腰の具合は良くなったみたいだ。


「おー! 帰ったか! お? 随分ときたみてぇだな」


 流石は須佐之男命すさのおのみこと

 この漢のといえば、一も二もなく戦闘だ。

 俺が更なる力に目覚めたこともお見通しなのでそう。


「目を見りゃわかるぜ。お前ら――

 物見遊山がてらに旨いもん、たらふく喰ってきたって目だ」


 ……ダメだ。

 いっこも当たってない。


 天照大御神あまてらすおおみかみの所見も聞いてみたいものだ。


「アマテラは?」


「姉者か? 高天原たかまがはらから、まだ帰ってきてねぇなぁ」


「そっか……」


 『ちょっと様子を見てくる』と言っていたから、昨日のうちに戻っているものだと思っていた。

 まあ、今日か明日には戻ってくるだろう。


 風神かぜのかみとの合体技で、熊よりデカいイノシシの魔獣を瞬殺した武勇伝――

 天照大御神あまてらすおおみかみが戻ってから発表することにしよう♪



 俺たちは昼間っから露天風呂に浸かり、旅の疲れを癒した。

 なるべく稲荷神いなりのかみの泳ぎは見ないように――。



♨カポ~ン♨



 午後からは特訓。


 病み上がりの須佐之男命すさのおのみことに見守られながら、俺だけで大岩を持ち上げたり、投げたり、押したりを繰り返した。


 以前は少ししか押せなかった大岩も、今はどこまでも動かせるようになっている。


「おお。またパワーアップしたんじゃねぇか? 早いとこ勝負してぇなー」


「無理しないでくれよ~。また腰が鳴っちゃうから」



 特訓のあとは、また露天風呂に浸かり、豪華な夕食を愉しむ。

 贅沢な暮らしだよなぁ。

 でも、天照大御神あまてらすおおみかみが居ないと、ちょっと物足りなさを感じてしまう。


 神々と出会って、こんな場所に来て、まだひと月も経っていないのに、

 いつの間にか、家族と一緒にいるみたいな感覚になっていたことに気付いた。


 そういえば、元の世界での俺はどういう扱いになっているんだろう。

 行方不明だろうか。

 本当の家族や、学校の奴らに心配されてたりするだろうか。

 いつか帰ったときに、どう説明しようか――……

 少しだけ考えて、考えがまとまらないまま、先送りすることにした。





 油揚げの村から帰ってから数日が過ぎた。

 天照大御神あまてらすおおみかみは、まだ帰らない。

 このまま帰らず、俺たちだけこの世界に取り残されるなんてことはないだろうな……と、心配が膨らんでくる。


 モブ神様たちも頑張って稼いできてくれているが、神楽の湯宿の滞在費もそろそろ底をつくかもしれない。


「なぁ、スーさん。アマテラから何か連絡とかないのか?」


「ん? 連絡? 手紙とかか?」


「いや、もっとこう、念話的なもので話せたりしないの? 神様同士って」


「んな便利な能力はねぇよ。お前らはあれだろ? すまあとなんとかってやつで」


「スマートフォンな。うーん……どうしたもんかなぁ」


 一応、俺『案内役』ってことだったし、天照大御神あまてらすおおみかみが不在だからといって、何もしないわけにもいかない。


「よし! 今日はギルド行って、稼げるクエストを受けよう!

 俺も戦えるようになったんだし。あ、そうだ、にギャフンと言わせてやるぜ。フフフっ」





「こんちはー、久しぶりっすー」


 久々の冒険者ギルドは、変わらぬ雰囲気だった。

 テーブルを囲む冒険者たち。掲示板でクエストを吟味する冒険者たち。

 そして、ちょっと暇を持て余してそうな受付嬢。


「あら、久しぶりですね。他のお仲間さんたちは毎日せっせと稼いでますよ~?」


 俺たちがサボってたみたいに、チクリと刺してくるじゃないか。


「まぁ、色々あってね。それよりも――」


 後ろの棚に目をやると、鎮座してやがった。鑑定石さん。


「俺も、ちょっとだけレベルが上がったと思うんだけど、鑑定してもらえるかな?」


「あー、はい、いいですよぉ」


 痛々しい者を見るような視線を投げてくれるじゃないか。

 しかし……くっくっくっ。目にもの見せてくれよう!


「では、どうぞ、こちらの鑑定石さんに、手を置いてください」


 よし、いざ勝負の刻!!


 鑑定石さんに手を置いた瞬間、かつての須佐之男命すさのおのみことほどじゃないが、石は光を放った。


【ぉお? お前、こんな短期間で随分と伸びたじゃねぇか!

 これならBランク、いや、Aランク認定ってとこだな! チッ】


 おい、今、舌打ちしなかったか? まぁいい。


「ふっふっふっ。俺の中で眠っていた獣が目を覚ました。それだけのことさ」


 いつの間にか、ギルド内にいた冒険者たちも集まってきて、一時騒然となった。


「それじゃ、金になるクエストを出してもらおうか。

 俺たちの実力に見合ったクエストを、な(にやり)」


 そうして出された魔獣討伐のクエストを、俺たちは難なくこなしていった。





 天照大御神あまてらすおおみかみがいなくなってから、何日過ぎただろうか。

 太陽を司る神だけあって、不在が続くと光が消えたようだ。


 今日は久しぶりに、須佐之男命すさのおのみことと相撲勝負をしていた。


 しかし、今一つ力が入らず、何度も投げられてしまう。


「どうしたどうした? お前、日に日に弱くなってってねぇか?」


「……んー、あぁ」


「……姉者が戻らないのが、そんなに気にかかるのか」


「そんなんじゃ! ない、けど……」


「そんな腑抜けた顔してっと、姉者が戻ってきたら笑われちまうぞ?」


「……戻って……くるかな」


「そりゃ、そのうち戻ってくるだろうよ」


「『そのうち』っていつだよ。俺たち、このままこの国に置き去りなんじゃ……」


「んなわけねぇだろ。考えすぎるな! ほら、もう1本、全力でこい!

 余計なこと考えずに、力を出し切ってみせろ!」


 そうは言われても、考えてしまう。

 置き去りにされたとか、そういうことじゃない。


 俺は、天照大御神あまてらすおおみかみの笑顔が見たいんだ。

 あの高飛車で高慢ちきな高笑いを聞きたいだけなんだ。


「うぉぉおおおお!」


「そうだ! もっと本気でこい! もっとだー!!」


 モヤモヤした思いを振り払うように、須佐之男命すさのおのみことと組み合った。


 そこへ、風神かぜのかみが飛んできた。


「お~い、天照様が戻ったぞぉ~」


 !?


「どおりゃぁぁああああ!」

「な、なんだとぉ~!?」


 須佐之男命すさのおのみことを、ポイっと放り投げて部屋へと向かった。





 何日ぶりだろう?

 第一声は何て言おうか。

 もう帰ってこないと思ったとか、文句のひとつでも言ってやろうか。

 それとも――


「アマテラ!」扉を開けるのと同時に叫んだ。


「おー、ユウキよ。久しぶりじゃのぉ~。ようやく戻って――」


 色々言いたいことはあった。

 でも、天照大御神あまてらすおおみかみの姿を見た途端、

 俺は――



 無言のまま、抱きしめていた。



 ぎゅっと力をこめて、天照大御神あまてらすおおみかみの存在を確かめるように、強く強く抱きしめた。


「アマテラ――」


「こ、これ、ユウキ……ど、どうしたというのじゃ?」


 はっ! と我に返った。

 慌てて天照大御神あまてらすおおみかみを解放して、ちょっと離れる。


「あ……ご、ごめん。その、あまりに帰りが遅いから、し、心配してたんだ」


「そ、そうか、心配してくれてたか」


 そこへ、須佐之男命すさのおのみことも戻ってきた。


「おー、姉者。随分遅かったじゃねぇか。ユウキがしょぼくれて大変だったんだぞ?

 なあユウキ? なんだ、そんな隅っこで、まだむくれてんのか?」


「…………」


 視線を逸らして誤魔化そうとするが、これはもう、誤魔化せるレベルではない。


「ふふっ。皆にも心配かけたようじゃのぉ~。この異ノ国という所は、どうにも時間軸がひねくれておってのぉ。おぬしたちのいるに戻るのに、一苦労じゃったわ」


「時間軸?」


 『不滅の魔法少女』と呼ばれている薫子を思い出した。

 遠い未来から、遥か昔の異ノ国に飛ばされてきて、今もどこかにいるという……。


「アマテラも、大変だったんだな」


「それはもう大変じゃったぞ。

 そうじゃ、ほれ、土産を持ってきたぞ。イナリが喜びそうな……、油揚げじゃ」


 天照大御神あまてらすおおみかみが包みを開くと、見覚えのある物体が――


「あ、アマテラ……それ『油揚げ』じゃなくて……」


 稲荷神いなりのかみが覗き込んで……顔を背けた。


「ぁー……『アブラーゲ』じゃんか……オイラ、それは、ちょっと……」


「スーさん、味見してみろよ」


「なんだ? イナリが飛びつかねぇってのは珍しいな。そんじゃ遠慮なく――」


 俺は須佐之男命すさのおのみことの横に、そっとゴミ箱を移動させた。


 ・

 ・

 ・


 ゲ■■■自主規制■■■自主規制■■■自主規制■■■



 天照大御神あまてらすおおみかみ自身も口にしようと試みていたが、無理だったようだ。

 爆笑の渦に包まれる神楽の湯宿。


 ようやく、以前の日常が戻ってきた。


 初めて見る、須佐之男命すさのおのみこと顔、

 それを見て、腹を抱えて爆笑する天照大御神あまてらすおおみかみ


 こんな日が、続いて欲しいと心底思った。

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