第16話 月夜に舞うキツネ

「『月豆』ちゅうんは、月が出ちょう夜に収穫すっと、絶品の食材になるんじゃ」


 職人のじいさんは、そう言っていたが……見渡す限り枯れてんじゃね?


「イナリ、どうにか出来るのか?」


「うーん。まずは、水撒いてやらなきゃだなぁ。

 天之爺ちゃんがいてくれたら楽だったんだけどなぁ」


 俺たちは近くの川と畑を何度も往復して、畑に水をまき続けた。

 夕日が傾くころ、一面だけはどうにか潤った感じだ。


 日が沈み、空には丸い月が輝きだした。


「……月、出たな。よし」


 稲荷神いなりのかみは、潤った畑の中央へと歩み出た。


 白い月明りが、畑一面を照らしている。


 イナリの耳がぴくりと動く。


「それじゃ、始めるよ」


 その声は、いつもの無邪気な調子ではなかった。


 風が止む。


 虫の音が遠のく。


 静まり返った畑の真ん中で、イナリは両手を胸の前で合わせた。


 ふわり、と尻尾が広がる。


 一本、また一本。


 九本の尻尾が月光を受けて、黄金色に輝く。


 サァ――と、畑一面を撫でるように風が走った。


「な、なんだ……?」


 俺は息を呑む。


 金色の九尾を広げた稲荷神いなりのかみは、

 畑の中央から時計回りに、ゆっくりと歩き出す。


 歩んだあとには、淡い光の輪が、水面に落ちる波紋のように広がっていく。


 しだいに、飛び跳ねるように畑の隅から隅へと駆け回る。

 虫の音が戻る。

 まるでがくを奏でるように。


 その光景は――舞だ。


 命を育てる、神の舞。


 なんとも美しく、そして幻想的な――

 

 俺はただただ魅入っていた。




 やがて、稲荷神いなりのかみは畑の中央に戻り、九本の尾がふわりと収束する。


 光が静まり、虫の音が戻る。


 夜風が再び吹いた。


 畑には――


 月光を吸い込んだように淡く輝く『月豆』が、びっしりと実っていた。



 思わず拍手を贈っていた。

 職人のじいさんも涙を流して拍手していた。

 そればかりか、畑の周囲には、いつの間にか村人たちが大勢集まっていた。


 大喝采。


 稲荷神いなりのかみは、ちょっと誇らしげに胸を張り、畑の中央から戻ってくる。


 そして職人のじいさんが声を上げた。


「お狐様のお恵みじゃー! 皆の衆、心を込めて収穫するんじゃぞー!」

「「おおー!」」


「イナリ、お疲れ様」


 戻ってきた稲荷神いなりのかみは、ちょっと息が上がっていた。

 耳がぺたんと下がっている。


「腹減ったー」


 俺は思わず吹き出した。


「神ってのは、力を使うと腹が減るのか?」


 俺たちは、綺麗な月を見上げながら、あははっと笑い合った。





 職人の店のテーブルで俺たちは、油揚げの完成を心待ちにしている。


「油揚げ♪ 油揚げ♪ もうお腹ぺっこぺこだよぉ~」


「イノシシの肉も捌いて、角煮にしてくれてるってさ」


 俺もさっきから腹が鳴っている。


「しかし、イノシシの胃袋を使う油揚げってのは、何なんだろうな?」


 そして運ばれてくる料理たち――


 見た目は、パンパンに膨れ上がった胃袋そのもの。

 上と下の口をキュっと縛って、油で揚げられているようだ。

 それが、四つ。


「イノシシって、胃袋が四つあるんだな……これが、油揚げ?」


 恐る恐る尋ねると、職人は自信たっぷりに頷いた。


「うむ。これこそが、絶品『アブラーゲ』じゃ」


「……油揚げ?」


「『アブラーゲ』じゃ」


 ニュアンスが似てるだけで、これは絶対……別物だ。


 しかし、稲荷神いなりのかみも、風神かぜのかみも、まんざらではないような顔をして、箸を突き立てた。


「「いただきまーす!」」


 ぼひゅ~ぅ☆


 穴の開いた胃袋がしゅるると萎み、なんとも言えない匂いが立ち込める。

 納豆のような、ゲロのような……


 いや、イメージに負けてはいけない。


 絶品だと豪語するからには、味は大したものなのだろう。

 納豆は嫌いじゃないし。


 俺も箸で胃袋に切り込みを入れてみた。


 ぼひゅ~ぅ☆


 漂うゲロの匂い……。


 胃袋の中からは、月豆がネバネバと溢れ出した。

 まさに、納豆状態だ……。


 流石に、稲荷神いなりのかみ風神かぜのかみも躊躇していたが、

 満面の笑みを浮かべて見守る職人のじいさんを前に、食べないわけにはいかない。


 俺たちは意を決して、ソレを口に運んだ――――




 う゛……………………



 ゲ■■■自主規制■■■自主規制■■■自主規制■■■



 イノシシ肉の角煮は、普通に美味しく頂きました。

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