第15話 油揚げを求めて

「アイタタタタ……こいつぁキツイな」


 神楽の湯宿の部屋で、須佐之男命すさのおのみことは横になり、腰を押さえていた。


「……ったく、無茶しすぎなんだよ」


 今朝の特訓で、何度目かの取り組みのときに須佐之男命すさのおのみことの腰が悲鳴をあげた。


「俺も歳をとったもんだなぁ。まさかユウキにやられるとは、な」


「いやいや、疲労が溜まってたんだろ? 毎日の風呂でもザバザバ暴れ続けてたし。

 ちょっとじっとしててよ」


 薬屋で買ってきた湿布をべたりと貼ってやる。


「おお~ぅ。こいつぁ効くなぁ~。スーッとしていい感じだぜ」


 その姿勢でキメ顔されても、様になってないがな。


「今日はこのまま寝てろよ。俺たちはちょっと出かけてくるから」


「おう、そうさせてもらうぜ。気をつけて行ってこいよぉ」


 俺は肩をすくめて、部屋をあとにした。





「油揚げ♪ 油揚げ♪」


 稲荷神いなりのかみが上機嫌にスキップを踏んでいる。

 その上を、風神かぜのかみが風に乗るように漂っていた。


「まさか、異ノ国にも油揚げがあるなんてなぁ~。

 オイラ、想像しただけでヨダレが止まらないよぉ~」


「こっち来てから、豆腐だって目にしてないのに、本当にあるのかよ?」


 すると、風神かぜのかみが自信ありげに腹を打った。

「風の噂に間違いはないぜ!」


「ふ~ん」


 今回は俺と稲荷神いなりのかみ、それに風神かぜのかみだけで、近隣の村までお出かけだ。



――数日前――



わらわはちぃと高天原たかまがはらの様子を見てくるでの。

 おぬしらは、好きにしておるがよい。

 ユウキよ、強くなったとはいえ、無茶だけはせぬようにな」


 そう言って、天照大御神あまてらすおおみかみはシュンと消えた。


 須佐之男命すさのおのみことの腰が悲鳴を上げたのは、その直後のことだった。


 そして、風神かぜのかみがどこかから『油揚げ』の噂を聞きつけてきたものだから、稲荷神いなりのかみは居ても立ってもいられない。


 仕方なく、三人で出かけることにしたのだ。



「油揚げは~♪ 狐の正義♪ もう~、油揚げしか勝たん!」


 いつになく上機嫌な稲荷神いなりのかみだった。





 村に到着した俺たちは、唯一の油揚げ職人だという男の元を訪ねた。


「すんませーん。こちらで、油揚げが頂けると聞いてきたんすけど……」

「油揚げ♪ 油揚げ♪」


 『油』と書かれたのれんを潜ると、白ひげの老人が一人。


「ほう……あれを食べたいか……だがなぁー、食材を切らしていてなぁ」


「食材? 何が必要なんだ? 俺たちでどうにかできるなら採ってくるけど」


「ほう……そうか。お前さんたち、冒険者か。そんなら頼めるかの」


 冒険者になら頼める? 少し、嫌な予感がした。


「な、何が必要なんだ?」


「ほれ、あっこに見える山にな、イノシシがおるで。そいつの胃袋が必要なんじゃ」


 指さす方を見ると、森に囲まれた小高い山が見えた。


「イノシシの……胃袋? 油揚げの食材、だよな?」


「そうじゃよ? あれがなきゃ、どうにもなんねぇべ」


 異ノ国の油揚げだからなぁ……作り方も違うんだろうなぁ……


「わかった。そんじゃ、ちょっと行って獲ってくるよ」


「最近は、魔獣化してるそうじゃけ、気ぃつけてのぉー」


 老人は別れ際にサラリとヤバいこと言ってきた。

 魔獣……。

 俺を殺しかけた熊の魔獣が脳裏をよぎった。


「リベンジ、させてもらおうじゃねぇか」


 体の内から力がこみ上げてくる。

 怖いはずなのに、笑っている自分に気づいた。


「俺もスーさんと同類になっていくのかなぁ」





「油揚げを食いにきて、まさか魔獣退治する羽目になるとはなぁ」


 森の奥へ進むと、不穏な空気がどんどん濃くなっていく。


「イナリ、フータ、周囲を警戒しててくれよ」


「わかった」「アレじゃねぇか?」


「よし……え? アレ?」


 風神かぜのかみが指さす方向、木々の隙間の向こうに、巨大な赤黒い影がチラリと見えた。


「ヤバ! デカ過ぎじゃね!?」


 熊の魔獣よりも、一回り大きく見える。


「こっち来るぞ!」


 その巨体は、赤いオーラを揺らめかせて、木々を押し倒しながら迫ってきた。


 しかし、その突進は、あまりに直線的で、容易に躱すことができた。


「なあ、ユウキ……勝てる? あんな大きい魔獣に、勝てる?」


 心配そうに声をかけてくる稲荷神いなりのかみ


「ああ。ヤツの攻撃を喰らいさえしなければ、な」


 須佐之男命すさのおのみこととの特訓の成果もあってか、負ける気はしない。


でか?」


 稲荷神いなりのかみが俺の手元を指差している。

 俺は、以前『初級者応援キャンペーン』で買ったナイフを握っていた。


「…………」


「ユウキ! そっち行ったぞ!」


 風神かぜのかみの声が聞こえた。


 最小限の動きで躱しながら、ナイフを突き立てる。


 ガイン☆


 まるで鉄の板に突き立てたような感触だ。手が軽く痺れた。


「あれ? 勝てないかも?」


 イノシシの魔獣は標的を代えて、稲荷神いなりのかみに向かっていく。


「イナリ! 避けろよ!」


 声を上げた瞬間、イノシシの魔獣と目が合った。

 矛先をこちらに向けられたのがわかる。


 こっちが避けなきゃ、と思った瞬間、脚がもつれた。

 イノシシとの距離、スピード。崩れた姿勢からの回避行動。

 色々な思考がごちゃ混ぜになる。


「ヤバ(い)……避け(られない)……死(ぬかも)……」


 次の瞬間、俺の身体は宙に浮いていた。


 弾き飛ばされたのではない。


 ふわりと浮いていた。

 飛んでいた。


「(ふぅ~間に合った。てか成功するとは思わなかったぞ)」


 頭の中から、風神かぜのかみの声が聞こえる。


「フータか? なにが起こったんだ!?」


「(合体だよ、合神って言うのが正しいんだっけ?

 懐かしい風を感じてたから、もしかしたらって思ったけど、うまくいって良かった)」


 合体……合神!? 俺の中に風神かぜのかみが入った!?

 よくわからないが、とにかくこれで……


「これで、やれるのか!?」


「(そいつぁ、ユウキ次第だな。俺は力を貸してるだけだから)」


 やっぱりよくわからない、いや――

 なんかような気がする。なんだろう、この感覚。


 理屈はわからない。でも、できると確信していた。


 イメージだ。

 イメージするんだ。


 風のように宙を舞い、風の刃をナイフに宿し、敵を切り裂く。

 どんなに硬い体も、一刀両断――



 スパ――――



 ズル、ズズン……。


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 気が付くと、イノシシの魔獣は首を切り落とされて沈黙していた。


「す、すっげー……イメージどおりだ……」


 そして、スイスイと空を飛べる快感。重力からの解放感がたまらない。


「(もういいだろ? 離れるぜ。これ、腹減るんだからさ)」


 空中で、パッと隣に風神かぜのかみが現れた。

 途端に重力に引かれて落下――


 ドサッ★彡


「あだっ! お前、いきなりそりゃねぇだろー」 


 風神かぜのかみは疲れた顔をして漂うように浮かんでいる。

 腹が減るというだけあって、相当に何かの力を消耗する技だったのかもしれない。


「でも、助かったぜ。フータ。お前スゲー技もってたんだな」


「ああ? 何言ってんだよ。あの技は(ぐぐぅ~)。あー、ダメだ。腹減ったー」


 俺は稲荷神いなりのかみの顔を見合わせて、笑った。



「さて、捌き方とかわかんねぇし、このまま持って帰るか。

 あ、でも血は早めに抜いた方が良いんだっけ? こういうのって……」


 今にもかぶりつきそうな稲荷神いなりのかみを抑えて、

 イノシシの後ろ脚をロープで縛り、木に吊るしてみた。





「おーい、じいさん。イノシシ獲ってきたぞー」


 ズズーン。


「ん、帰ったのか……って、何じゃこりゃー!?」


「え……こいつ、イノシシじゃないのか?」


「い、いやぁー……こんなバカでかいイノシシ、初めてじゃけぇ……

 これを、子ども三人だけでかぁ……

 冒険者ちゅうのは、なんともはや……たいしたもんだぁ」


「そんじゃ、これで、油揚げ、作ってもらえるな?」


「うむぅ。それなんじゃがのぉ……まさか、こげな直ぐに獲ってくると思わなんだが、もうひとつ必要な食材があっての」


「なんだよ……異世界クエストあるあるだな。いいぜ、また採ってくるから」


「いや、それがの……ほれ、お前さんの後ろの畑」


 振り向くと、枯れかかった草がしょぼしょぼした畑が広がっている。

 荒れ放題だ。


「『月豆』ちゅう、豆なんじゃが。不作続きでのぉ……」


 すると、稲荷神いなりのかみが耳をぴくぴくさせて振り向いた。


「これなら、オイラがなんとかできそうだ」


 そう言って、自信たっぷりに笑ってみせた。

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