第13話 須佐之男命、鬼になる
「ようし! 俺がお前を鍛え直してやるぜ!」
それは、唐突に始まった。
――熊の魔獣討伐から帰還した翌朝――
まだ外は暗いので、二度寝に入ろうとした矢先、
「さあ、ユウキ! いつまで寝てやがる!
さっさと起きて、朝飯前の特訓を始めるぞ!」
布団から顔を出すと、
その顔は「これから地獄を見せてやる」とでも言わんばかりの表情だった。
「いや、俺まだ怪我が完治してないかもだなー」
「そいつぁ好都合だぜ!
少しくらい怪我してた方が、気持ちが昂るってもんだ。そうだろう?」
ど、どういう理屈なんだ!?
俺はそのままズルズルと外へ連れ出された。
◇
――神楽の湯宿の裏手――
「まずは朝飯前のトレーニングだからな。軽~く……」
そう言って、きょろきょろと何かを探す
「あれが手ごろだな」
巨大な岩が地面から突き出ている。
「コイツを押して、あそこの木まで転がしていくんだ」
「……はぁ? スーさん。言うまい言うまいと思っていたけど、
あんた、バカなのか!? 凡人の俺が、そんな大岩を転がせるわけないだろが!」
キョトンとした顔で「気付いてねぇみてぇだなぁ」と言って、俺の肩を力強く揉んでくる。
「お前さん、あの魔獣の攻撃をモロに食らったよな。二撃も」
「あ、ああ。アマテラがいなけりゃ、あのまま死んでただろうな……」
「まぁ、それもあるが……凡人なら、あの初撃でぺちゃんこだぜ?」
…………トクン
「熊みてぇなナリしてたけど、魔獣っつーだけあって、力は尋常じゃなかった。
この俺が、手加減したままで、どーにかできると思ったんだが、最後はちょっとだけ本気になりかけたんだぜ? お前は気ぃ失ってたけど」
……トクン、ドクン
あの時の、
また、俺の中で血がざわめきだす。
「思い出せ、ユウキ」
ドクンッ!
「そうだ! その昂りを、抑えるな。解放しろ!」
ドクンッ!
ドクンッ!!
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
やれそうな、気が、してきた。
自分の身長ほどもある大岩に、がっつりと手を添えた。
気持ちの昂りに任せて、全身に力を込める。
「ぬぉぉぉおおおおおおお!!」
ズ……ズ……ズズ……
動……いた?
大岩は少しずつ持ち上がり、ついにはゴロンと転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
力みすぎたせいか、ツツーと鼻血が垂れていた。
「よぉし。掴んだな?」
「スーさん、俺……どうなってんだ? なんでこんなこと出来るんだ!?」
「……さぁな。そのうち、わかる日がくるだろうさ。
今はここまでにしとくか。朝飯食ったら、続き、やんぞ」
「おお! 望むところだ!」
もう、俺は凡人じゃない。
異世界チートが発動したのかもしれない。
特訓を続ければ、神たちと並んで魔獣とも戦えるようになるかもしれない。
いや、戦いたい。
俺の中で、何かが、それを望んでいるんだ。
胸の高鳴りは静まるどころか、加速していくようだった。
◇
「無理に決まってんだろーが! やっぱ、あんたバカだろー!」
「なぁに甘えたこと言ってんだユウキ! 思い出せ――っ!」
朝食を終えて一息ついたあと、俺たちは再び裏手の広場に戻ってきた。
そこで
「何をだよ! 何にも思い出せねーよ! つーか死ぬって!」
ズドーン☆
大岩が降ってくるのを紙一重で躱した。
「避けてんじゃねー! 受け取れー! 次々いくぞー!」
「だ! か! ら! 無理だっつーの!」
ズドーン☆ ズズン☆ ズドーン☆
次々と岩が降り注ぐ。
「うべっ」足を取られてへたり込んだところへ、大岩が迫る。
「どわぁぁぁああああああ!」
ズッズーン☆
死にこそしなかったが、俺の身体はギャグ漫画のように地面にめり込んでいた。
「ほら。な? もう凡人じゃねぇんだから。もっと自覚しろよ。
それともあれか。実戦のほうがいいか」
は? 実戦?
「さぁ、かかってこい、ユウキ! 俺を一歩でも下がらせてみろ!」
むむ。大岩のキャッチボールよりは、随分とマシな特訓じゃないか。
「よ、ようし。そんじゃ、遠慮なく……」
今朝の、大岩を押したときの感覚を思い出しながら、気持ちを昂らせていく。
「それじゃ、いくよ」
「いつでもいいぜ、こい!」
はっ!
バチコーン!!
は?
何が起こったのかもわからず、俺の身体は宙を舞っていた。
ずどん☆彡
張り手を喰らったのだと気づいたのは、
「げほっ……げほっ……」
『もう、しまいかー?』
遥か遠くから声が聞こえた、ような気がする――。
◇
激しい特訓で負傷しては、
そんな日々が続き、俺の力は日を追うごとに人間離れしていった。
いつしか、
「おっほ。いいぞ! ユウキ!」
「……スーさんが、『思い出せ』って、言った意味……ぐっ」
そう。
あの『思い出せ』は、熊の魔獣との一戦を見ていたときの、気持ちの昂りのことだと思っていた。
「ぐぐぅっ……!」
でも、違う。
もっと遥か昔。俺の中に眠っている何かだ。
最近、その何かに手が届きそうな、そんな感覚に見舞われることが増えていた。
『スー殿! 今日こそは負けませんぞ!』
俺の中で、そんな声が聞こえた気がする。
「ぬぉぉぉおおおおおおお!! おっりゃぁあああー!!」
ずっでーん☆
気が付くと、
「は、ははっ、やりやがった! ユウキ!! ガーッハッハッハッ!!」
俺も釣られて笑った。
夕日を背に、俺たちは肩を組んで笑い続けた。
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