第12話 変化の兆し

 翌朝、俺たちは、魔獣が目撃されたという森へ向かった。


 村の連中が見送りにきていたが、どうやらお目当ては天照大御神あまてらすおおみかみだったようだ。


「どうぞ、お気を付けて」

「怪我などされぬよう、殿方がしっかり盾になるんじゃぞぉ」

「殿方がどうにかなったら、儂がぁー」


 おいおい。

 俺はここで倒される前提なのかよ。


 天照大御神あまてらすおおみかみは、他所行きの笑顔で『わたくしが選んだお方に、間違いなどは起こりませぬ』とか言って笑っていた。


「やい! 殿方! 身を呈して奥方を御守りするんじゃぞ!」

「そうじゃ、おぬしがどーなろうと奥方を護るんじゃぞ!」

「あとのことは儂に任しときぃ」

「安心して逝ってこぉ」


 くっ、村の衆め! 好き勝手にほざきやがる。

 言われんでも、俺が天照大御神あまてらすおおみかみを護って……


「安心せい、ユウキよ。わらわと弟者が付いておる。稲荷と風も、のぉ」


 稲荷神いなりのかみ風神かぜのかみは無邪気に力こぶを作ったりして応える。


 ……だよな。

 凡人の俺は、護られる側、か。


「ふんっ!

 俺が心配してんのは、お前らがまたやり過ぎないかってことだけだよ。

 今日は天之爺さんがいないんだからな。間違っても森を焼くなよ?」


「わかっておる。いざとなれば風で」

「森が丸坊主になるようなことはダメ!」


 まったくもって安心できん。


「スーさんも、力の加減、間違えるなよ?」

「何言ってやがる。強い奴が相手なら、俺ぁ手加減なんかしねぇぜ」

「手加減しなきゃダメだっつってんの!」


「なぁなぁ、魔獣って食えるのかなぁ」


 稲荷神いなりのかみが、目を輝かせて俺を見上げてくる。


「……火を通せば食えるんじゃないのか? 知らんけど」


 風神かぜのかみは上空を漂うように付いてくる。

 一応、周辺を警戒してくれているんだろうけど、その表情から緊張感は感じられない。





 山道を進むこと、数時間――。


 ようやく、魔獣の痕跡を発見した。

 木々に大きな爪痕がいくつも付けられ、異様な獣臭が漂っている。


 大木に刻まれた爪痕は、俺の身長よりも高い位置にある。


「魔獣って、結構な大きさらしいな……。オオカミとは違う、二足歩行……熊か?」


 奥の茂みが、ガサガサと音を立てる。

 

 須佐之男命すさのおのみことは、静かに大剣を構えて、囁くように言った。

「くるぞ」


 次の瞬間、茂みの中から飛び出してきたのは、燃えるような真っ赤な毛をした巨大な熊だった。

 大きな爪の初撃を大剣で受け止める須佐之男命すさのおのみこと

 二撃目を後ろに飛んで交わし、すかさず大剣を振り下ろす。


 ヴォォ――


 熊の魔獣は大きく横へ飛んで、それを躱した。

 見た目に反して、素早い動きを見せる。


「ほぉ。やるじゃねぇか」


 須佐之男命すさのおのみことが、手加減モードからギアをひとつ上げた。

 そんな空気が伝わってくる。


 ドクンッ


 なんだろう。

 恐怖ではない何か。俺の中で何かが昂る。


 目の前で繰り広げられる、ガチの近接戦闘。

 爪を躱し、受け止め、躊躇することなく切り込んでいく。


 ドクンッ

 ドクンッ


 俺の血が、ざわめいている。

 格闘技を見て興奮する、アレなのか?


 ドクンッ

 ドクンッ!

 ドクンッ!!


 ……違う。

 そんな次元じゃない。

 戦いを渇望している!


 今の俺は、多分、笑っている。

 笑いながら、目の前の死闘に目を――心を奪われている。


 それに気づいた瞬間、目の端で何かを捉えた。


 俺と同じように、須佐之男命すさのおのみことと魔獣の戦いを見守る天照大御神あまてらすおおみかみ

 その背後に、もう一頭の魔獣が近づいていた。


 天照大御神あまてらすおおみかみは気付いていない。

 そして、ゆっくりと振り上げられる巨大な腕――


「アマテラ――っ!」


 反射的に。

 そう、何も考えず、ただ反射的に俺は、天照大御神あまてらすおおみかみを突き飛ばしていた。


 スローモーションで叩きつけられる魔獣の巨大な腕。

 ゆっくりに見えるのに躱すことはできない。

 俺の身体はぐにゃりと歪んで、ボロ雑巾のように地面に叩きつけられた。

 起き上がる間もなく、二撃目に弾かれた俺は、巨木に打ち付けられる。


 ビターン!


「げほっ!」


 ベキバキと骨が折れたであろう嫌な音が、身体の中から響いた。

 痛みはあるが、どこがどれだけ痛いのかすらわからない。感覚が麻痺している。

 急激に薄れていく意識――


『ユウキ――……』


 天照大御神あまてらすおおみかみの、聞いたことのない悲痛な叫び声が聞こえたような気がした。


 ――――――――――

 ――――――

 ――

 ・

 ・

 ・





「……ウキ……ユウキ!」


「ぁ……俺、生きて……あっイデデデデっ! げほっ……げほっ……!」


 俺の左腕が、見たことのない角度に曲がっていた。

 咳と一緒に、口の中へ生ぬるいものが込み上げてくる。

 ぺっ、と吐き出した地面に、赤黒い飛沫が散った。


 息を吸うたびに、胸の奥が針で刺されるように痛む。


 息が、うまく吸えない。


 浅い呼吸しかできない。


「げほっ……が、は……っ」


「落ち着くのじゃ! 落ち着いて、ゆっくりと息をするのじゃ……

 ユウキ……すまぬ。わらわが油断したばかりに……おぬしにこんな……」


 涙を滲ませる天照大御神あまてらすおおみかみ


 俺なんかのために、そんな顔をするなんて……。

 予想外の展開に調子が狂う。


 だが――それどころじゃない。

 このまま死んでしまうかもしれない。


 俺は最後の力を振り絞って――

「お……奥方を……護るのが……殿方、だろ?」

 と、無理に笑って見せた。


 天照大御神あまてらすおおみかみの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。


「そなたは……紛れもなく、わらわが選んだ男じゃ」


 そう言って、むぎゅうと俺を抱きしめる天照大御神あまてらすおおみかみ

 豊満な胸に埋もれて心地よいのと、全身あちこちに走る激痛で俺は、

 完全に意識を失った。





 次に目を覚ましたのは、清見温泉の一室だった。

 布団に寝かされて、全身の痛みはほぼ消えていた。

 痛みよりも、身体の中をムズムズと虫が這うような痒みがあった。


「お? 気が付いたか」


 傍らに須佐之男命すさのおのみことが座っていた。


「スーさん……俺は……?」


 頭がぼーっとして思考が定まらない。

 上半身を起こすと、隣の布団で天照大御神あまてらすおおみかみが吐息を立てていた。


「慣れない治癒術を使い続けたからな。疲れて眠っちまったんだ」


 イッキに記憶が明瞭になる。


「そうだ……魔獣にやられて……。スーさん、あの魔獣は!?」


「あ? もちろん、ぶっ倒したぜ。なかなか手強い相手ではあったがな。

 まぁ、俺も本気じゃ~なかったがな」


 今ここに、こうしているのだから、魔獣を倒してきたのは確かだろう。

 でも問題はそこじゃない。


「……森は?」


 あの時の、天照大御神あまてらすおおみかみの慌てっぷりだと、激高して辺り一面を焼き野原にしてたっておかしくはない。


「だ、大丈夫だって。今回は木は焼けてない。焼けてないぞぉ」


 なんだか含みのある言い方だが――。


「ん、ん――」


 天照大御神あまてらすおおみかみが目を覚ましたようだ。

 のそりと布団をどけて起き上がる浴衣姿の天照大御神あまてらすおおみかみ


 ぶっ♡


 完全に前がはだけているではないですか。


「ユウキ――もう大丈夫そうじゃな」


 鼻血が溢れてくる。

 頭がくらくらする。


 血が、血が足りねぇ――。





 まぁ、色々あったが、魔獣討伐も完遂。

 俺もなんだかんだで生きている。

 むしろ、前よりも身体の奥から力が湧いてくるような感覚すらある。


 俺たちは、村長をはじめ、村人たちに見送られながら、村をあとにした。


 この村に到着したときに見えていた、山々が――

 心なしか、平坦になっているような気も、しないでもないが――


 気付かなかったことにしておこう……。

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