第11話 選ばれた男

 その村は、山間に佇む小さな集落だった。


 村の中央を流れる小川を挟むように、いくつもの木造の家屋が立ち並んでいる。

 その向こうには田畑が広がり、のどかな風景がどこまでも続いていた。


「こんな平和そうな村で、本当に魔物の被害とか出てるのか?」


 俺が周囲を見渡しながら呟くと、稲荷神いなりのかみが鼻をひくつかせて答える。


「この村、なんかおいしい匂いがするぞ! 焼き魚かな? それとも焼き芋?」


「イナリは食い物のことしか頭にないんだなぁ~」


 俺が呆れていると、須佐之男命すさのおのみことが豪快に笑い声を上げた。


「ガーッハッハッ! 平和な村なら、飯も酒も楽しめるってもんだろ!」



「ユウキよ! 早く荷物を持って来ぬか! 村人たちが集まっておるぞ!」


 天照大御神あまてらすおおみかみが腰に手を当て、広場の入り口で俺を見下ろしている。


「早くって言うんなら、自分の荷物くらい自分で持てよなー!」


 俺は今、二人分の荷物を背負っている。


「ジャンケンで負けたのは、おぬしじゃ。しかも、自分から勝負を挑んできたのであろう?」


 天照大御神あまてらすおおみかみはさらりと言い放ち、手を貸そうとはしない。


 たしかにそうだが、あれは――





 小一時間ほど前のこと。


「村はまだかのぉー。いい加減疲れてきたのぉー。

 そうだ、ユウキよ!

 わらわの荷物、お主に持たせてやっても良いのだぞ?」


 色目ってやつだろうか。

 天照大御神あまてらすおおみかみは、妙に艶っぽい表情で、ろくでもないことを言い出した。


「アホ抜かせ! 何が悲しくて他人の荷物まで……あ、そうだ!

 ジャンケンで負けた方が勝った奴の荷物を持つことにしようぜ!!」

 

 ・

 ・

 ・





 その結果がコレである。


「おい、フータ。後ろからちょっと押し上げてくれよ。

 できんだろ? お前の風でちょろっと」


 風神かぜのかみをフータと呼ぶことにしていた。


「嫌だよ~。そんなことしてたら、腹減るじゃんか。子どもに頼るなよな~」


 くっ。

 確かに見た目は子どもだが、お前、それでも神様だろが?



 ようやく村の広場の入り口が見えてきた。

 そこまで、あとちょっと、最後の上り坂が、

 疲れ切った俺の足腰に追い打ちをかける。


「ひぃ~、ふぅ~、ひゃぁあ~。よ、ようやく着いたかぁ~」


 入り口の門をくぐると、広場に集まった村人たちが天照大御神あまてらすおおみかみを取り囲んでいるのが見えた。


「いやぁ、なんと美しいお方じゃけぇ」

「まるで天女様じゃあ」

「肌艶も若々しくてぇ」

「お天道様みたいな笑顔じゃのぉ」

「オラの女房になってくんろ!」

「いいや、儂じゃ~!」

「歳を考えろ、じじぃ共! オレんとこさ嫁げば、ええ思いさせてやるけぇ~」

 ……やいのやいの……


 天照大御神あまてらすおおみかみは動じることもなく、畳んだ扇子を口元に寄せて、いつもより高めの他所行きの声を発した。


「皆さまのお気持ちはとても嬉しいのですが、

 わたくしの選んだ男が到着しましたゆえ」


「なんと!? すでに殿方が」

「なんじゃ~、ぱっとせん殿方じゃのぉ」

「こげな麗しい奥方がおってなぁ」


 は? わたくし

 殿方?

 奥方?


 何を言って――


 すっと俺の隣に寄りそった天照大御神あまてらすおおみかみは、俺の腕を引き寄せ、またしても他所行きの高い声で言い放った。


わたくしは、すでに決めているのです。

 この先、いかなる時代ときを越えようとも、

 いかなる国へ赴こうとも――

 生涯、傍らに置くのは、このお方ただ一人、と」


 村人たちが悲嘆に暮れる中、天照大御神あまてらすおおみかみは俺の耳元で囁いた。


「(こういう連中はしつこいゆえ、テキトーに話を合わせるのじゃ)」


 お、おう。

 そういう、こと、だった、のか。

 しかし、この状況――


 腕に押し付けられた豊満な胸♡

 露天風呂で見た裸体がフラッシュバックしてくる。

 耳にかかる甘い吐息……。

 そして、密着してみて改めて実感する。

 俺よりやや低めの身長差が、神様と凡人の距離感を狂わせる。


「(ちょ、おまっ、ち、近いって)」


 村人たちが一瞬嘆くのをやめて睨みつけてくる。


「(これ、黙らぬか。村人に聞かれるではないか)

 なにを今さら照れておるのじゃ? 旦那様は♡」


 だ、旦那様――旦那様――旦那様――……


 なんだ!? この胸の高鳴りは!?

 硬くなった首をギギギと回して天照大御神あまてらすおおみかみに顔を向ける。


 演技なのだろうが、頬が赤くなっている。

 いや、そんなはずはない。神様だぞ?


 どくんっ♡


 ――神様だとしても、俺は今、一人の女性として天照大御神あまてらすおおみかみを見つめている。


 その時、チラリと上目遣いで俺を見上げる天照大御神あまてらすおおみかみ


 ぐはっぅ!

 なんという破壊力!?


 慌てて首を回して顔を逸らしたが、高鳴る鼓動は抑えられない。



 そんな俺の動揺を他所に、希望を失った村人たちはバラバラと解散していった。

 ただ一人、村長らしき老人を残して。


 そして、するりと俺の腕は解放された。

 いつもの声色に戻る天照大御神あまてらすおおみかみ


「そなたが、依頼を出した村長じゃな?」


「いやはや、村の若い衆がお騒がせしました」


 若くない衆もいたぞ。


「よいよい。調査は明日からにするとして、まずは温泉宿へ案内してもらおうかのぉ」





――事の発端は、今朝訪れた冒険者ギルドでのことだった。



 懐具合も温まったことだし、異ノ国を観光であちこち巡るのも良いが、

 はぐれてしまった神様たちも探さなければならない。

 冒険者ギルドでなら何か情報を得られるかもしれないと、立ち寄ってみた。


 すると、緊急の依頼が舞い込んでいた。

 近隣の村の周辺で魔獣が目撃されたらしく、調査と討伐の依頼だった。


 手練れの冒険者はおらず、ほぼ俺たちを指名するカタチでの依頼だった。


「その村に、温泉宿はあるかの?」

「ええ、清見温泉の村ですので、神楽の湯宿には劣りますが、ありますよ。温泉宿」


 決め手は温泉宿だった。


 今回、天之御中主神あめのみなかぬしのかみは神楽の湯宿でお留守番だ。

 他のモブ神様たちは、はぐれてしまった神様たちを探しにどこかへ散っていった。


 俺たちは、天照大御神あまてらすおおみかみ須佐之男命すさのおのみこと稲荷神いなりのかみ風神かぜのかみを加え、5人で出発したのだった。



♨カポ~ン♨



「はぁぁああ~、癒されるぅぅうう~」


 清見温泉の露天風呂。


 神楽の湯宿の露天風呂よりは小さいが、白濁した泉質は悪くない。


 豪快に湯をかき回す須佐之男命すさのおのみこと

 ばしゃばしゃと泳ぎ回る稲荷神いなりのかみ

 風神かぜのかみは、プカプカと浮いて漂っている。

 既視感の光景。


 ひとつ、神楽の湯宿とは大きな違いがあった――。


『ここも良い湯じゃのぉ~』


 男湯と女湯を隔てる壁の向こうから、天照大御神あまてらすおおみかみの声が聞こえてくる。


 正直、今夜は期待していただけに残念でならない。

 期待していただけに……。


「どうした? ユウキ。浮かない顔をして。

 姉者と一緒に浸かれんのが、そんなに残念なのか?」


 ぬぐぅっ、図星っ!


「ななな、なに言ってんだよ、スーさん。ば、ばかなこと言っちゃうよぉ~(ぶくぶくぶくぶく)」


 顔を沈める俺の慌てっぷりを見ながら、「ガーッハッハッ!」と豪快に笑う須佐之男命すさのおのみことだった。

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