第9話 風の神
社殿の後ろの岩肌に、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。
体にまとわりつくような風は、その洞窟の奥から吹き出してくるようだ。
「あの中じゃな」
「だ、誰か入って様子を見てこなきゃ……だよな」
『案内役が行くのが当然じゃー』とか言われそうだが、一応、恐る恐る聞いてみた。
「なんだ? ユウキ、びびってんのか?」
そのスキンシップに触発されてなのか、なにか体の芯にビビッと走るものを感じた。
今更ながら、これは凄い状況なのだと実感させられる。
俺は今、神話で語られる神々と一緒に異世界にいる。
自然とタメ口で会話しちゃってるけど、よく考えたら相手は神様たちだ。
和風のせいか、どこか懐かしい雰囲気もあって感覚がマヒしていたが、
とにかく凄い状況なんだ。
「そりゃー、びびってるっていうか、俺は凡人だからね?
スサノ……スーさんたちと違って」
『スサノオノミコトさん』と呼ぼうとしたけど、長ったらしいから、
勝手に『スーさん』と呼ぶことにした。
すると、
そしてすぐに満面の笑みを浮かべて、俺の背中をバンバンと叩いてきた。
「がーっはっはっ! 何かあっても、今はこの俺が守ってやるから、心配すんな!」
なんだろう。
『スーさん』と呼んでみただけなのに、ものすごく距離が縮まった気がする。
俺と
「ほれ、先を急ぐぞ」
いやいや、それならば
若干不機嫌そうな
その背を追うように
洞窟内がほどよく明るいのは、
一応、後ろを警戒しながら、俺も歩を進める。
洞窟の奥からは、
グワァーン、ヴォァーン、と風鳴りのような不気味な音が断続的に響いていた。
◇
洞窟の壁は湿っていて、足元は不規則に削られた岩が続いていた。
何度かつまずきかけながらも、
奥へ進むにつれ、反響していた音がはっきりしてきた。
甲高い叫び声や、何かがぶつかる乾いた音。
どうやら、何者かが言い争いながら闘っているようだ。
さらに進むと、洞窟は急に開けた空間に出た。
天井は高く、壁も円形状に削られている。
その広間の中央で、
小柄でぽっちゃりとした少年が、
コウモリのような羽と小さな角のある紫色の小鬼とド突き合っていた。
少年は丸っこい体格とは裏腹に、素早く動いては蹴りかかる。
それを受けて反撃に頭突きをかます小鬼。
『こんのクソチビが! 俺に本気出させるとは、いい根性してんじゃんか!』
少年がそう叫ぶと同時に、強い風が広間全体に広がっていく。
しかし、風の勢いはすぐに失速し、少年はフラリとよろめいた。
『ダメだ……腹減った……もう動けねぇ……』
少年はへたり込み、その頭上で小鬼は高笑いをあげる。
『ケケケ……こんなところで
「
俺が呟くと、
「ふむ。あの少年、見た目はアレじゃが、間違いない。
小鬼が
その刹那、
「小鬼ごときが、
え……今『下僕』って言ったか?
小鬼はその光に照らされ、怯えた様子を見せた。
「ひ、光の神……!?」
小鬼はバサバサと羽を広げると、慌てて奥の壁際へと逃げていく。
「ユウキよ、
俺はへたり込んでいる
「お、おい、大丈夫か?」
「大丈夫なように見えんのかよぉー……腹が減った、つってんだろー?
なんか食わせてくれよぉー」
随分と横柄な態度だが、不思議と憎めない。
むしろ、謎の親近感を覚えて笑いがこみ上げてきた。
「あははは、ちょっと待ってろ」
俺はバックパックからお弁当を取り出した。
「ほら、これでいいか? 今はこれしかないぞ」
勢いよく食べ始めた。
「おい、ゆっくり食わねえと喉に詰まるぞ……」
水袋を差しだすと、また、ひったくるように取って一気に飲み干す。
そして、ふぅ~、と大きく息をついた。
「……助かったぜ。ありがとな」
さっきまでの横柄な態度とは打って変わり、少年らしい声で礼を言う
「お、おう……まあ、無事で何より」
「でもなぁ……全然足りないんだぜ。もっとないのか?」
「言うと思ったけど、もう無いよ!
俺の昼飯だったのに……あー、水も飲み干しちゃってんじゃん!」
俺は、カラになった水袋を摘まみ上げた。
「ところで、お前……誰だ?」
すると、小鬼を瞬殺した
「くくくっ、相変わらずマイペースな奴じゃのぉ」
グイっと腕を引き寄せて続けた。
「こやつは、今回の旅の案内役にと、
その言葉を聞いた途端、
「案内役……へぇ、人間か。なんだ、懐かしい風を感じたよ」
「懐かしい風?」
俺は眉をひそめて返したが、
「ま、何にせよ弁当、ありがとな、ユウキ」
「どういたしまして」
うん。普通にぽっちゃりした子どもみたいな神だ。
「ところで、ユウキよ。
あの小鬼を討ったらの、足元にこんなものが転がっておってな。
……これは何じゃ?」
そう言いながら差し出された
真っ赤な小石が怪しげに光っていた。
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