第9話 風の神

 社殿の後ろの岩肌に、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。


 体にまとわりつくようなは、その洞窟の奥から吹き出してくるようだ。


「あの中じゃな」


 天照大御神あまてらすおおみかみが、畳んだ扇子で洞窟を指し示す。


「だ、誰か入って様子を見てこなきゃ……だよな」


『案内役が行くのが当然じゃー』とか言われそうだが、一応、恐る恐る聞いてみた。


「なんだ? ユウキ、びびってんのか?」


 須佐之男命すさのおのみことが気さくに、俺の肩に手を乗せてきた。

 そのスキンシップに触発されてなのか、なにか体の芯にビビッと走るものを感じた。




 今更ながら、これは凄い状況なのだと実感させられる。

 俺は今、神話で語られる神々と一緒に異世界にいる。


 自然とタメ口で会話しちゃってるけど、よく考えたら相手は神様たちだ。

 和風のせいか、どこか懐かしい雰囲気もあって感覚がマヒしていたが、

 とにかく凄い状況なんだ。




「そりゃー、びびってるっていうか、俺は凡人だからね?

 スサノ……たちと違って」


 『スサノオノミコトさん』と呼ぼうとしたけど、長ったらしいから、

 勝手に『スーさん』と呼ぶことにした。


 すると、須佐之男命すさのおのみことは驚いたように、目を大きく見開いた。

 そしてすぐに満面の笑みを浮かべて、俺の背中をバンバンと叩いてきた。


「がーっはっはっ! 何かあっても、この俺が守ってやるから、心配すんな!」


 なんだろう。

 『スーさん』と呼んでみただけなのに、ものすごく距離が縮まった気がする。


 俺と須佐之男命すさのおのみことがじゃれ合うのを見ていた天照大御神あまてらすおおみかみは、扇子を小さく開いて口元を隠しながら囁いた。


「ほれ、先を急ぐぞ」


 須佐之男命すさのおのみことのことを『スーさん』なんて軽々しく呼びすぎたのかな?

 いやいや、それならば天照大御神あまてらすおおみかみのことなんか『お前』呼ばわりしちゃってるし……考えすぎか。


 若干不機嫌そうな天照大御神あまてらすおおみかみが、先陣を切って洞窟へと足を踏み入れる。

 その背を追うように須佐之男命すさのおのみこと稲荷神いなりのかみも続き、最後尾に俺と天之御中主神あめのみなかぬしのかみが並んだ。


 洞窟内がほどよく明るいのは、天照大御神あまてらすおおみかみのお陰なのだろう。


 一応、後ろを警戒しながら、俺も歩を進める。


 洞窟の奥からは、

 グワァーン、ヴォァーン、と風鳴りのような不気味な音が断続的に響いていた。





 洞窟の壁は湿っていて、足元は不規則に削られた岩が続いていた。

 何度かつまずきかけながらも、天照大御神あまてらすおおみかみの光を頼りに進んでいく。


 奥へ進むにつれ、反響していた音がはっきりしてきた。

 甲高い叫び声や、何かがぶつかる乾いた音。

 どうやら、何者かが言い争いながら闘っているようだ。


 さらに進むと、洞窟は急に開けた空間に出た。

 天井は高く、壁も円形状に削られている。


 その広間の中央で、

 小柄でぽっちゃりとした少年が、

 コウモリのような羽と小さな角のある紫色の小鬼とド突き合っていた。


 少年は丸っこい体格とは裏腹に、素早く動いては蹴りかかる。

 それを受けて反撃に頭突きをかます小鬼。


『こんのクソチビが! 俺に本気出させるとは、いい根性してんじゃんか!』


 少年がそう叫ぶと同時に、強い風が広間全体に広がっていく。

 しかし、風の勢いはすぐに失速し、少年はフラリとよろめいた。


『ダメだ……腹減った……もう動けねぇ……』


 少年はへたり込み、その頭上で小鬼は高笑いをあげる。


『ケケケ……こんなところで風神かぜのかみを倒せるとは、ラッキーだぜ!』


風神かぜのかみ?」


 俺が呟くと、天照大御神あまてらすおおみかみがスッと前に出た。


「ふむ。あの少年、見た目はアレじゃが、間違いない。風神かぜのかみじゃ」


 小鬼が風神かぜのかみに向かって鋭い爪を振り下ろす――

 その刹那、天照大御神あまてらすおおみかみから強烈な光が放たれた。


「小鬼ごときが、わらわの下僕に手を出そうとは……不遜じゃな!」


 え……今『下僕』って言ったか?


 小鬼はその光に照らされ、怯えた様子を見せた。


「ひ、光の神……!?」


 小鬼はバサバサと羽を広げると、慌てて奥の壁際へと逃げていく。


「ユウキよ、風神かぜのかみを頼む」


 天照大御神あまてらすおおみかみは小鬼を睨みつけたままそう言うと、ゆっくりと歩を進めた。


 俺はへたり込んでいる風神かぜのかみに駆け寄った。


「お、おい、大丈夫か?」


 風神かぜのかみは、ぽっこりとふくれたお腹をさすりながら声を絞り出した。


「大丈夫なように見えんのかよぉー……腹が減った、つってんだろー?

 なんか食わせてくれよぉー」


 随分と横柄な態度だが、不思議と憎めない。

 むしろ、謎の親近感を覚えて笑いがこみ上げてきた。


「あははは、ちょっと待ってろ」


 俺はバックパックからお弁当を取り出した。


「ほら、これでいいか? 今はこれしかないぞ」


 風神かぜのかみは俺の手からひったくるようにお弁当を奪い取ると、

 勢いよく食べ始めた。


「おい、ゆっくり食わねえと喉に詰まるぞ……」


 水袋を差しだすと、また、ひったくるように取って一気に飲み干す。

 そして、ふぅ~、と大きく息をついた。


「……助かったぜ。ありがとな」


 さっきまでの横柄な態度とは打って変わり、少年らしい声で礼を言う風神かぜのかみ


「お、おう……まあ、無事で何より」


 風神かぜのかみはお腹をさすりながら、控えめに口を開いた。


「でもなぁ……全然足りないんだぜ。もっとないのか?」


「言うと思ったけど、もう無いよ!

 俺の昼飯だったのに……あー、水も飲み干しちゃってんじゃん!」


 俺は、カラになった水袋を摘まみ上げた。

 風神かぜのかみは、そんな俺の顔を覗き込みながら言った。


「ところで、お前……誰だ?」


 すると、小鬼を瞬殺した天照大御神あまてらすおおみかみが戻ってきた。


「くくくっ、相変わらずマイペースな奴じゃのぉ」


 天照大御神あまてらすおおみかみは、俺の横に立つと、

 グイっと腕を引き寄せて続けた。


「こやつは、今回の旅の案内役にと、わらわが選んだ男、ユウキじゃ」


 その言葉を聞いた途端、風神かぜのかみは驚いたように目を見開いた。


「案内役……へぇ、人間か。なんだ、懐かしい風を感じたよ」


「懐かしい風?」


 俺は眉をひそめて返したが、風神かぜのかみはそれには答えず、ふわっと笑って再びぺこりと頭を下げた。


「ま、何にせよ弁当、ありがとな、ユウキ」


「どういたしまして」


 風神かぜのかみは小さな手を差し出してきたので、ぎゅっと握手を交わした。


 うん。普通にぽっちゃりした子どもみたいな神だ。


「ところで、ユウキよ。

 あの小鬼を討ったらの、足元にこんなものが転がっておってな。

 ……これは何じゃ?」


 そう言いながら差し出された天照大御神あまてらすおおみかみの手には、

 真っ赤な小石が怪しげに光っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る