第8話 森の遺跡

 朝陽が差し込む温泉宿の部屋――。


 俺は心地よい疲労感に包まれながら布団の中で伸びをした。


「いい宿だったなぁ……こういう贅沢ができるなら、この旅も悪くないよなぁ」


 昨夜の豪華な夕食と露天風呂を思い出し、贅沢な気分に浸る――が、

 一瞬で現実に引き戻される。


 バサァ! と、布団が勢いよく剥ぎ取られた。


「これ、ユウキよ! いつまで寝ておるのじゃ! 朝食が出来ておるぞ!」


 天照大御神あまてらすおおみかみが、腰に手を当てて俺を見下ろしていた。


 着崩れた浴衣の隙間から、すらりと伸びる太ももが眩しすぎる。

 さすがは太陽を司る神様だ。


「ほほぉ~? おぬし、朝から元気一杯ではないか」


 天照大御神あまてらすおおみかみは目を細め、口元に悪戯な笑みを浮かべている。


「ばっ! ちっ! ちっげーよ! これはそんなんじゃねーし!」


 慌てて布団を引っ張り返して包まった。


 そんな様子を見て、天照大御神あまてらすおおみかみは勝ち誇ったように笑う。


「くっくっくっ。はよぉ~起きて来ぬか。飯が冷めるぞ」


 手をひらひら振りながら部屋を出ていく天照大御神あまてらすおおみかみだったが、その頬は紅潮していたようにも見えた。





 温泉宿の広間には、豪華な朝食がずらりと並んでいた。

 湯気の立つ味噌汁に、ふっくら炊き立てのご飯。

 そして焼き魚の香ばしい匂いが食欲をそそる。


「朝から、こんなに食べていいのか!?」

 稲荷神いなりのかみが目を輝かせながら席に飛びつくと、須佐之男命すさのおのみことが豪快に箸を取った。


「いいねぇ! 朝から豪勢な飯、最高だな!」


「お前ら、いつでも元気一杯だなぁ……」


 呆れたように二人を見ていると、天照大御神あまてらすおおみかみが上品に箸を運びながら言った。


「旅は朝食から活力を得るものじゃ。ユウキもしっかり食べるが良いぞ」


「まあ……これだけ美味しい飯を食べられるのも今のうちだけかもな……」


 俺は残金を気にしながら呟くと、箸を手に取った。





 豪華過ぎる朝食の残りを、お弁当にしてもらい、温泉宿を後にした。

 そして冒険者ギルドへ向かう道すがら、俺たちは商店街に立ち寄った。


 ちなみに、今の俺は神楽の湯宿の浴衣姿だ。

 というのも、今朝のある出来事のせいで――


 ・

 ・

 ・


「ユウキ! ユウキの服、まだ乾いてないな。それに、ちょっと臭いぞ」


 そう言って、稲荷神いなりのかみは鼻をつまんだ。


「やっぱ一晩じゃ乾かないよなぁ。うぇっ……これは、生乾き臭が酷いな」


 すると天照大御神あまてらすおおみかみが自信ありげに胸を張った。


「乾かすのならわらわに任せるがよい。太陽を司るわらわに、な」


 パアアァァ☆と輝きだす天照大御神あまてらすおおみかみ


 それを見た須佐之男命すさのおのみことが慌てて制止しようとするが、時すでに遅し……。


 干してあった俺のブレザーが、メラメラと燃え始めた!


 ・

 ・

 ・


 そうして、神楽の湯宿の浴衣を借りて――今に至る。


 さすがに浴衣で冒険というわけにはいかないので、新しい装備を買い揃えることにしたのだ。


 【初級者応援キャンペーン】と書かれた、ひときわ目を引くのぼりが立っている店に入ってみた。


「こちらの初級者向け装備一式、今ならキャンペーンでお安くなってますよ~!」


 店主が満面の営業スマイルで勧めてきたのは、

 簡素な革のジャケットとズボン、しっかりとした造りのブーツ。

 それと、ポーチが付いたベルトだ。

 比較したわけではないが、品は良さそうだったので即決した。


 追加でバックパックとナイフも購入した。

 ちょっともらって金貨1枚を支払った。


「ふむ、なかなか似合うではないか。冒険者らしくなったのぅ」


 天照大御神あまてらすおおみかみが腕を組みながら頷いている。


「これで残金は、銀貨10枚だけどな……」


 俺は肩をすくめながら、浴衣を袋に詰めこんだ。





 冒険者ギルドに顔を出した俺たちは、次の稼ぎ(冒険)に向けた依頼を探した。


「次は何か落ち着いたやつがいいな。危険の無い採取系とか、調査系とか……」


 受付嬢にお願いすると、彼女は依頼書の束を手に取りながら少し考え込んだ。

 昨日のは棚にしまわれていた。

 静かでよい。


「こちらはいかがでしょう?

 最近発見された古代遺跡の調査依頼です。比較的安全かと思いますよ」


「そう、そういうやつ! 安全第一で!」


 ところが、その言葉を聞いた途端、須佐之男命すさのおのみことががっくり肩を落とした。


「なんだよ、安全って。もっとド派手なほうがいいだろ!」


「オイラもなんか冒険がしたいなぁ」


 稲荷神いなりのかみが不満そうに頬を膨らませると、大きな尻尾がそろりと揺れた。


「まぁまぁ、落ち着けって。

 遺跡ってのはな、古代の秘宝が眠ってることが多いんだ。

 めっちゃレアな発見があるかもしれねーぞ?」


 俺は大袈裟にニヤリと口元を歪めて見せた。


「秘宝!? お金になりそうだな!」


 稲荷神いなりのかみが一気に目を輝かせるのを見て、俺は諭すように畳みかける。


「もちろんさ! また温泉に泊まりたいなら、こういう依頼を受けなきゃだろ?」


「ふむ。あの温泉宿なら、わらわの常宿にしてもよいぞ」

「また美味い飯も食べられるな!」


 天照大御神あまてらすおおみかみ須佐之男命すさのおのみことも『温泉』に釣られて乗ってきた。

 騒がしい彼らを横目に、受付嬢が少し微笑みながら軽く頭を下げる。


「では、どうかお気をつけて。

 遺跡の場所は地図に記載していますので、ご確認ください」


 こうして、俺たちは遺跡調査の依頼を受けて、冒険者ギルドを後にした。


 モブ神様たちは、それぞれ別の依頼を受けて散っていった。

 みんなで稼いで、今夜も温泉宿に泊まろう作戦、ってわけだ。





 目的の遺跡までは、緩やかな丘陵地帯を抜ける道が続いていた。

 穏やかな天気の中、のんびりと歩を進める。


「ねえねえ、秘宝ってどんなものがあるんだろうな?」


 稲荷神いなりのかみが興味津々で天照大御神あまてらすおおみかみに尋ねる。


「ふむ……金銀財宝かもしれぬし、古代の叡智が詰まった文献かもしれぬ。

 わらわも楽しみじゃ」


「俺としては、誰もいない安全な場所でさっさと終わるのが一番だな」


 ぼそっと呟くが、須佐之男命すさのおのみことが肩を叩いて豪快に笑った。


「つまんねぇこと言うな! 男なら危険な道を選んで突き進め!」


「そんなんじゃ命がいくつあっても足らないよ……こっちはただの凡人なんだから」


 そして地図が示す遺跡に到着した。



「これは、神社……か?」


 思わず声を漏らすほど、それはの形を残していた。

 しかし本来の美しさは、森に呑まれ消え失せている。


 鳥居のような古びた木にはツタにびっしり纏わり憑き、根元はひび割れている。

 左右には倒れ伏した狛犬の像が苔に覆われ、片方は頭が転げ落ちている。

 社へ続く石段はほとんど土に埋もれ、ところどころ崩れ、歪み、森に侵食されていた。


「この異ノ国でも、神を祀る風習があったようじゃのぉ」


「ん? 異ノ国ってのは、神様の信仰がないのか?」


「ふむ。わらわも詳しくは知らぬがな。“神”よりも“精霊”を祀る文化らしいのじゃ」


「ふ~ん……。それなのに神社か。あ、それだからこんなに朽ちてるのか。

 でも、あの温泉宿、『神楽の湯宿』って名前だったし、鳥居もあったよな」


「そうじゃのぉ~」


 いつもは高慢で高飛車な態度の天照大御神あまてらすおおみかみだったが、この時ばかりは、神妙な表情を見せていた。


 崩れかけた石段を上ると、その先にある社殿は、

 屋根が半壊し、梁がむき出しのまま傾いていた。


「人に忘れられてから何年、何十年、いや、何百年も経ってそうだな……」


 朽ちた社殿の前で息を呑んだその瞬間――

 奥の闇から、ひやりと肌を撫でる風が吹き抜けた。


 ただの風じゃない。

 重い。ざらついている。

 何かが混じっている。


 思わず社殿から距離を取る俺をよそに、

 天照大御神あまてらすおおみかみは、ふっと目を細めた。


「……ふむ。これは……じゃな」


 須佐之男命すさのおのみことが社殿の奥に目を向ける。


「おう? ……なるほど。だな」


 稲荷神いなりのかみは鼻をヒクヒクさせて、

「ほんとだな! だな!」と笑顔になる。



 なに? なに!?

 この風が、なんだっていうんだ!?

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