第7話 異ノ国の温泉宿
冒険者ギルドに戻ると、大勢の人が集まっていた。
ザワつく人混みの中から、ひとりの老人が歩み出てくる。
「おおーおおー、無事に帰られましたか。
いやぁー、森の方で地鳴りがしたり、光の柱が立ち上ったと思ったら、
森が霞むような大雨……
依頼を受けてくださった皆さんのことを心配しとったんじゃよ。
あー、申し遅れました。
儂はオオカミ討伐の依頼を出した、隣村で村長をやっておる者じゃ」
どうやらギルドでは『森の異変』を調査するべきか否かで話し合っていたらしい。
俺たちが無事に帰ってきたことに安堵した、といった様子だ。
「ふふん。あれしきのこと、造作もないわ。
ほれ、オオカミとやらを退治してきたぞ」
モブ神様たちが死骸を入れた袋を次々とカウンターの横に並べていく。
受付嬢はその袋を見て目を丸くした。
「……ぇえ! もう討伐してきたのですか!?」
「当然じゃろう。我らにかかれば、あんな獣など
「さすがはSランク以上の皆さんです!
討伐数を確認しますので、ギルドタグをご提示ください。
パーティでの討伐となりますので、お一方だけで結構です」
一番近くにいた
【どうせオメェは棒立ちだったんだろ?】
カウンターに置きっぱなしの石が語りかけてくる。
「……お前、さっさと棚に戻してもらえよ」
受付嬢が「フッ」とニヒルな笑みを浮かべるのを、俺は見逃さなかった。
石を小突き回す俺を気にも留めず、受付嬢は手早く計算を済ませ、
カウンター越しに小さな袋を差し出してきた。
見た目に反して、ずっしりと重みのある袋を手に取った俺は、
初めて得た異世界での『報酬』に感動を覚えた。
俺自身は何も活躍してないけど……。
「オオカミが46匹で460銀貨、大オオカミが5匹で250銀貨、
それと群れは全滅したようですので追加報酬として100銀貨。
合計で810銀貨となりますので、
金貨8枚と銀貨10枚お渡しします。ご確認ください」
「おおー……これで、温泉宿に泊まれるな」
袋の中を覗き込みながら思わず笑みがこぼれた。
「大オオカミが5匹も!?
それをいとも容易く全滅させてしまうとは……さすがSランク以上とされた方々じゃわい!
これで村の衆も安心して暮らせる! ありがとう、本当にありがとう!」
「まじかよ……あいつら、大オオカミまで倒したのか」
「クエスト受けてから半日も経ってないんだぞ!?」
……ざわざわ、ざわざわ……
俺たちは、すっかり注目の的となっていた。
「さあ、ユウキよ! さっそく温泉宿へ向かうとしようぞーっ!」
◇
到着した温泉街は、小高い山の中腹に広がっていた。
夕日に照らされた温泉街には、
懐かしさを感じさせる木造りの建物がずらりと並んでいた。
道の両側には木彫りの看板がかかった土産物屋や、
湯気がもくもく上がる屋台が軒を連ねている。
通りを歩く人々の笑い声や、どこからともなく聞こえる三味線や琴のような音色が耳に心地よい。
そんな中、ひと際目を引く豪華な宿があった。
入り口には立派な朱塗りの鳥居があり、
その奥には広々とした石畳の庭園が広がっている。
鳥居には大きな看板が掲げられていた。
【 神 楽 の 湯 宿 】
「ふむ……神が楽しむ湯宿とな。
我らのためにあるような宿じゃのぉ」
そういや、俺が通っている学園も『神楽』だったな。
今のこの状況と何か関連があったりするのだろうか、という疑問が一瞬よぎったが、今はどうでもいい。
「でも、ここは高そうだなぁ……」
俺が宿の豪華さに気圧されて躊躇するのを尻目に、
「我らに相応しい最上級の部屋を頼むとしよう」
「ちょまっ! い、一番安い部屋でいいから!」
慌てて割り込むが、宿の主人はにこやかに応じた。
「かしこまりました~。それでは、こちらの離れをご利用ください~。
温泉も、お食事も、きっとご満足頂けますよぉ~」
宿の主人が柔らかい笑顔で指し示した先には、
石畳の小道を挟んで佇む豪華な離れがあった。
「この宿はかつて、あの不滅の魔女さまが温泉を掘り当てたことから――」
……なんたらかんたら……
宿の主人の営業トークが続いた。
(まぁ、なるようになるか……)
心の中で呟きながら、金貨と銀貨の入った小袋をしっかりと握りしめた。
◇
宿の代金は完全前払いで、金貨7枚。
事前に聞いていた情報から、最上級以上の宿だったと気付かされる。
(迷うことなく一番高い宿とは……さすが、神様だな)
部屋に案内された俺たちは、用意されていた饅頭とお茶を頂いてから浴衣に着替えて、露天風呂へと向かった。
♨カポ~ン♨
すっかり日も暮れて、満天の星空が広がっている。
月のない夜空を見上げながら浸かる露天風呂――。
立ち込める湯気と、肌を撫でる暖かな風が心地よい。
「はぁぁああ~、これは良い湯だなぁぁああ~~(温泉なんて何年ぶりだろー)」
「ガーッハッハッ!」
大量の湯が波打って俺を飲み込む。
「げほっ! ちょ、もっと静かに入れよ! げほっげほっ」
慌てて注意するが、
「ぷはーっ! 温泉って気持ちいいなぁ~」
「潜るな! 泳ぐな! プールじゃねーんだぞ!」
まったく落ち着かない。
けど、悪くないよな――。
湯船の縁に腰かけ、物思いに耽る。
その時、俺のすぐ横を、平然と通り過ぎてゆく
彼女は半身を湯に浸し、優雅に体を伸ばす。
豊満な胸元は、さも当然の如くあらわになっている。
その姿には何の恥じらいもなく、堂々とした振る舞いを見せていた。
「ちょ、ちょちょちょ……! な、なんで一緒に入ってんだよ!?」
俺は湯を飛び散らせながら身を引いた。
「何じゃ、ユウキ? この広い湯船に皆で浸かるのは当然ではないか」
「あ、あれー!? ここって混浴だったっけ? あれー?」
湯気の中で揺れる“神の造形”から、目が離せない。
「なんじゃユウキ。神に欲情するとは、おぬしも元気よのぉ~」
視線を俺の下腹部に落としながら、目を細めて笑みを浮かべる
「わあぁぁぁ~!!」
慌てて湯に浸かり、その場を離れた。
その横で
俺は必死に頭を抱えていた。
「疲れを癒すどころじゃないな……こりゃぁ……」
その呟きに呼応するかのように、白濁した湯の中からじんわりと
「若い者がはしゃぐのは良いことじゃて」
「どわあぁぁぁ~!! じ、爺さんまで何やってんだよーっ!?」
「ふぉっふぉっぶくぶくぶく――」
じんわりと沈んでいく
俺の叫び声が湯気の立ち込める夜空に響く。
そうして、神々との温泉タイムは賑やかに過ぎていった――
♨カポ~ン♨
温泉を堪能した俺たちは大広間に案内され、豪華な夕食を囲んだ。
大広間の中央にはバイキング形式の料理がズラリと並んでいる。
海の幸、山の幸、肉も魚介もスイーツまでも、選び放題の食べ放題だ。
宿代は前金で支払っているので、お金の心配もいらない。
「これ全部食べ放題!? 異世界の温泉宿すごすぎだろ……」
「ふふん、当然じゃ。
俺は気持ちを落ち着かせるように湯気の立つお茶をすすり、改めて目の前の光景を見渡した。
(あのオンボロアパートですするカップ麺とは大違いだ……)
湯上がりのせいか頬を紅潮させた
「ふむ、この魚はなかなか上品な味わいじゃのぅ」
そう呟きながら、口元を上品に拭う仕草が妙に艶っぽい。
「うむうむ……こうして大勢で食を共にするのは、久方ぶりじゃ。
温泉と豪勢な食事、そして旨い酒、これぞ旅の醍醐味じゃのぅ」
この瞬間を心から楽しみ、味わっているようだ。
モブ神様たちも談笑しながら料理を口に運んでいる。
(俺、神様たちと一緒にいるんだよな……)
自分の平凡な人生が、この神々との旅によって一変したことを、改めて実感する。
自分たちはこの異世界で何かすごいことを成し遂げられるんじゃないか?
そんな期待が胸に湧いてくる一方、自分だけ凡人以下という不安もある。
豪快すぎる漢、
何を考えているかわからない
呑気すぎる
そして、おっとりした
目立たないけど、その他のモブ神たち。
「この先、どうなることやら……。ま、なるようになるか」
俺はそう呟いて、もう一口、お茶をすすった。
湯気の向こうに見える神々の姿が、あたたかく感じた――。
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