第2話 旅立ち

「さてと、我らの準備はとうに整っておる。

 早速出立するとしようぞ」


「お、おい、俺の準備はどうなる?」


 天照大御神あまてらすおおみかみは、俺が何を言っているのか理解できない、とでも言いたげな表情を見せる。


「はて、おぬし、何を準備するのじゃ?」


「え、っと………………心の準備、とか?」


 天照大御神あまてらすおおみかみは、目を細めて薄ら笑いを浮かべ、俺に背を向けた。


「さて、皆のもの、出立じゃー!!」


「よっしゃー! 久々に暴れてやんぜー!!」

「美肌……温泉……食事……絶景……」

「旨いもの食べ歩くぞ!」

 ……やいのやいの……


 気合たっぷりに雄叫びを上げる須佐之男命すさのおのみこと

 天照大御神あまてらすおおみかみにそっくりな、別の女神はおしとやかに呟き、

 狐のような耳と大きな尻尾の少年? は飛び上がってはしゃぐ。

 その他大勢の神様たちも大いに盛り上がっている。


 そして、眩しい光に包まれ、ふわりと体が宙に浮かんだ――――





 ドサリと地面に叩きつけられた。


「あだっ!」 


 目を開けると、そこには草原だった。


 サワサワと風にそよぐ草原が広がっている。


 どこからともなく聞こえる鳥のさえずり。

 ほどよく暖かい風が吹き抜け、

 空は雲一つなく、どこまでも青い。


 思わず深呼吸する。

 湿った土と、草の青い匂いが心地よい。


 遠くには町らしき建物の連なりが小さく見える。

 瓦の屋根と茅葺屋根だろうか。


「……ここが、異世界……異ノ国なのか?」


 大昔の日本へタイムスリップしたようにも思える。


「ふむ、なかなか良い所ではないか」


 振り返ると、天照大御神あまてらすおおみかみの姿があった。

 

 さっきとは違う控えめな衣装を纏っている。

 白と朱色を基調とした巫女服っぽい衣装には、

 金色の装飾が散りばめられていた。

 胸元が強調されているのは相変わらずだ。

 チラリと覗く太ももと合わせて高得点を叩き出している。


「お前、その格好で旅するつもりなのか?」


「そうじゃ? 何か問題でも?」


「いや……問題は……ない」


 むしろ『ありがとう』と言いたい!


 周りを見渡すと、須佐之男命すさのおのみことの姿もあった。


 肩当て付きの甲冑に、膝丈の防具が付いたスカート風の装い。

 そしてノースリーブのレザーチュニックから覗く猛々しい筋肉。

 背中には大剣を背負い、頭にはシンプルなバンダナ。

 なんとも野性味あふれる姿――


「……まるで山賊だな」


 須佐之男命すさのおのみことは豪快に笑い、腕をぶんぶん振り回してみせた。


 その時、不意に後ろから声をかけられた。


「なぁなぁ、オイラは? オイラはどうだい?」


 振り向くと、白と紺色を基調とした狩人風の服装を纏った少年。

 真っ白なショートヘアーに狐の耳。

 背後の大きな尻尾は、日の光を受けて輝いている。


「えっと……キミは、何神様だろ?」


「オイラ、稲荷神いなりのかみだよ。どう? カッコいいだろ?」


 稲荷神いなりのかみは、可愛らしくクルリと一回転する。


「……カッコいいっていうか、可愛いっていうか」

 思わず呟くと、稲荷神いなりのかみは狐耳をピンと立て、得意げに笑った。


「だろ? だろ?! も~っと褒めてもいいんだぜ!

 っていうか、ユウキだけそのままなんだな」


 そう言われて、自分の服装に目を落とす。


 学園のブレザー姿。靴は革靴。

 とても冒険に出るような格好ではない。

 早々に装備を買い揃えなくては。


 買い揃えるといえば、そうだ。先立つモノ(お金)が無い。


 異世界旅行を計画したのは、天照大御神あまてらすおおみかみだ。

 神様だというし、旅の資金はたんまり持ってきているだろう。

 必要経費として、どうにかしてもらうとしよう。



 早速、相談しようとしたところ、


「ふむ……これは、どうしたことじゃろう」


 天照大御神あまてらすおおみかみは腕を組んで、なにか悩んでいる様子だった。


 彼女につられて周囲を見渡してみる――


「あれ?」


 あんなに大勢いた神様たちの姿はなく、須佐之男命すさのおのみこと稲荷神いなりのかみ、そして影が薄い神が二、三柱ほど。


「もっと大勢いたはずなのに……他の神様たちはどこへ行ったんだ?」


 天照大御神あまてらすおおみかみは悠然と手をヒラヒラさせた。


「わからん。初めての異ノ国転移ゆえ、少々手違いがあったようじゃな。

 しかし、案内役のそなたが共におるのだ。問題はなかろう」


「何度も言うが、俺はこんな世界、詳しくはないからな」


 そんな俺の呟きには耳を貸さず、須佐之男命すさのおのみことが大きく伸びをした。


「まあいいじゃねえか! この旅を楽しもうぜ!」


「オイラもワクワクするなあ!」


 稲荷神いなりのかみは目を輝かせながら、草むらから奇妙なキノコを引っこ抜いて匂いを嗅いでいる。


 見たことのない、うっすら青く光る、不気味なキノコ……。

 やっぱり、ここは異世界なのだろう。


「よし、ユウキ! まずは宿じゃ! 豪華な温泉宿が良いぞ! 案内せい」

「いやいや、まずは飯でしょ! この世界にどんな珍味があるのか、早く探しに行こうよ!」

「お前ぇら何言ってやがんだ! まずは壮絶バトルだろうがよ! 敵はどこだー!! ユウキ! 案内しろー!!」

 ……口々に言いたい放題だ……


「ちょ、待て待て!

 えっと……異世界……異ノ国? もう面倒だ。どっちでもいいや。

 異世界だろうが海外だろうが、旅に欠かせないのは、お金だ!

 この世界のお金は持ってるのか?」


「お金、とな? わらわは財布など持たぬ主義じゃ。

 案内役なのだから、お主が用意すべきであろう」


 天照大御神あまてらすおおみかみは腕を組み、高飛車な視線を投げつけてくる。

 組んだ腕に、たゆん♡と乗る豊満な胸から目が離せない。


「んなっ……」


 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 理不尽極まりないことを言われているのに、なんなんだ、この敗北感は。


「財布なら、月読つくよみの姉者が用意してたぜ?」


 そう言いながら、須佐之男命すさのおのみことが辺りをキョロキョロと見渡している。


 月読つくよみの『姉者』?

 月読命つくよみのみことってだっけ?

 そういえば、雲の上では、天照大御神あまてらすおおみかみと双璧を成すように、しかし天照大御神あまてらすおおみかみとは対照的に、おしとやかそうな女神様がいたな。


 須佐之男命すさのおのみことと一緒に辺りを見渡した。

 だが、それらしい姿は見当たらない。


 はぐれた――ってことか。


 この、どことも知れない異世界で、バラバラに……。


「つまり、俺たちは今、一文無しで知らない世界にいる、と……」 


 神々とのぶらり旅。


 連日連夜、大盤振る舞いの宴席で盛り上がる――。


 そんな日々を夢見ていた時期が、俺にもありました……。



「と、とにかく、まずは町を目指そう。

 人が居る場所へ行けば、何かがどうにかなるかもしれない」


 遠くに見える町を指差した。


「うむ。さすがわらわが選んだ案内役じゃ」

「旨い飯あるかなぁ」

「物の怪、モンスター、盗賊でも何でもいい! 早く戦わせろ!」


 とか何とか言いながら、俺たち一行は異世界、異ノ国で最初の町へ向かって歩き出した。

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