日本神話は終わらない

角山 亜衣(かどやま あい)

異ノ国編

第1話 不運極まる

♨カポ~ン♨



 湯けむりが立ち昇る露天風呂──


 大笑いしながら、豪快に湯を掻き回す筋肉隆々の大男。


 その周りを、狐の耳をした子どもが楽しそうに犬かきで泳ぎ回る。


 そんな彼らを眺めながら、湯船の縁に腰かけていた俺のすぐ横を、

 平然と通り過ぎてゆく絶世の美女──。


 美女!?


 絹のような黒髪が腰まで流れ落ち、

 豊満な胸元は、隠されることもなく露にされている。


 湯けむりの向こうで揺れるを前に俺は……

 俺は──



♨カポ~ン♨



刻は少し遡り──



 俺、御手洗 勇幸みたらい ゆうきは、

 圧倒的に不運に愛された高校生男子だ。


 誰だ? 『おてあらい』って読んだヤツは。

 『』だ。いいか、俺を便所と同義に呼ぶんじゃないぞ。



 東京都下にある、神楽丘かぐらのおか学園。

 この学園に入ってからというもの、不運の連続だ。


 例えば、上履きのゴムが切れる。靴紐じゃなくてが、だ。

 今履いている上履きは、既に三足目だ。

 これも今朝切れたので、ガムテープで補強して履いている。


 教室のドアを開けるとガタリと外れて倒れ掛かってくるし、

 水道の蛇口を捻ればポロリと外れて水浸しになるし、

 理由もなく不良グループに絡まれることもしばしば……。


 くじ運だって最悪だ。

 商店街の福引ではポケットティッシュすら当たらなかった。



 しかし、今!


 これまでの不運を払拭するがごとく、

 俺は駆け抜けている! 廊下を!


 四限目の終わりを告げるチャイムと同時に教室を飛び出し、

 売店を目指す!


 狙うは学園の名物『あんかけ焼きそばパン』

 いつも競争に負けて、売れ残りの『あんパン』を買う羽目になっていたが、


「今日こそは頂くぜ!!」


 カッコ良く叫んだ、次の瞬間──


 上履きの靴底がベロンと剥がれ落ちた。

 思わぬ出来事に失速、転倒、挙句に後続の連中に踏まれるわ蹴られるわ☆彡



 そうして、満身創痍で辿り着いた売店。

 当然、お目当ての『あんかけ焼きそばパン』は売り切れていた。


「大丈夫かい? 見ていたよぉ」


 売店のおばちゃんが優しく声をかけてくれる。


「ほれ、可哀そうなあんたに、取っておいてやったよ」


 そう言って差し出されたのは、『あんパン』だった。


「お前さん、いっつもコレを買ってってくれるだろ?(ニッコリ)」


「(おばちゃん……違うんだ。いつも『売れ残りそれ』しか買えないんだよ……でも、)

 あ、ありがとう、ございます」


 やはり、俺の不運は今日も絶好調らしい。





学校帰り──


 バイト先のコンビニエンスストアへと向かう。

 今日はお待ちかねの給料日だ。


 都会での生活に憧れて、東京の高校へ進学することはできたが、

 待っていたのは、狭いオンボロアパートでの貧乏な一人暮らし。

 親の仕送りとアルバイトで何とか生活している。




【 閉店します。探さないでください 】




「……は?」


 到着したコンビニエンスストアはシャッターが下りていて、

 閉店を知らせる手書きの張り紙が……。


「おーっとぉ、そんな……聞いてないぞ?」


 昨日は普通に営業していた。

 店長はいつも通りで「明日も、よろしくね」と笑顔だったのに。


 スタッフ用の裏口は施錠されていた。

 無駄と分かりつつドアを叩いてみたが、やはり返事はない。


「給料……」


 給料は毎月、現金を手渡しされていた。


 諦めるしかないのか?

 『探さないでください』って……夜逃げか?


 連絡先へ電話してみても、誰も出ない。


 どうすればいい、なにかできることは……。

 そもそもこんなのって、イチ高校生がどうにかできるのか?

 考えてみても答えなんか出ない。


 ひとまず、オンボロアパートへ帰ろうとした、

 その時──



 ドゴッ★彡



 脳天に激しく鈍い衝撃を受けて、俺はその場に倒れ込んだ。


 不意打ちの衝撃たるや……。


 薄れゆく意識の中で、ソフトボールくらいの黒い玉が見えた。


 こいつが俺の頭に当たったのだろうか。

 その玉には、金色の筆文字で『厳』と書かれていた。


 なんだよ……『厳』って……


 ──────────

 ──────

 ──

 ・

 ・

 ・





 気が付くと、雲の上に倒れていた。


 『はぁ?』と思うだろうが、間違いない。

 雲の上としか形容できない。

 実態があるようでない。そして、ふわっふわしている。


 俺は死んだのか? 訳も分からず『厳』の玉に当たって……。


 それじゃ、ここは……死後の世界。

 だとしたら、どうか、天国であってくれ。


 起き上がろうとした、その時、

 背後から女の声が高らかに響いてきた。



「ようやく目覚めたか、案内役よ」



 振り向くと、神々しい和風の衣装をまとった一団がずらり並んでいる。

 彼女ら(彼ら)の後ろには、神社のような壮大な建物がそびえている。

 見上げてみても、光に霞んで、てっぺんが見えないほどの大きさだ。


 今、『案内役』って呼ばれたのか?


「案内役……って、なんの?」


「ふふふ、驚くのも無理はない」


 しなやかな黒髪をなびかせた美女が一歩前に出る。


 俺の語彙力のなさがアレだが、

 巫女さん衣装を百倍豪華にしたような、それでいて薄手の生地。

 もにょん♡と揺れる大きなお胸が、今にもはみ出しそうだ。

 それと見逃せないのはチラりと覗く太ももだ。

 どちらも、俺の視界を強制的に奪っていく。


 その美女は豊満な胸を強調するかのようにポーズを決めて、俺を見下ろす。


 顔立ちは整っているが、ちょっと……いいや、高飛車な雰囲気が溢れ出している。


わらわは、天照大御神あまてらすおおみかみ

 太陽を司り、八百万やおよろずの神々の頂点たる神ぞ。

 そして、おぬしはで選ばれた、異ノ国への案内役、ユウキである!」


 パアアァァ☆と後光が差す。


 言葉の意味を理解するよりも先に、彼女の高慢ちきに微笑む顔が視界に焼き付く。


「眩しっ! た、確かに俺はユウキだけど!

 神? 抽選? 案内役? 突っ込みどころ多すぎだろ!

 異ノ国ってどこだよ!?」


 慌てて言葉を返すと、天照大御神あまてらすおおみかみは涼しい顔で頷いた。


「まずは感謝するのじゃな。

 わらわのじゃぞぉ~?

 未来永劫、光栄に思うがよい!」


 またしても、 パアアァァ☆と後光が差す。


 その堂々たる態度に、俺はただ唖然とするばかりだ。

 こいつ、自分を神だと言ったが、アホなのか?


「訳も分からず、感謝もクソもあるか! どこにあんだよ、異ノ国ってのは!」


 俺の態度が理解できない、とでも言いたげな表情を見せた天照大御神あまてらすおおみかみは、ひとつ溜め息をついて説明をはじめた。


「ふぅ~。順を追って説明せねば解らぬようじゃの。

 よいか、『異ノ国』というのは、そうじゃのぉ……。

 お主らの国では『異世界』と呼んでおる場所じゃ」


「異……世界……転生とか転移とかの、あの異世界か……。

 じゃあ、やっぱり俺は死んだのか……厳の玉を喰らって……」


「おぬしは、死んでなどおらん。

 此度こたびわらわたちは『異ノ国観光旅行』という一大計画を立てたのじゃ。

 観光には案内役が必要であろう? じゃ、

 その案内役を決めるために、選んだのじゃ」


「案内役だと? そんなものに応募した覚えはないぞ。

 なんで応募もしてないのに、俺が当選したみたいに言われてんだよ?」


「ふふふ、それはじゃな――」


 天照大御神あまてらすおおみかみは、袖の中からソフトボールくらいの黒い玉を取り出して見せた。

 その玉には、金色の筆文字で『厳』と書かれていた。

 くるりと回すと『正』の文字が……


「ああ! そ、その玉っ!」


「このなる玉をじゃな、わらわ葦原中つ国あしはらのなかつくに……おぬしらの住む国にほうったのじゃ。

 それが、見事そなたに命中した! という訳じゃよ」


ほうったって……ただ投げただけ!? そんな雑な方法で!」


「雑とは何じゃ! わらわがこの手で放ったのじゃぞ!

 これはもう、であろうに!!」


 天照大御神あまてらすおおみかみはムッとしながら豊満な胸を震わせ、地団駄を踏んだ。


「ガーッハッハッ! 姉者あねじゃのやるこった。深く考えるだけ無駄だぜ!」


 天照大御神あまてらすおおみかみの後ろから、筋肉隆々の大男が大笑いしながら歩み出てきた。


「俺ぁ、須佐之男命すさのおのみことだ。

 ふむ。ユウキとやら。

 天照の姉者が選んだだけあって、良い目をしてるじゃねぇか」


 天照大御神あまてらすおおみかみの次は須佐之男命すさのおのみこと……。

 俺は頭を抱えた。


 ん?


 頭頂部に大きなコブが出来ている。


 俺は天照大御神あまてらすおおみかみが手にした『厳正な玉』を睨みつけた。


「つまり、俺はテキトーに選ばれたってことか……」


「テキトーではない! 厳正に選んだのじゃ!」


 くじ引きの類で当たったことが無いのに、

 なんだって、こんなのに当たるんだか……。


「ひとつ、聞いて良いか?

 異世界……異ノ国? そこを旅するってのは、こう、目的とかあるんだよな?

 まさか、魔王討伐とかじゃないよな?」


 天照大御神あまてらすおおみかみはキョトンとした顔で答える。


「もちろん、そんなものはないぞ? ただの観光じゃ。

 もしも、民を苦しめる輩がおるのなら、成敗しても良いが、

 それを決めるのも案内役であるおぬしの役目じゃ」


「まさかの丸投げ!?」


「最近の若者は『異ノ国』には詳しいのじゃろ?」


「『異世界』つったって色々あんだよ!?

 行ったこともねぇのに、道案内なんてできねーよ!」


「ふむ。しかたないのぉ……。ならば、それでも構わぬ。

 知らぬ土地のも一興であろう」


「……良いのかよっ」


 天照大御神あまてらすおおみかみの後ろに居る連中も、

 名のある神々なのだろうが、


「何処だっていい! 激しいバトルだ!!」

「旨いもの食べ歩くぞ!」

「美肌……温泉……」

 ……やいのやいの……

 と、好き勝手なことを言って盛り上がっている。




 もはやこの状況から逃れることは叶わないと悟った。

 そして同時に、今の貧乏生活が脳裏をよぎる。


 日々、学校とバイト先を往復し、食事はバイト先の売れ残りか特売のインスタント食品ばかり。

 オンボロアパートで湿気を吸った重たい布団で眠る毎日。


 しかもバイト先のコンビニは閉店してしまったので、

 早々に新しいバイト先を探さなければならない。


 対して、目の前にいる豪華な装束を纏った神々とのぶらり旅。

 連日連夜、大盤振る舞いの宴席で盛り上がる様が思い浮かぶ。


「(神様と一緒なら異世界でも危険は無さそうだし……よいかも)

 ま、まぁ、悪くはなさそう、だな」


 俺は小さく呟いた。


 神々は、そんな俺の心の内を知るよしもなく、出立の準備を進めていた。

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