第37話 風と雷
――神楽の湯宿、大広間――
夏休みの宿題を共に片付けよう! という名目で集まったいつもの面々。
本来なら、ビルの谷間に沈みかけた太陽が、空を茜色に染めている時間帯。
だが――
窓の外は真っ暗だった。
暗雲が低く立ち込め、空を覆い尽くしている。
ガタガタガタッ……!
ビシィンッ!!
窓枠が悲鳴を上げるように揺れ、叩きつける雨がガラスを白く濁らせる。
時折、稲光が走り――
ドォンッ……!!
わずかに遅れて、雷鳴が腹の底に響く。
絶賛、大型台風直撃中なのである。
宿題などそっちのけで窓に張り付く不良三人組――。
ノートを広げてはいるが筆を進めることなく、
その
部屋で寝ていればいいのに……。
タブレットで台風のライブ映像を食い入るように眺める太田――。
外が光るたび、「ひゃぁあ~」と小さく悲鳴を上げる西園寺――。
山のように出されていた宿題を、すでに粗方片付けてしまったという鈴木は、
そして俺は……、そんな面々を観察しながら、ただボーっとしてる。
異ノ国でも味わった、何とも言えない虚無感――。
「……なーんか、静かだなー」
時折、
娯楽室の方からは、ジャラジャラと麻雀牌を回す音と「あはは」「いひひ」と笑い声が響いてくる。
窓枠が上げる悲鳴も、いよいよ本気を出して勢いを増し始めている。
「……どこが静かなんだ?」
「いや、騒がしくはあるんだけど、なんつーか……こう……」
「はっはーん? ユウキ、お前ぇ、またあれだろ? 天照の姉者がいねぇから」
視界の隅で、西園寺がピコンと反応したのが見えた気がする。
「え、い、いや? あ、そうだ!
アマテラがいないせいで天気が悪いんじゃないのか?」
「ああ? 逆だ逆。こんな天気だから姉者は」
ひと際激しい閃光と、ほぼ同時に鳴り響く落ちた音。
そして、直後に、部屋の照明が消えた。
「きゃぁ!」
「あー、こりゃ、落ちたね」
「停電でござるな」
「月読さん、安心してください。ボクがあなたをお守りします!」
「御手洗くん、どこー?」
目が慣れてないのもあるが、まだ夕方だというのに真っ暗闇に包まれた。
「
暗闇の中、静かに透き通るような声が響く。
「呼ばれたべか?」
「ちょっとこの紐の端を握っていてもらえぬか?
そう……、ぎゅっと……、そうです」
パッ
子洒落た花柄のスタンドライトが灯る。
コンセントの端を握りしめているのは、小太りの少年のような姿の
「ほほぅ……これは、なかなか便利でござるな」
太田が感心したように頷く。
「オラ、発電機みたいなもんだべか?」
「ふふ」
ぼんやりと橙色に照らされた広間。
完全な暗闇ではなくなったことで、さっきまでの緊張感が、少しだけ緩んだ。
「でもさー」
鈴木が、ぐるりと周囲を見回しながら言う。
「これじゃ、宿題は続けられないですね」
「この雰囲気だったら――怪談とか」
シンとなる広間。
ガタガタと揺れる窓枠。
そして――
ガシャーン!!
湯宿の奥から、ガラスが割れる音が響いてきた。
「うおっ!?」「今度はなに!?」「割れた!」
耳を澄ますと、ガタンと何かが床に落ちる音や、
カラン、カラカラーと空き缶が転がるような音も響いてくる。
「何か落ちたな」「湯宿の中だな」「行ってみっか!」
さすが、恐れを知らない不良三人組。颯爽と暗闇の中へ踏み出した。
「俺たちも行ってみよう。
一応、
「構いません。皆で行くとしましょうか」
「じゃあ、月読さんはボクの後ろへ。月読さんを危険な場所に近づけるわけにはいかないからね」
なんとなく九条が先頭を切って、その後ろに電気スタンドを持った
俺たちの後ろから、西園寺、鈴木、太田と続き、殿は
ふと視線を感じて見下ろすと、
「なんだか、懐かしい『気』を感じるんだな」
以前、
「海行ったときが『初めまして』だったよな? 今更だけど、改めてよろしく」
ピシっと静電気が走った。
◇
各自、スマートフォンのライトで足元を照らしながら湯宿の奥へ向かうと、
長い廊下の途中で、立ち止まっていた不良三人組と合流した。
そこには、黄色と黒のテープが張られている。
『立入禁止』の文字。
「この先は……旧校舎のまま、だね」
西園寺が、小さく呟く。
廊下の奥から、ビュオビュオと風が吹き込む音が響いてくる。
「じゃあ、割れたのは旧校舎の窓か――」
その時、ゴウゴウ、ガタガタという音に混ざって『きゃはは』と子どもの笑い声が響いた。
「聞こえたでござるか!?」
「行ってみよう!」
黄色と黒のテープを潜り抜ける。
「お、おい! 『立入禁止』なのに、いいのかよ!?」
ねじり鉢巻きが小声で叫んだ。
振り返ると、不良三人組がテープの外側で固まっている。
「……お前ら、もしかして……」
「び、びびってなんかねぇからな!」
「勘違いすんじゃねーぞ! コラァ!」
学ランとリーゼントが小声で叫ぶ。
やはり……。
あれだけ窓に張り付いて、雷だ暴風だと盛り上がっていたのに、こっち系は苦手らしい。
三人は放置して、旧校舎の奥へ、音のする方へと進む。
旧校舎の廊下は、古い木造独特の埃っぽい匂いが立ち込めていた。
急に空気が冷たくなった気がする。
少し進むと、『理科室』のプレートがガタガタと揺れていた。
「ここだな」
九条が呟きながら振り返る。
その視線を『開けるぞ』と言っていると受け取り、黙って頷く。
西園寺が俺の腕をぎゅーと掴んでくる。
……ちょっと痛い。
九条は、
ガラ、ガラ、ガラガラ……
ビュォオオオ――!!!
「わっぷ!」「きゃぁあああ」「うわぁっ」
扉の隙間から、激しい風が吹きつけてきた。
スマートフォンのライトで室内を照らすと――
骨格標本が、宙を舞っていた。
カタカタと手足を鳴らしながら、天井近くをぐるぐる回っている。
その下では、人体模型がズル……ズルズル……と床を這うように動いていた。
「ぎゃあああああ!!」
「出たー!!」
「ほ、骨が飛んでるー!!」
「人体模型が動いたでござるぅぅ!!」
一斉に悲鳴が上がる。
西園寺が俺の腕にしがみつき、九条は
俺も一瞬、心臓が跳ねたが――
よく見ると、骨格標本と一緒に宙を舞っている奴らがいる。
「きゃはははっ! もっともっとー!」
風の渦の中で、楽しそうに両手を広げている
「ほらほら、もっと回るぞー!」
この竜巻を起こしている張本人だろう。
「……何、やってんだ……お前ら……」
一同、その場にへたり込んだ。
◇
その後、旧校舎探検だの、停電の中での怪談大会だの、電気が戻ってからは宿題の追い込みだのと、いろんなことがごちゃ混ぜになって夜も更けていった。
台風は夜中じゅう暴れ回り、窓を叩く雨音と風の唸り声は、明け方近くまで止まなかった。
◇
――翌朝――
台風一過。
昨夜の暴風雨が嘘だったかのように、空は気持ちよく晴れ渡っていた。
眩しい朝日が、神楽の湯宿の大広間に差し込んでいる。
「おおー……」
そこには、大の字になっていびきをかく
しかも、その両手のひらを枕にするようにして、
「なんだこれ……なんだか、親子みたいだな」
思わず漏れた俺の声に、背後から答える声があった。
「ふふ、似たようなものじゃ」
振り向くと、そこには、朝日を背にした
「アマテラ! 昨日はどこ行ってたんだ?」
「……む」
なぜか、
「ず、ずっと自室におったぞ?」
「へぇー?」
なんか怪しい。
窓の外を見る。
昨日の台風、雷、暴風雨――。
それからもう一度、
「……もしかして、台風、苦手なのか?」
「な、なんのことじゃ!」
「あ……図星?」
「違うわ!
露骨に声が上ずっている。
そうか。
太陽を司る神の意外な弱点――。
神とて万能にあらず、大自然には勝てない……と。
なんだか妙に納得してしまった。
「ところで、スーさんとフータたち、親子みたいなものって?」
「ふむ。
「昔、弟者が
「え? じゃ、じゃあ、スーさんって、パパなの?」
「そういう親子関係とは、ちと違っての……神の生まれ方には色々あるのじゃ」
『色々』を聞いてみたかったが、とりあえず「ふーん」と頷いて見せた。
「こやつら最初は、ただ暴れ回る風と雷そのもののようなものじゃった。
形も曖昧で、意志も幼くてのぉ。
じゃが――」
「ある神と出会ってから、あやつらは変わっていった」
その言い方に、胸の奥がピリっとした。
「ある神って……」
「
朝の光の中で、
「弟者が遺した力を、ただの荒ぶる神ではなく、共に在る神として受け止めたのが、タヂカラじゃった」
胸が、どくんと鳴った。
「タヂカラは、あやつらとよく共におった。鍛え、競い、笑い合い……」
その時、
『……かかってこいー……むにゃむにゃ……』
寝言――か?
しかし、それだけではなかった。
ドゴッ!
ゴロゴロゴローッ!
「アイタタタッ!?」
「なんだべー!?」
……二柱とも、無事なようで。
その様子を見て、口元を隠しながら爆笑する
その笑顔は、今日の朝日よりも眩しく思えた。
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