第38話 夏祭りの神さま・前編

「神坂町夏祭り! ユウキよ、祭りじゃ!」


 天照大御神あまてらすおおみかみが、町で配られているチラシを手に叫んだ。

 神とくれば、やはり、お祭り好きらしい。


「祭りだと!?」

「夏祭り!」

「ほほぅ……」


 須佐之男命すさのおのみこと稲荷神いなりのかみはともかく、月読命つくよみのみことまでも興味を示している。


 当然、天宇受賣命あまのうずめのみことも――


「ちょすちょす♪ 祭り? アタイの出番じゃーん♡」

「……隠せよ。ちぃパイ」


 天宇受賣命あまのうずめのみことの旦那、寡黙な猿田彦命さるたひこのみことは今日もいない。


 風神かぜのかみ雷神かみなりのかみも、姿を見せない。

 ちょいちょい出掛けているみたいだ。


 とにもかくにも、集まれるメンバーで一緒に行こうと盛り上がった。





「あれ? アマテラ、今日は高校生モードなんだな」


「うむ。大人の身体だと、ちと胸がのぉ。窮屈なのじゃ」


 でしょうね。

 深紅の浴衣には太陽と雲文様、白金の帯がよく似合っている。


 月読命つくよみのみことも高校生モード。

 深い藍の浴衣には月と星の柄があしらわれていて、

 銀色の帯が神格感を漂わせている。


「祭り♪ 祭り♪ 夏祭り♪」


 稲荷神いなりのかみは、白と赤の浴衣だ。

 狐の面が描かれている。

 真っ白な帯も似合ってるじゃないか。


 意外だったのは天宇受賣命あまのうずめのみことだ。


 オレンジに花火柄の、ちゃんとした浴衣。

 はだけていない!

 ちょっと足が出すぎてる感はあるが、まぁ許容範囲だ。



 鈴木と太田は、ひと足先に会場入りしているそうだ。

 九条は当然の如く、月読命つくよみのみことに張り付いて、キザなセリフを浴びせ続けている。


 海での一件で甘い展開が期待されたものの、翌日には月読命つくよみのみことの態度はすっかりいつもの塩対応に戻っていた。



「御手洗くーん♡ おまたせー」


 西園寺は、淡いピンクの紫陽花あじさい柄の浴衣で現れた。


 天照大御神あまてらすおおみかみたちと比べてしまっては、特段華やかな浴衣ではないが、モデルが良いだけに、とてもよく似合っている。


「あ、大神さんたち、今日は高校生なのね? それでも……」


 うむ。胸の大きさには差がありすぎる。


 しかし西園寺、天宇受賣命あまのうずめのみことには負けてない。

 負けてないぞ。





 町にある古びた神社が夏祭り会場になっていた。

 なかなかの人だかりだ。


「神坂神社……初めて来たなぁ」

「あたしは小さい頃、よく遊んでたよ♪」


 西園寺は地元だもんな。


「どんな神様が祀られた神社なんだ?」

「えっとー、えっとー、わかんない」


 すると、天照大御神あまてらすおおみかみが鳥居を見上げながら囁いた。


国之常立神くにのとこたちのかみ、じゃな。これは珍しい……」


国之常立神くにのとこたちのかみ? あんまり聞いたことのない神様だな」


「そうじゃな。この国の大地を創り、守り続けていると言われておる」


 さすがは神様だ。わかるんだな。


「ここの神社の神主さん、もう十年以上前に亡くなられちゃって、それからは今日みたいなお祭りの日とか、年末年始とかに、他所から神主さんが来てくれてるんだよ」


「へぇ~。じゃあ普段は無人なんだ」

「うん。町の人が管理してくれてるみたいだよ」


 寂れた神社か。

 一瞬、異ノ国で朽ち果てていた神社を思い出した。


 でも今、ここは大勢の人たちで賑わっている。

 どれだけの人が国之常立神くにのとこたちのかみを知っているのかは、分からない。

 けれど、今夜くらいは国之常立神くにのとこたちのかみも祭りを楽しんでいるかもしれない。

 そんなことを勝手に想像していた。


 提灯の光、セミの声、遠くから聞こえてくる太鼓の音。

 そして屋台の匂い。


 たこ焼き、焼きそば、フランクフルト。

 射的に、お面に、金魚すくい。

 でっかい電球の形をしたボトルに入ったソーダ水。

 小さい頃は大好きだった、わた飴。


 立ち並ぶ露店の中ほどまで来たところで、周辺が騒がしくなってきた。


 神社の広場へ向かおうとする群衆に、ぐいぐいと押される。


 ドクン。


 この胸の鼓動、高鳴り。覚えがある。


 何かに取り憑かれたような、正気を失ってそうな目をした男たち。

 間違いない。

 天宇受賣命あまのうずめのみことが、踊っているんだ。

 バフ効果を振りまいて……。


 もみくちゃにされているうちに、みんなとはぐれてしまった。


「わっぷ……み、御手洗くん!」


 手を差し伸べて引き寄せる。


「西園寺! よかった。他のみんなとは完全にはぐれちゃったな」

「ふぇぇ~、みんな急にどうしちゃったんだろ? 有名人でも来てるのかなぁ?」

「ははは、きっとそんなとこだ」


「ねぇ御手洗くん。あたし、ちょっと人混み酔っちゃったみたい……」

「ああ、俺もちょっと疲れちまった。少し静かなとこで休もうか」


 俺たちは屋台の灯りから離れ、人通りの少ない神社の横へ移動した。

 祭囃子まつりばやしの音が少し遠くなった。


 さっき食べた焼きそばの味がどーだったとか、

 アメリカンドッグには砂糖かケチャップかとか、

 そんな他愛もない会話を続けていたが、ふっと言葉が途切れた。


 提灯の灯りが、風に揺れる。

 なんだか緊張した空気を感じる。


 西園寺は、さっきから何度か口を開きかけては閉じている。

 俺も落ち着かなくて、視線を泳がせていた。


「……御手洗くん、あのね」


 西園寺が小さな声を震わせる。


 顔を上げた西園寺と、目が合う。


 いつもの明るい笑顔じゃない。

 少しだけ震えた瞳で、まっすぐ俺を見ていた。


 そして――


 西園寺が、ゆっくりと息を吸った。


 その時、


『いやぁ~若い者はいいやねぇ~』


「うわぁあ!?」

「え?」


 いつの間に現れたのか、

 俺たちの背後の岩に、見たことのない老人が腰かけていた。


「な、なんだ、じいさん。びっくりさせんなよ」

『なんだとはなんだ。随分なご挨拶じゃねぇか。え~?』


 この現れ方……昔語りの老人に似ている。この老人も神様なのか?


『普段はだーれも来ない寂れた場所によぉ、正月と夏だけこんなに集まってよぉ、騒がしいったらねぇよな』


 ……口の悪い老人だ。


『だいたい、お前さんがた、この神社が誰を祀ってるかも知らんのだろう?』


「あ、えっと、国之常立神くにのとこたちのかみっすよね。大地の神様とか」


『おお? なんだなんだ、お前さん。よく知ってるじゃねぇか。若ぇのになぁ』


「は、はあ、まぁ、友人の受け売りだけどね」


『そうかそうか。せっかくだから、このジジイのボヤきを聞いてってくれよ。な?』


「え、ええ」

「御手洗くん……?」

 西園寺が心配そうに見上げてくるが、大丈夫となだめる。


『まったくよ~、ここが誰の神社かも知らねぇで拝んでくヤツが多いのよ。

 こないだなんてよ、ボロっボロな車転がしてきて「事故に遭いませんように」なんて、お前、交通安全の祈願だよ。こちとら大地の神だっつーのによ』


 あ、やっぱ神様だった。しかも、国之常立神くにのとこたちのかみご本人だ。


『なー、そのボロ車を、ちょっと見てみりゃなんだ。オイルは換えてねぇわ、ブレーキパッドはすり減ってるわで、いつ事故ってもおかしくねぇってもんよ。こっちは自動車整備士じゃねぇっつーの。なんだかわからんけどプラグ抜き取ってやったわ。カッカッカッ』


「あは、はははは」


 まぁ、プラグを抜かれたなら車は動かず、整備工の世話になっただろうから……

 結果的に祈願は達成された……のか?


『あれも多いのよ。恋愛成就。こんなジジイに愛だ恋だとまぁ~。俺がもちっと若けりゃお前、相手してやってもいいがな? カッカッカッ。まぁ、そうもいかねぇし。大好きな先輩が何かの試合で勝てますようにーとか言うからよ、安産の御守り持たせてやったこともあったな』


 ……よく喋るなぁ。


『したっけよぉ、数年後にな、子連れでお参りにきた家族がいてよぉ。あんときの安産の御守りぶら下げてなぁ。

 ――今思えば、いい時代だったなぁ』


 ボヤいてばっかだけど、良い仕事してんじゃん。

 すると、そこへ若い神主さんが現れた。


『またこんな場所で……ほら、祭事が始まりますよ』

『おお、もうそんな時間か。いやなに、良い若いもんに会ってな』


 老人、国之常立神くにのとこたちのかみは神主に手を引かれて、社殿へ向かう。

 最後に、

『お前さん、もうじき忙しくなるじゃろうが、まぁ――……頑張れよ』

 そう言い残して、すーっと姿が消えていった。


「御手洗くんってばぁ」と、西園寺に揺さぶられる。

「誰と喋ってたの? もしかして、オバケ?」


 え……西園寺には、視えてなかったのか。


「いやぁ……多分、神様だ」


 『もうじき忙しくなる』……また異ノ国へ行くとか言い出すのか?


 その時、社殿の裏手から、数人が言い争っている声が聞こえてきた。


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