第53話 なるように……

『あんた、まだ続けてるの? 朝はバナナ一本だけってやつ』

『バナナダイエットね。続けてるよ~』

『朝? バナナ一本だけなら足らんべさ~』

『毎朝、一本か二本ね。片手に乗るくらいでいいのさ』

『そしたら、バナナ一房乗るんでないかい?』

『……ヒメたちよ、ここはもう最前線なのだから、その話はそのくらいにして……』


 あいつら、理事長室にいた神たち!


「おおー、祓戸四神はらえどのししんではないか! ちょうど良き頃合いじゃ!」


「お待たせいたしました、天照さま。

 あれに見えるは厄災の神、禍津日神まがつひのかみですな。

 まさに我らの専門分野。あとはお任せあれ」


 スーツ姿の男神の気吹戸主いぶきどぬしが、丁寧に一礼する。

 初見でも思ったけど、燕尾服が似合いそうだ。


「――あらぁ!? ちょっと見てごらん、あれ!」

「えっ、うそでしょ……天照さんでないかい!?」

「ほんとだ! なにさあんた、若返ってんでしょそれぇ!」

「ちょっとぉ~、何食べたらそうなんのさ!? うちらなんか昨日の疲れが三日残るのに!」

「ほんとだぁ、穢れは流しても自分の疲れは流れんのにねぇ!」

「いやぁでも、さすがはお天道様だわぁ。肌つやが違うもの、肌つやが!」

「……皆さん、もう少し節度を……」


 かしまし女神たちは、やはり、かしましかった。


「したっけさ、先に片づけちまおうかねぇ」

「んだぁねぇ」

「あの子ら、なまらしんどそうだもの」

「……それではヒメたち、いきますよ」


 空気がピリツとして、祓戸四神はらえどのししんの雰囲気が変わった。

 スイッチが入った、という感じだろうか。


 四柱は横一列に並んで、悠然と歩きだした。


建御雷之男神たけみかづちのおのかみ殿、経津主神ふつぬしのかみ殿、あとは我らに任せて、お下がりください」


 気吹戸主いぶきどぬしが叫ぶと、禍津日神まがつひのかみは標的を変えた。


 無数の黒い腕が、槍のように鋭く、鞭のようにしなりながら、祓戸四神はらえどのししんへ向かって伸びてくる。


 それでも四柱は、警戒するでも構えるでもなく、足を止めることもない。


「おばちゃんたち……大丈夫なのか!?」


「ユウキよ。あやつらなら大丈夫じゃ。見ておれ」


 天照大御神あまてらすおおみかみに声を掛けられて俺は、今にも飛び出しそうなくらいに身構えている自分に気付いた。


「あ、ああ。でも」


 黒い腕が四柱を捉えようとした瞬間、

 見えない壁にぶち当たったかのように、ぐにゃりと折れ曲がった。

 泡立つように消える腕、白く弾ける腕、しゅわりと蒸発していく腕。


「……おお……」


 思わず声が漏れた。


 祓戸四神はらえどのししんは、何も起こっていないかのように、禍津日神まがつひのかみに向かって歩を進める。


「美味しいとこ、もっていかれたね」


 後ろから経津主神ふつぬしのかみの声がした。

 建御雷之男神たけみかづちのおのかみも戻り、悔しそうに唇を噛んだ。


「面目ねぇ……」



 ギキィィッ――!!


 禍津日神まがつひのかみが咆哮を上げた。

 悔しがっているようにも、楽しんでいるようにも見える。


 すると、禍津日神まがつひのかみの背から、何本もの黒い腕が噴き出した。

 腕は次第に太くなり、その数を増やして祓戸四神はらえどのししんに叩き込まれていく。が、どれだけ激しい攻撃も、祓戸四神はらえどのししんには届かない。


 しかし――


 キリがない。

 黒い腕は、どれだけ打ち消されても、尽きる気配を見せない。


 その時、月読命つくよみのみことが何か感じ取ったようだ。


「あれは……黄泉の国から、無尽蔵に穢れを引き上げております」


 気吹戸主いぶきどぬしが、それに応える。


「長引かせれば、こちらが不利になりますな。ならば――」


 気吹戸主いぶきどぬしが何か指示を送ると、かしまし女神たちは禍津日神まがつひのかみを三方から取り囲む位置に移動する。

 その容姿に反して、かしまし女神たちの動きは素早かった。


 気吹戸主いぶきどぬしは、禍津日神まがつひのかみの頭上へと舞い上がり、四柱が白い三角錐を描いた。


「我々が結界を張ります。その間に天照さま方は、黄泉の国へお進みください!」


 次の瞬間。

 三角錐は光の壁となり、禍津日神まがつひのかみを内側へと閉じ込めた。


 黒い腕が、光の壁へと叩きつけられる。


 だが――


 触れた瞬間、泡となって弾け、消えていく。


「抑え込みました!」


 上空からの声。


「今のうちに!」


「よし。弟者よ、月読、ユウキ、フータとデンスケも、遅れるでないぞ!」


「「おおー!」」


 天照大御神あまてらすおおみかみの号令とともに、俺たちは一斉に駆け出した。


「入り口までお供しますぞ!」

「俺も!」


 建御雷之男神たけみかづちのおのかみ経津主神ふつぬしのかみが並走する。


 祓戸四神はらえどのししんの結界の横を、一気に抜ける。


 いける――


 そう思った、その時。


 ピキキッ


 ガラスにひびが入るような、嫌な音がした。


 次の瞬間――


 パリィィィンッ!!


 三角錐の結界が、内側から弾け飛んだ。


「なっ――!?」


 解き放たれた無数の黒い腕が絡み合い、巨大な塊になって迫ってくる。


 建御雷之男神たけみかづちのおのかみ経津主神ふつぬしのかみが迎え撃とうとするが、あまりにも重く巨大な塊に弾き飛ばされてしまった。


 黒い腕の塊は、真っ直ぐに月読命つくよみのみことを狙って伸びてくる。


「ヤバ! フータ、デンスケ!」


 咄嗟に神威神装するが――


 間に合わない!?



 ズズ――――ン……



 土煙が舞い上がる。



「月読――っ!!」


 土煙の中に突進し駆け寄ると、月読命つくよみのみことは、無事だった。

 眼前には、せり上がった土壁が黒い腕を受け止めていた。


 その土壁の上から、聞き覚えのある声がした。


『……やぁれやれ、見てらんねぇや』


 見上げると、そこに居たのは老人。

 神坂神社にいた国之常立神くにのとこたちのかみだ。


「じいさん!」


『お前、あんときの人の子だな。やっぱ、なるようになったんじゃねぇか』


「え? なるように?」


『なんでもねぇよ。こっちの話だ』


 そこへ、天照大御神あまてらすおおみかみ須佐之男命すさのおのみことが駆け付けてきた。


「月読ー! 無事であったか!」

「ふぅ~焦ったぜぇ」


『ここは儂らが抑えとくから、お前らは、さっさと行きやがれ』


国之常立神くにのとこたちのかみ殿! 助けに、来てくれたのですね」


 天照大御神あまてらすおおみかみが敬語!?


『あー、いいから、いいから。散歩がてら寄ってみただけだ。ほれ、行った行った』


 三柱は深々と頭を下げて、駆け出した。

 俺も倣って、頭を下げた。


『兄ちゃん、天照の嬢ちゃんな、あれでいてか弱いとこあっから、お前が助けてやってくれ。な』


「……ああ。よ。アマテラは、俺が護る。

 じいさんも無理するなよ! こんどはお供え持って行くから!」


『おーそうか? そんじゃ、安産の御守りでも用意しとくか』


 国之常立神くにのとこたちのかみは、ニッと白い歯を出して笑った。





――黄泉の国へと続く道――


 空間が裂けて、闇の奥へと続く道が見える。


 その傍らに、巨大な岩が横たわっていた。

 須佐之男命すさのおのみことは、その岩を見て苦い表情を浮かべている。

 かつて、この道を塞いだ岩なのだろう。


「ユウキよ、心の準備は良いか?」


 天照大御神あまてらすおおみかみがニヤリと笑う。


「ああ、準備はとっくに出来てるさ! な、フータ、デンスケ」

「(おうよ!)」「(もちろんだ!)」

 イザナギの勾玉も呼応するように、熱く脈を打った。


 空間の裂け目へと進みかけた天照大御神あまてらすおおみかみは、足を止めた。


「……ひとつ、念を押すのじゃが……」


 須佐之男命すさのおのみこと月読命つくよみのみこと、そして俺へと視線を移し――


「この奥で何が起こっておるのか、まだ分かっておらぬ。

 そこで起こっておったことが、我らだけでは対処が困難だった場合であっても、皆で共に戻る。これは絶対の約束じゃぞ」


「……ああ、約束する」

「……約束します」


 須佐之男命すさのおのみことも、月読命つくよみのみことも、真剣な目をして答えた。


 そうか――三千年前は、天照大御神あまてらすおおみかみだけが、状況を知らされないまま突入して、その結果、天手力男命あめのたぢからおのみことがその身を楔として向こう側から封印したから。


 不安、なんだな。


「約束する。何があっても、皆で一緒に戻ろう」


 俺は、真っ直ぐ天照大御神あまてらすおおみかみに向かって応えた。

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