第39話 夏祭りの神さま・後編
社殿の裏手へ回り込むと、そこは祭りの喧騒から切り離された、別世界のような静けさに包まれていた。火の落ちた提灯が風に揺れ、月明かりだけが地面を白く照らしていた。
踏み固められた土の広場。
中央は四角く盛り上がっている。
そこに、数人の影が立っていた。
不良三人組と、例の隣のクラスの二人組だ。
なにも祭りの日にまで揉めなくてもいいだろうに。
「あれ? 石川くんたち……だよね」
俺の後ろに隠れていた西園寺が、ひょっこり顔を出した。
「あ! ここって、昔はよく相撲大会やってた場所だよ。懐かしい~」
「へぇ……あ、あれ、土俵なんだ。草生えちゃってるけど、もう使われてないのか?」
「うん~。何年か前に怪我しちゃった子がいたとか……噂だけどね」
俺たちがそんなことを話していると――
「誰だ! んなとこでコソコソしてんなよ!」
学ランの怒鳴り声が飛んできた。
「イチャついてんじゃねーぞ! こらぁ!」
リーゼントが喚く。
「おうおう……あ、あれ? 御手洗じゃね?」
近づいてきたねじり鉢巻きと目が合った。
「やあ。お前らさ、せっかくのお祭りなんだから、喧嘩とかやめろよなぁ」
無駄だとは思うが、一応言ってみる。
「なんだ、御手洗と……西園寺か」
「ほっといてくれよ。御手洗ー。こいつらとは決着つけねぇと」
あいつらのことはよく知らないが、二人組の方が喧嘩は強いらしい。
今も余裕ぶってニヤニヤと煽っている。
「なんだ? 助っ人か?」
「雑魚は群れなきゃ何もできねぇんだなぁ~」
西園寺が俺の腕をぎゅっと掴む。
視線を向けると、不安そうに首をぶんぶん横に振っていた。
大丈夫。俺は手を出さない。
そう西園寺に視線で告げて、俺も土俵に上がってみた。
朽ちた縄が辛うじて円形を維持している。
「だったらさ――せっかく土俵もあるんだ。相撲で勝負ってのは、どうだ?」
ぐるりと全員を見回し、最後に土俵の中央を指さした。
「誰だお前? 何勝手に仕切ってんだよ」
鼻にピアスを通してるヤツが睨みを効かせてくる。
「今日は祭りだろ? 喧嘩するよりいいじゃないか。それとも――
相撲じゃ、こいつらに勝てないのかな?」
と、鼻ピアスを睨み返して煽ってみる。
「ふっ。乗ってやんよ。あいつらぶっ倒したあとは、お前もだかんな」
バズカットにラインを入れたヤツが割り込んで、凄みながら顔を寄せてくる。
鼻先が触れるほどまで寄せてくる……。
「……いいだろう。あいつらに勝てたら、な」
◇
そして始まった、不良同士の相撲大会。
誰と誰が対戦するかは、地面にあみだくじを書いて決めていた。
……本当は仲悪くないんじゃないのか?
ここしばらく、
……という予想どおり、三人組の圧勝だった。
「ヒロシー! しっかりしろー! 白目むいてんじゃねぇー」
とりあえず肩を貸して、土俵の脇へ降ろして寝かせてやると、
西園寺が気を利かせて飲み物を調達してきてくれた。
「な~んだよ。まったく相手になんねぇじゃねぇか」
「俺ら、やべぇくらい強くなってんなぁ」
「次はお前だ! 御手洗! 上がってこいよー!」
圧勝して気が大きくなったのか、三人組は俺に勝負を挑んできた。
「よーしよし。そうかそうか。俺に挑むとは」
正直なところ、俺もちょっと楽しくなってきていた。
こいつらが、どれだけ強くなったのか。
今の俺が、普通の高校生を相手にしたら、どうなるのか。
トクン。
「誰からでもいいぜ!」
四股を踏んで拳を地面に付けた。
ダンッ☆
ドンッ☆
ゴロゴロゴロッ☆
…………。
だよなぁ。まるで相手にならない。
相当手加減してこれだ。下手すりゃ大怪我させてしまう。
物足りなさを噛みしめていると――
「ガーッハッハッ! ユウキよ! 最後は俺様が相手だー!」
いつの間に来てたのか、
ドクンッ。
「スーさん! 見てたのかよ。よぉーし……。
久々に、ちょーっと気合入れてみようか!」
まさかのラスボス登場に、気持ちが跳ね上がった。
本来なら仕切り線がある辺りを挟んで、向かい合う。
ドクンッ!
ゆっくりと、腰を落とす。
かすかに響いていた祭囃子も聞こえなくなるほどに意識を集中する。
言葉はない。が、意志を交わす。
『真剣勝負だぜ』
『望むところだ』
そして――
どちらからともなく一度、立ち上がる。
撒く塩はないが、なんとなく土俵際まで往復して呼吸を整える。
再び、しゃがむ。
右手が、土に触れ、
左手も、続く。
ドクンッ!!
その瞬間、それまで消えていた提灯が一斉に灯った。
ゴォッ!!
同時に勢いよくぶちかまし、そのままガッシと四つに組み合う。
そのまま、ビタッと動きが止まる。
「やるようになったなぁ、ユウキ」
「スーさんは、まだまだ本気じゃないだろ?」
お互い、相手の出方を見ながら、じわり、じわりと力を込めていく。
力がぶつかり、せめぎ合う。
重い――
右へ崩そうとすれば、即座に左から圧が返る。
前に出れば、同じだけ押し返される。
鏡のような攻防。
寸分の狂いもなく、互いに押し留めている。
少しずつ。
少しずつ、ギアを上げていく。
「俺を本気にさせてみろ! ユウキ!!」
「ぬぉぉぉおおおりゃああああ!!!」
バキィ☆
「はぁっう!」
……
「スーさん……また、腰か」
「…………だ、だめだ…………これ以上は………………」
「す、すげぇぜ。御手洗のヤツ」
「師匠を負かすなんて」
「ヤロー、いつか追いついてやっからな!」
いつの間にか周囲には人だかりができていた。
沸き起こる拍手喝采。
その中に、
気付かないうちに俺たちは、夏祭りを盛大に盛り上げていたようだ。
街の力自慢っぽい親父にまで「次は俺だ!」と挑まれたが、それは丁重に辞退しておいた。
◇
合流した皆と一緒に境内を練り歩き、盆踊りも堪能したころ、花火が打ち上がった。
ぱっと大輪の花が咲き、一瞬遅れて腹の底に響く重低音。
ドーン☆ バチバチバチ……
「……綺麗」
隣にいた西園寺が、さりげなく俺の手を握ってくる。
反対側には
――なんだ、この状況は!?
西園寺が何か囁いた気がしたが、花火の音にかき消されて聞き取れなかった。
俺は、
激しい花火が連続で打ち上がり、最後にひときわ大きな花が開いて、夏祭りの終わりを彩った。
境内から次々と人が消えていくなか、
俺も続いた。西園寺も。
あの口の悪い老人の神様を思い出しながら、賽銭箱に五百円玉を落とした。
「(こんな楽しい日々が、どうか続きますように――)」
「(御手洗くんと――)」
西園寺、声が漏れてるぞ……。
それに、ここは恋愛成就の神様じゃないんだぞー。
チラッと横に目を向けると、いつもは堂々として高飛車な
そんな真剣になにを願っているのか気になって眺めていると――
参拝を終えた
「な、なんじゃ。じぃっと見つめるでない」
なんとなく――ただ、なんとなくだけど、表情が硬い気がした。
「あー、いや、神様って何をお願いするのかなーと思ってさ」
「普通だなー」と返して、俺も一緒に笑った。
この時――俺は何もわかってはいなかった。
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