第55話 深淵の底で

「ツクヨミは容赦ないねぇ~。もっと会話を」


 シュオン――――


 また青白い光と共に、切り刻まれる悪鬼。


 幻影などではない。

 たしかに実体として、そこにいて、

 切り刻まれた身体は、ぐしゃりと崩れ落ちる。


 しかし、それが塵となり消えるのと同時に、次の悪鬼が現れる。


 何度も、何度も――


「ったく、ま~だ気付かねぇのか?

 オレ様はな、この国にいる限り何度死んでも、すぐに復活できるのさ!

 ヒャハッ ヒャハッ ヒャハハハ――ッ」


 やがて、悪鬼の後ろに、ざわざわと大勢の人影が見え始めた。

 小鬼の群れだ。


「不死身とか……チートじゃねぇか。後ろのチビっこいのも、そうなのか?」


「もちろんさ、無敵の軍勢だろ? ヒヒッ!」


 小鬼の数は把握できないが、百や二百どころじゃなさそうだ。

 そんなの相手にしてたんじゃ、いつかはこっちが力尽きてしまう――


 そんな俺の心配をよそに、天照大御神あまてらすおおみかみは、堪えきれないといった様子で笑いだした。


「くっくっく……その程度で。ただで、無敵じゃと? 片腹痛いわ!」


 天照大御神あまてらすおおみかみの笑いに触発されてか、月読命つくよみのみことは冷静さを取り戻したのか、いつものスンとした姿勢に戻った。


「弟者から聞いていたとおり、とんだ雑魚じゃったわ。

 のお? 月読よ。もう気は済んだかえ?」


「はい、姉様。お見苦しいところを……」


「よいよい。愉快じゃったぞ?」


 ……なんだ、この余裕は。


「さて、悪鬼よ。我らは先を急ぐでな。キサマの相手をしている時間が、惜しい。

 立ち去れ……と言ったところで、下がらぬであろう?」


「イヒヒッ 当たり前じゃねぇ~かぁ。

 お前らはこの場で朽ち果てるまで弄んでやるぜぇ?」


「ふむ」


 小さく溜め息をつきながら天照大御神あまてらすおおみかみは、光の玉を繰り出した。

 それはゆっくりと悪鬼に向かって飛んでいく。


「アチチッ! そんな攻撃、無駄だっ アチッ!」


 光の玉は、悪鬼を追いかけて行く。

 逃げる悪鬼は、やがて透明な壁にぶち当たった。


「なんだ!? 壁か? どーなってんだ!? アチッ! アーッチ!」


 光の玉から逃れようとする悪鬼だったが、逃げ場はなかった。

 見えない壁は、悪鬼を囲むように張り巡らされていた。


「ふん。月読の結界の中で、わらわの光玉に焼かれ続けるがよい」


 結界は徐々に小さくなっているようだ。

 ついには、悪鬼は動き回ることもできず、両足を抱えて悲鳴を上げ続けた。

 やがて、力尽きて塵となる。そして結界の中で復活する。

 また焼かれて悲鳴を上げる。


「死に続けなさい。永遠に――」


 月読命つくよみのみことが冷たく言い放った。





 小鬼の軍勢の処理も終えた俺たちは、深淵の底を目指した。


 あの悪鬼が、どこで生まれたのか、何者だったのかは分からないままだった。


 月読命つくよみのみこと曰く、

 『憶測ですが……根ノ国に住んでいた人間が、禍蛇を食べた……とか』


 元々、根ノ国は、葦原中つ国あしはらのなかつくにに住む人間が往来できる場所だった。

 だとしたら、その可能性もなくはない、のかもしれない。


 『小鬼や悪鬼のような姿を持った穢れは、黄泉の国から出ることができず、浄化されることもなく、ただただ溜まっていたのでしょう』


 そうだ。


 本来、黄泉の国は、死者の魂が行き着く先であって、良い想いも、醜い感情も、全て綺麗に浄化される――そんな場所だったはずなんだ。


 その浄化作用が効かなくなり、負の感情、穢れが溜まって……溢れかえった。


 ……例えが雑かもしれないが、便所にガム詰まらせたみたいなものか?

 だったら、詰まったモノを取り除いて、スッキリ流してやらなければならない。

 と、俺なりに目的を再認識してみたが、どうだろうか。


 その答えを確かめるより先に、


 俺たちは、深淵の底へと――辿り着いた。





 赤黒く、薄く照らされた円環状の大広間。

 中央の穴では、漆黒の炎がうねっている。


「あれか――」

「あの炎が――」


「便所に詰まったガムだな」

「浄化の道を閉ざしているようです」


 月読命つくよみのみことも同じ見解だ。

 俺は思わず、口角を上げた。


 ドヤ顔を決める俺に、天照大御神あまてらすおおみかみ月読命つくよみのみことは不思議そうな視線を向けてくる。


「ガム?」

「便所?」


 ……あ、伝わってない。


「や、つまり……あの炎を、どうにかすりゃあ、良いんだろ?」


「そう容易ければ良いんじゃがな……」


 俺たちは慎重に、漆黒の炎に近づいた。


 すると――


 炎は揺らぎ、噴き上げ、寄り集まり、


 ゆっくりと、人の形を成していく。



「……やはりな。黄泉主神よもつおおかみじゃ」


黄泉主神よもつおおかみ……?」



「神にして神にあらず――それは、黄泉の国そのもの」

 月読命つくよみのみことが囁く。



「神だけど、神じゃない? 会話は……言葉は交わせるのか?

 何か理由があって、浄化の道を塞いでいるのなら――」


 ゆらりと歩き出した黄泉主神よもつおおかみは、その手に炎の剣を構えていた。


「向こうはヤル気らしいぜ」


 須佐之男命すさのおのみことが前に出て、大剣を構える。


 刹那――


 黄泉主神よもつおおかみの姿が、視界から消えた。


 ギィィィンッ!!


 音がした方へ首を振ると、須佐之男命すさのおのみことが、

 黒い炎を纏った剣を大剣で受け止めていた。


 速いっ!


 そこにあったのは、黒炎の剣だけだった。

 本体は見えない。ただ、黒炎の剣だけが、ギリギリと須佐之男命すさのおのみことを押し下げていく。


 少し遅れて――


 黒炎の剣から、ボッ、と火が灯るように黄泉主神よもつおおかみの身体が現れた。


「スーさん!」


 雷を纏った天叢雲剣あめのむらくものつるぎで、黄泉主神よもつおおかみに斬りかかる。が――

 ボワっと噴き出した腕に阻まれる。


「硬っ!」


 そこへ、宙に舞っていた天照大御神あまてらすおおみかみから、レーザー照射のような光撃が降り注ぐ。


 身体を貫かれた黄泉主神よもつおおかみは一瞬だけ揺らぎ、すぐに態勢を立て直した。


 そして、ゆらりと立ち上がったかと思うと、

 また姿が消えた――


 ズガガ――ッ!!


 地面を抉るような音に振り向く。

 今度の標的は、月読命つくよみのみことだった。


 何体もの黒子が、その身を呈して黒炎の剣から月読命つくよみのみことを護っていた。

 両断された黒子たちがしゅわりと消えてゆく。


「くっ……速ぇな!!」


 全力で踏み込む。

 須佐之男命すさのおのみことと、ほぼ同時に切り掛かる。


 シュオン――――


 月読命つくよみのみことの断裂攻撃も重なる。


「どうだっ!」


 しかし――


 俺と須佐之男命すさのおのみことの剣撃は、当然のように受け止められている。

 月読命つくよみのみことの攻撃も、表層の炎がチリリッと散らしただけだ。届いていない。


「くっそー!」


「ユウキ! 手を止めるなー!」


 声に反応して反対側へと回り込み、俺はがむしゃらに剣を振った。

 斬りつけ、叩き込んで、押し込む。

 俺の剣撃は全て、黄泉主神よもつおおかみに阻まれる。

 通る気がしない――。


 それでも手は止めない。


 上空からは天照大御神あまてらすおおみかみの光撃が降り注ぐが、素早く躱される。

 月読命つくよみのみことの断裂攻撃は届かず、黒子たちは身を呈した盾にしかなれない。



「アマテラ! ツクヨミ! さっきのアレ!」


『悪鬼を封じた結界が使えないか?』と言いたかった。


「……少しだけ、頼みます」


 月読命つくよみのみことが集中する。


「おりゃぁあああ!!!」


 必要以上に声を上げ、黄泉主神よもつおおかみの意識をこちらに向けさせる。


 どれだけ攻防が続いただろうか。


『離れてください!』


 頭の中に、月読命つくよみのみことの声が響いた。

 咄嗟に後ろへと飛び退く。


 キィィイイン――


「やった!」


 黄泉主神よもつおおかみは、青白く光る球状の結界に閉じ込められた。


 そこへ、上空から天照大御神あまてらすおおみかみの光撃が降り注ぐ。


 光撃は結界の中で乱反射を繰り返し、黄泉主神よもつおおかみの身体を削り取るように消し去っていく。


 そして――


「……やったか!?」


 結界が解けると、黒炎が消えた剣だけが、カランと音を立て地面に落ちた。


 不気味なほどの静寂に包まれる。


「……終わった……のか?」 


 ラストバトルにしては、物足りなさも感じるが、

 これで、黄泉の国は元に戻るのだろうか……。


 俺たちは無言のまま頷き合い、警戒しながら中央の穴へと歩を進めた。


 すると――


 一時は消えていた漆黒の炎が、再び激しく燃え上がった。


「やっぱりー!?」


 思わず声が出るが、これは冗談では済まないようだ。


 溢れるように噴き上げた炎が穴を飛び出し、再び黄泉主神よもつおおかみの姿を形作る。


 しかも――


「二体……三体! ……四体!! まだ増える!?」


 六体の黄泉主神よもつおおかみが、立ちふさがるように並んだ。


「……第二ラウンド……ってわけか」


 無理に上げようとした口角が、引きつって上がり切らなかった。

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