第46話 想い、重なりて

――神楽丘学園・理事長室――



 俺は風神かぜのかみ雷神かみなりのかみと共に、神楽丘学園の理事長室を訪れた。


 そこには、見知らぬ先客がいた。

 しかも、世間話で盛り上がっているようだ。


「だーかーらぁ、あれは絶対、味噌が薄かったんだってば」

「いんや、あれは出汁の取り方なんだって」

「したっけ、塩足せばいがったんだぁ」

「……ですから、その話は今ここでするような話では……」


 三人のおばちゃんと、苦労人っぽい男性が一人。


 男性はよれたスーツを身にまとい、白髪交じりの髪をオールバックに整えている。

 左右にぴんと跳ね上がった口ひげが印象的だ。

 一見すると、くたびれた執事のようにも見える。


「いやぁでもねぇ、祓っても祓っても湧いてくんだもの」

「ほんとだねぇ。お茶、おかわりもらってもいいかい?」

「あー、いい、いい、あたしらやるから、座っててー」

「……皆さん、そろそろ出発しないと……」


 なおも会話が止まらない三人のおばちゃん。

 お団子頭に、おかっぱ頭、長髪を後ろでゆるく束ねたおばちゃん。

 体型は皆さん、小さな樽のようでいらっしゃる。

 淡い水色、黄色、緑色といった色違いの着物のような衣装を纏っている。


 俺の隣で、風神かぜのかみが小声で囁いた。


「うわぁ……『かしまし女神』だ」

「オラ、本物は初めて見たんだべ……」


 雷神かみなりのかみがちょっと引いている。


 あー、やっぱり、あの四人も神様なのか。


 その時、ようやく天之御中主神あめのみなかぬしのかみがこちらに気づき、ふむ、と頷いた。


「はてさて、次の客が来たようじゃ。あんたらは引き続き、葦原中つ国あしはらのなかつくにの穢れ落としをよろしくのぉ」


 すると『かしまし女神』たちが一斉にこっちを向いた。


「次のお客?」

「おや?」

「あんら?」


 嫌な予感がした。


「ちょっとぉ~、この子が? 例の子?」

「あんれまぁ、なにさ、思ったより普通の男の子でないかい?」

「もっとこう、ムキムキの岩男みたいなの想像してたわぁ」

「いやぁ~したけど、目ぇはいいねぇ、目ぇは」


 三方向から一気に詰め寄られる。

 近い近い近い。

 おばちゃんたちの化粧の匂いでむせそうになる。


「え、あ、ちょっと、近い、っすね」


「あんた、ユウキって言うんだべさ?」

天手力男命あめのたぢからおのみことの子だってきいたよ?」

「こっちのちっこいの、風神かぜのかみ雷神かみなりのかみでないかい?」


「や、あの……」


 マシンガンみたいに喋り続ける『かしまし女神』たち。

 まったく答える隙がない。


「すみません、すみません、この方たち、悪気はないんです。

 ほんのちょっとアレなだけで」


「ちょっとどころじゃないっすね……苦労されてそうですね」


 この男神さまには、同情を禁じ得ない。

 男神さまは、がっくり肩を落としながら、ぺこりと頭を下げる。


「申し遅れました。私は気吹戸主いぶきどぬし

 そちらのお三方は、瀬織津比売せおりつひめ速開都比売はやあきつひめ速佐須良比売はやさすらひめ

 我ら四柱で、祓戸四神はらえどのししんと呼ばれております」


祓戸四神はらえどのししん?」


 詳しくは知らないが、どうやら穢れ祓い専門のチームらしい。


「んだ。あたしら四柱で、国じゅう走り回っては穢れ祓ってるのさぁ~」

「たぁだくっちゃべってるだけでないんだわ」

「そぉだ~。昨日は九州、明日は青森ってねぇ。あれ、次行くのは秋田だったかい?」

「いえ、このあと山形です……。列車の時間があるので、そろそろ……」

 ……かしまし、かしまし……


 三人は最後までぺちゃくちゃ言いながら「したっけね」と、理事長室を出ていく。

 気吹戸主いぶきどぬしは去り際にもう一度深く頭を下げた。


「……お騒がせしました」


「いや、あの、大変そうですね。ほんと……」


 気吹戸主いぶきどぬしは、なんとも言えない顔で小さく会釈し、三人のあとを追っていった。


 静かになった理事長室で、俺はぽつりと呟く。


「……『かしまし女神』……か」

「噂には聞いてたけど、すごかったな……」

「んだ……」


 風神かぜのかみ雷神かみなりのかみも、しみじみ頷いていた。



「さて、本題に入るとしようかの」


 天之御中主神あめのみなかぬしのかみが、何事もなかったように口を開いた。





 気を取り直して、天之御中主神あめのみなかぬしのかみたちの前に立つ。


 重厚な楕円形のテーブルを囲むように、別天津神ことあまつかみの五柱が座っている。



「天之爺さん。俺たちもアマテラのところへ行く」


「ふむ。覚悟はできた、ということじゃな」


「ああ。ただ、双頭の大蛇……。あんなのが、他にもいるのか?」


 それだけが気掛かりだった。天照大御神あまてらすおおみかみには「おぬしが護ってやるのじゃ」と言われている。


葦原中つ国あしはらのなかつくにに湧いた蛇なら、気にせんでも大丈夫じゃ。すでに手は打ってある。……お主の友人は気の毒だったがの」


 そうか。これで本当に迷うことは何もない。


「ありがとう、爺さん。正直、この先で何をすれば勝ちなのか、終わりなのか、よく分かってないけど……要は、狂ったように穢れを生み出し続ける黄泉の国へ行って、元のように『魂を浄化する国』へと戻してやりゃいいんだろ?」


 沈黙する天之御中主神あめのみなかぬしのかみたち。


「大丈夫かのぉ」

「若いもんは、こんくらいの方が良いんじゃぁ」

「バチコーンかましてこい! カーッカッカッ!」


 心配したり気合入れたりしてくれる神爺さんたち。


「よし。それではユウキよ、これを持つがよい」


 そう言って天之御中主神あめのみなかぬしのかみは、握り拳ほどの大きさの勾玉まがだまを寄こした。


「勾玉? でかっ」


「イザナギの魂じゃ」


 そうだ。『イザナギの魂と共にここへ……』という伊邪那美命いざなみのみことの声を思い出した。


 手に取った瞬間、勾玉は鈍く光りながら浮かび上がる。

 ふよふよと宙を漂ったかと思うと、俺の胸へ吸い寄せられ、根を這わすように同化してしまった。


 「おおー」と目を丸く見開いてどよめく老人たち。


 きっとこれは、凄い出来事なのだろう。

 しかし、神威神装かむいしんそう風神かぜのかみ雷神かみなりのかみとも合体してるし、この程度では驚かなくなっていた。


 俺がその時思ったのは『荷物にならなくて良かった』程度だ。


 イザナギの勾玉が一度、脈を打つように熱くなった。

 俺は、伊邪那岐命いざなぎのみことが『それな』と言ったのだと、勝手に解釈した。



「また、語られることのない神話がはじまるのじゃなぁ」


 宇摩志阿斯訶備比古遅神うましあしかびひこぢのかみが、楽し気に呟いていた。





 神楽丘学園のエレベーター。


 何度も利用しているごく普通の古いエレベーターだが、俺たちが乗り込むと、行き先ボタンのパネルが開き『根ノ国』と書かれた大きなボタンが現れた。

 根ノ国へと向かう入り口は、どこかの山奥に洞窟でもあるのかと思いきや、こんな身近にあるとは。


 これを降りれば、天照大御神あまてらすおおみかみたちに会える。


 迷うことなく『根ノ国』ボタンを押した。


 エレベーターはゆっくりと降下を始めた。




 天照大御神あまてらすおおみかみは、ずっと迷っていたんだ。

 俺を連れて行くか。真実を伝えるべきか。


 『ユウキよ……おぬしも……』と言いかけたときの悲痛な表情。

 『おぬしは、大切な友人たちの近くにおれ』と言い直したときの、哀し気な笑顔。


 結局、真実を告げることもせず、自分たちだけで根ノ国へと向かった。

 それが彼女の、天照大御神あまてらすおおみかみの覚悟。


 でも俺は――



 エレベーターは、地下深くへと降りてゆく。





 やがてエレベーターは最下階に到達し、扉が開く。


 思っていた以上に巨大な横穴が広がり、ぼんやり明るく照らされていた。

 この大トンネルの先に、根ノ国がある……。


 奥から異様な瘴気が漂ってくるのがわかる。


「ユウキ、平気か?」

「この瘴気、普通の人間なら、ぶっ倒れるレベルだべ」


 風神かぜのかみ雷神かみなりのかみが気遣うように、俺の顔を覗き込む。


「平気みたいだ。なんともない。俺も半分神様ってことなのかもな。

 ほら、イザナギも一緒だし」


 同化している勾玉に手を添えると、また脈を打つように熱くなった。


「この洞窟の奥に、アマテラたちがいるはずだ。行こう」


 食料と水の入ったリュックを背負い、歩き始めた。




 さて、問題がひとつある――




 今この時、天照大御神あまてらすおおみかみたちがどういう状況なのか。

 その状況によって、俺の登場シーンに大きな違いが出てくる。



 もしも大ピンチだったなら、俺は風神かぜのかみ雷神かみなりのかみと合体した状態で颯爽と駆け付けるのがベターだろう。

 格好良いセリフのひとつもキメてやれば、いつも高飛車な天照大御神あまてらすおおみかみも涙を流して喜び、俺に感謝するに違いない。


 しかし――

 穢れの対処もひと段落して、休憩でもしている場面だとしたなら、どうだろう?

 風神かぜのかみ雷神かみなりのかみと一緒に、とぼとぼ歩いて近づいていく俺。

「よっ」なんて軽々しく手を上げて挨拶したりして……格好つかないなぁ。


 そんな、しょうもないことを考えながら、三人で歩いてゆく。


 どれだけ進んだだろうか。


 このまま、根ノ国に到達するんじゃないのかと思い始めたころ、トンネルの奥に人影が見えた。

 四人、五人か。


 近づいていく俺に気付いたようで「誰じゃ?」と、天照大御神あまてらすおおみかみの声がトンネル内に反響する。


 あー、これは……格好つかないパターンだったか。


「アマテラー」俺は間の抜けた声で呼びかけた。


「まさか……おぬしは、ユウキなのか!?」


 天照大御神あまてらすおおみかみが駆け寄ってきた。

 そして、


「ユウキ――」


 俺の名を小さく叫ぶ。


 そのまま言葉を詰まらせた天照大御神あまてらすおおみかみに俺は、


 抱きしめられた。


 きつく、きつく、身体を震わせながら抱きしめてくる。


「ア、アマテラ? どうしたんだ」


「なぜ、ここに来たのじゃ……おぬしは……」


 声を震わせる天照大御神あまてらすおおみかみ

 こんなにもか弱い彼女は初めて見た。


 彼女の震えが落ち着くまで、俺も彼女を抱きしめ続けた。




「どうして、ここが分かったのじゃ?」


「全部、


「……全部?」


「ああ。三千年の昔、何があったのか。が何をして、どうなったのかも。全部だ」


 息を呑む天照大御神あまてらすおおみかみ


「ここでアマテラたちが何をしているのか、この先に何があって、何をしなければならないのかも、爺ちゃんたちから聞いた。全部聞いたから、ここに来た」


「ユウキ……おぬしは……」


「ぜ~んぶ思い出して、これから先、何をするのかも知った上で、あえて言わせてくれ」


 俺は、まっすぐに天照大御神あまてらすおおみかみを見つめて大きく息を吸った。そして――



「一緒に行こう、アマテラ。

 そして、一緒に帰ってこよう。

 



 天照大御神あまてらすおおみかみは言葉を詰まらせた。

 口元が震え、目からは大粒の涙が零れ落ちる。


「……この、大ばか者が」


 そう言って、柔らかい笑顔で頷いた。




「やーっぱり、こうなったか」


 天照大御神あまてらすおおみかみが落ち着くのを見計らっていたのか、須佐之男命すさのおのみことが声を上げた。


「スーさん、俺も戦える」


「わーってるよ。思い出したってんなら……だろ?」


「そう、だ」と言って、稲荷神いなりのかみとじゃれ合っている風神かぜのかみ雷神かみなりのかみを指差して見せた。


「ツクヨミ、長い間……背負わせちまったな。見つけてくれて、ありがとう」


 控え目な笑みを見せる月読命つくよみのみこと


 その後ろには、汗だくの天宇受賣命あまのうずめのみことがいた。

 バフ効果の舞を踊り続けていたのだろう。


 俺はリュックから水を取り出し、彼女に手渡した。

「お疲れさん、ウズメ」


「わぁ~、ユキりん、あんがとー♡」


 いつものギャル神っぽさが足りない。相当体力を消耗しているようだ。



 水と食料を配って、休憩することにした。

 そして、今後の作戦を練り直す。



「――でさ、『次に来るときはイザナギの魂も連れてこい』と……イザナミが」


「ほぉ……して、これが、父上の魂……とな」


 天照大御神あまてらすおおみかみが、俺の胸に同化しているイザナギの勾玉をさする。

 その手つきがまた、妙に色っぽい。


 イザナギの勾玉も、どっくんどっくんと熱く脈を打つ。


 娘に摩られて照れているのか、それとも俺に対して怒っているのか。


「おぬし、身体はなんともないのかえ?」

「ん? ああ、痛くも痒くもない。たまに熱くなるくらいかな」


「父上の声は、聞こえたりしないのですか?」


 天照大御神あまてらすおおみかみと入れ替わるように、今度は月読命つくよみのみことがイザナギの勾玉を指先でなぞる。

 なんだ、この圧倒的な背徳感は!


 またしても、イザナギの勾玉は、どっくんどっくんと熱く脈を打った。


「声は……しないな。今も熱く脈打ってるよ。

 心臓が二つになったみたいな妙な感じだ」


「親父殿の魂を、あの黄泉の国へ連れていけば……どうなるんだ?」


 須佐之男命すさのおのみことは指先でコツコツとイザナギの勾玉をつついた。

 ……イザナギの勾玉は、小さく脈を打った。


「さぁー……イザナミが現れる、とか?」


 文化祭の演劇で、穢れに引きずられていく西園寺の姿が目に浮かんだ。


「我らも、三千年前より遥かに強うなっておる。

 今回は父上の魂も共にある。

 そして――」


 天照大御神あまてらすおおみかみが何か言いかけたとき、トンネルの学園側から、何人かの足音が近づいてきた。


「来おったの。丁度良い頃合いじゃ」


 天照大御神あまてらすおおみかみはそう言って、ニヤリと笑った。

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