第44話 迷いの果てに

 天手力男命あめのたぢからおのみことが、黄泉の国で命が尽きようとしていたとき、はっきりと声を聞いたんだ。


『根ノ国側も無事に封じられた。これで何者であっても往来することは叶わぬ。しかし、およそ三千年の後、この封印は破られるであろう。その時にはどうか、イザナギの魂と共にここへ……』


 天之御中主神あめのみなかぬしのかみたちがざわついている。


「あの声、あれはイザナミの声だ。イザナミは今も黄泉の国にいる」


 根拠なんてない。けれど、そう確信していた。

 イザナギの魂と一緒に黄泉の国へ行けば、きっと……。


「天之爺さん、教えてくれ。アマテラたちは今、どこで何をしているのか」


「ふむ……」


 ずずずーとお茶をすする。


「あやつら三貴子みはしらのうずのみこは今、この神楽丘の地中深くにおる」

「根ノ国と、ここ葦原中つ国あしはらのなかつくにを繋ぐ大トンネル」

「そこで、根ノ国から溢れ出そうとしている穢れどもを堰き止めておるのじゃ」


 ドクンッ。


「それじゃあ、すでに封印は……」


「うむ。もう随分前じゃ。おぬしが異ノ国へ赴くよりも少し前になるかの」


 異ノ国観光。

 呑気に観光とかしてる場合じゃなかったはずだ。

 あの旅はいったい、何のために……。


月読命つくよみのみことはな、ずっと探しておったのじゃ」

天手力男命あめのたぢからおのみことが転生すると信じて、その魂を」

「三千年もの間、毎日毎日のぉ」

「あれなりに責任を感じておったのじゃろうて」


 三千年も……俺を探していた?


「そして、おぬしを見つけた」


 あ……『厳正に選んだのじゃ』『わらわが選んだ男じゃ』『思い出せー!』


 天照大御神あまてらすおおみかみの言葉、須佐之男命すさのおのみことの叫び声が脳裏をよぎる。


「異ノ国から戻った天照は、ずっと悩んでおった」

「おぬしに真実を告げて、根ノ国へ連れて行くか否かをな」

「連れて行けば、また三千年前と同じ結果になるやもしれぬと」

「今も悩み、迷っておることじゃろう」


「さて、ユウキよ。

 おぬしは、どうする。

 どう、あろうとする――」


 ・

 ・

 ・


 『あまり猶予は残されておらぬが、よく考えて欲しい』と言われ、

 理事長室をあとにした。


 異ノ国観光……なにが『厳正に選んだ』だ。

 最初から知っていて――

 あの旅は、天手力男命あめのたぢからおのみことを呼び戻すための旅だったのか。


 …………。


 そうだったとしても、俺がどうしたいかなんて考えるまでもない。

 決まっている。


 俺は、天照大御神あまてらすおおみかみたちの力になりたい!

 でも今の俺が、どれほどの力になれるのかが問題だ。


 かつての天手力男命あめのたぢからおのみことほどの力が、今の俺にあるだろうか。

 いや、それ以上の力がないとダメなんだ――。


 ・

 ・

 ・


「あー、やっと戻ってきた。御手洗氏ー!」


 湯宿に戻ると、太田たちが興奮していた。


「黒ミミズに続いて、出たでござるよ! ツチノコが!」

「フェイクじゃねぇのか~?」

「日本各地で目撃されてるって、ニュースやってるよ」

 ……がやがや、がやがや……


 はぁ? ツチノコ?

 なんともまぁ……拍子抜けするというか、なんというか。


 しかし、その映像を見た瞬間、鼓動が跳ねた。


 穢れの禍蛇まがへびだ!

 根ノ国から這い出てきたのか!?


「ほら、黒ミミズを喰らってる映像もあるよ」

「うわキモッ」

「伝説のUMA、ツチノコが現実に! こうしてはいられないでござる!」


 太田は出掛ける支度を始めた。


「ばか、よせ太田!」

「大丈夫でござるよ、御手洗氏ー。言い伝えのような毒は無いと専門家が――」

「違う! こいつは……あーもう、うまく説明できないけどマジで危険だから!」


 必死に太田の説得を試みていると、そこに血相を変えた鈴木が駆け込んできた。


「大変だー! ヒロシが大怪我して病院に!」


 ヒロシ……不良二人組の……バズカットの方だ。

 夏祭りのあと、頻繁にここで修業していた。


「でっかい蛇に襲われたって……しかも、頭が二つある蛇だったとか言って……」


 太田の顔色が変わっていく。


「双頭の大蛇……さすがにコレはフェイクだと思って見過ごしていたでござるが」

「御手洗くん、何が起こってるの!?」


 西園寺の声に、周りの奴らも反応して騒ぎ始めた。


「え? 御手洗が何か知ってるのか?」

「なんだなんだ?」

「何か知ってるなら教えろよ!」

 ……ざわざわ、ざわざわ……


 そうだ。俺は知っている。

 コレは、天手力男命あめのたぢからおのみことの記憶だ――


 こいつらは『穢れの禍蛇まがへび』。

 本来は黄泉の国に棲む蛇で、最初はツチノコのような小さな姿をしている。


 そして黒ミミズは、人の負の感情が形を成したもの。

 禍蛇まがへびはそれを喰らって成長し、やがて首の数を増やしていく。


 すでに人を喰らうほどまで育った個体が、この辺りをうろついているのか――!?


「とにかく、絶対に外へ出るなよ!

 みんなも、ここでじっとしていてくれ!

 この神楽丘はーあれだ、立地的に? 安全だから」


「御手洗くんは、どうするの?」


「まずは病院へ行ってみる。バズカットの……ヒロシっていうのか?

 そいつの話を聞きたい。そのあとは――」


「御手洗くんは、大丈夫、なんだよね? 絶対絶対、戻ってくる、よね?」


 声を震わせる西園寺。


「俺は大丈夫だよ。なんてったって異世界帰りだぜ?

 きっと帰ってくるから。みんなを頼む」


 無言で頷く西園寺の肩をぽんと叩いて、俺は駆け出した。


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎのレプリカを携えて……。





 パトカーと救急車と、消防車のサイレンも聞こえる。

 街中で異変が起こっているのか。


 黒ミミズを何匹も踏みつけながら病院へ向かって走った。


 途中で、記憶でだけ知っていた禍蛇まがへびの本物に遭遇した。

 なるほど……こいつは確かに、ツチノコだ。


 放置して成長されると厄介なので、目についたツチノコは片っ端から切り捨てた。





病院の一室――



 そこには、学ランたち三人が付き添っていた。


「お前らも来てたのか」


「御手洗……」

「俺たちがヒロシを病院まで運んだんだ……」


「そうだったのか。もう一人、鼻ピアスはどうしたんだ?」


 病室には、ベッドで眠るヒロシと、学ラン、リーゼント、ねじり鉢巻きの四人しかいない。


「アイツは……喰われちまったんだ」

「御手洗、双頭の大蛇だ。本当にいたんだ。頭がふたつの大蛇が」

「俺らが駆け付けたとき、リュウジは頭からがっつり食いつかれてて……腕と足だけがぼとぼとって……」


 三人ともガクガクと震えている。

 ヒロシが眠るベッドに目をやると、足元側の布団は不自然にまっ平だった。

 足を……喰われたのか。


「そうか……。お前たちだけでも無事で良かった。ほんとに……。

 それで、双頭の大蛇はどこへ行ったか、わかるか?」



 遭遇した場所と、双頭の大蛇が向かった方向を聞いた俺は現場へと急いだ。





 現場付近は警察により封鎖されていた。

 黒ミミズのせいもあってか、野次馬の姿は少ない。


 ブルーシートの向こうからは、まだ血の匂いが漂ってきていた。


 双頭の大蛇が向かったという方角へ向かう。


 俺の中の血が何かを察知しているかのように、鼓動が早まっていく。


 『風』を感じる。


 この先に風神かぜのかみがいる。

 それと……肌がピリッとする感じ……雷神かみなりのかみも一緒だ。


 異ノ国で、初めて風神かぜのかみと出会う少し前、天照大御神あまてらすおおみかみたちが風を感じていた時のことを思い出す。


 きっと、この感覚だったんだ。


 路地を曲がると、二人のちびっ子の姿があった。


「フータ! デンスケ!」


「あ、ユウキ―! 来てくれたのか」

「オラを『デンスケ』と呼ぶのは……あれ? なんだ、ユウキじゃねっか」


 そうか。

 雷神かみなりのかみを『デンスケ』と呼んでいたのは、天手力男命あめのたぢからおのみことだったな。


 路地の先には、鎌首をもたげた双頭の大蛇がいた。

 大蛇を囲むように、ピストルを構えて対峙する警察官たち。

 そして、その周辺には……双頭の大蛇が喰い散らかしたであろうが散乱している。


 大蛇の全長は三メートル……いや、四メートルはありそうだ。

 鼻ピアスを……喰らった大蛇……。

 異ノ国でも、あまり感じなかった死のイメージ。


 ……大丈夫だ。

 風神かぜのかみと、雷神かみなりのかみもいる。

 力を合わせれば――


 その時、一人の警察官が恐怖に耐えかねてか、悲鳴を上げながら発砲した。


「わぁ! あああ!!」

 パーン☆ パーン☆   パーン☆


 一発の弾丸が大蛇の胴体に命中した。

 しかし、ダメージは入っていないように見える。


 大蛇の尻尾が鞭のように跳ねた。


 発砲した警察官が吹っ飛ばされて塀に激突した。そのまま倒れて動かない。

 他の警察官たちも次々と発砲するが、効いてはいないようだ。


 また一人、警察官が吹っ飛ばされ、もう一人は肩に食いつかれている。


「デンスケ!」思わず叫んでいた。

「おうよ!」

 雷神かみなりのかみは俺の叫びに反応して、大蛇の頭に殴りかかり、警察官を救出する。

 ……が、左肩から先を持っていかれていた。あの出血、助かるだろうか……。


 しかし、他人の心配をしている場合ではない。

 こちらの存在に気付いた双頭の大蛇が、ズルリと近付いてくる。


 ゆっくりと鎌首をもたげた次の瞬間、巨大な蛇が跳ねた。


 散開して躱し、すかさず風神かぜのかみ雷神かみなりのかみが立ち向かう。戦い慣れているような動きだ。


 空気が裂ける音が、連続して耳を打つ。

 大蛇の尻尾と、二つの頭が間髪を入れずに、二柱に襲いかかっている。


 風神かぜのかみも、雷神かみなりのかみも、躱してはいるが攻撃に転じる隙がない。

 勝ち筋が見えない一方的な防戦が続く。


「フータ! デンスケ! 、やれるか!?」

「おお!? いいぜ!」

「え? なんだべ? 何をやるって?」


「合神だ! さあ、こい!」


 風神かぜのかみは慣れたもので、ぬるりと入ってきた。

 すこしためらいながら、雷神かみなりのかみが近づいてくる。


「よろしくな、デンスケ」


 そう言って差し伸べた手を、恐る恐る掴みにくる雷神かみなりのかみ


 ピシッ☆ と静電気が走ったかと思うと、ズビビッと俺の中に入ってきた。


「「「神威神装・雷嵐かむいしんそう らいらん」」」


 !?


 なんだこれ……!


 風神かぜのかみと合体したときとは比べ物にならないほどの力が湧いてくる。


 この神威神装なら、相手が三つ首だろうと圧勝できそうだ。

 双頭なんて敵じゃない!


 一瞬戸惑うような動きを見せた双頭の大蛇だったが、大きな口を開いて突っ込んでくる。


 意識を集中した瞬間、世界が変わった。


 大蛇の動きが、コマ送りのようにゆっくりになる。

 でも俺自身は普通に動けている。


 今の俺は、超高速で動いているんだ。

 これが、風神かぜのかみ雷神かみなりのかみを纏った力。


 目の前に迫った大蛇の頭の鼻っ柱をひと撫でして、横にずれてかわす。

 そのまま俺の横を通り抜けようとしている首を……叩き切る。


 もう一方の頭は、さっきまで俺が立っていた場所を見つめたまま動かない。


 少し距離がある。

 地面を蹴った。


 ビュオッ!


 うぉ!?

 軽いひと蹴りで、十メートル以上跳んだんじゃねえか!?


 力に振り回されているのか。

 慎重に、歩いて戻り……大蛇の残った首を斬り落としてやった。 


 あまりにも呆気なく、双頭の大蛇は黒い塵となって消えていった。


 ……名前、覚えてないけど、鼻ピアス……仇は取ったぞ。



 俺一人では無理だった。でも、これなら戦える。

 これなら、天照大御神あまてらすおおみかみたちの力になれるはずだ。



「フータ、デンスケ、俺と一緒に来てくれるか?」


「(今さら何言ってんだ? 当然だろ)」

「(もちろん、オラも行くべ)」


「ありがとな。二人とも、よろしく頼むよ。

 ところで……『雷嵐らいらん』て、ダサくない?」

「(そうか? 気にしたことなかったぞ?)」

「うーん……『サンダーストーム!』とか、どうだ!」

「(……どっちでもいいべ)」

「ポーズもキメた方が良いかな? どう思う?」


 ・

 ・

 ・


 もう迷うことはない。


 俺は天照大御神あまてらすおおみかみたちと共に、根ノ国・黄泉の国へ行くことを決心した。




葦原中つ国編 ~完~

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