第42話 はじまりの刻
文化祭初日は無事に終えることができた。
しかし、演劇を終えたあと、
クラスメイトは神楽の湯宿に集まり、三柱役の三人が不在のまま、
初公演成功のお祝いと称して盛り上がっていた。
その最中、太田がスマートフォンのスピーカーの音量を上げた。
『――に現れた黒いミミズのような生物は、その後も増え続け――』
『――日本全国、各地で同時多発的に目撃されております!――』
『――未知の生物だとして、絶対に触れないよう注意喚起が――』
「みんなコレ見てよ。何だか、おかしな事態が起こっているようでござるよ」
ネットニュースを見ていた太田が、広間のスクリーンにスマートフォンの映像を投影した。
そこには、アスファルトの隙間などから、うぞうぞと這い出す大量の黒いミミズが映し出されていた。
「うわっなにそれ?」
「気持ち悪っ」
「ちょっとー、変なモノ写さないでよー」
……ざわざわ、ざわざわ……
「今、ネットニュースで騒ぎになってるでござるよ」
「え? マジ映像なのコレ?」
「外見てこようぜ!」
好奇心旺盛な奴らが数人、早速飛び出していった。
「ねぇ、御手洗くん……大神さんたちが言ってたのって……」
「ああ……多分、関係あると思う」
神楽の湯宿には、他にも神様がいたはずだ。
談話室、露天風呂、客室……探してみたが、誰もいない。
いつもは大勢いる黒子の姿すらも見えない。
大広間に戻ると、SNSに投稿された動画で盛り上がっていた。
湧きだした黒ミミズを、除雪用のスコップで掻き集めて側溝に流す映像。
ショベルでべったんべったんと潰している映像。
潰された黒ミミズは、黒い塵となって消えていく。
「えーなんで? 生物じゃないの?」
「さすがにそれはフェイク動画だろー」
……がやがや、がやがや……
しばらくして、さっき外へ出ていった連中が戻ってきた。
「おかえりー。いたかー?」
「動画、撮ってきた~?」
「それがさ、この辺りには一匹もいなくて」
「坂の下まで降りてったら、マジいたわ」
「ほら、これこれ」
撮ってきた動画には、数匹の黒ミミズが、うぞうぞと這いずる様が映っていた。
「俺、踏んじゃってさー」
「うげ、まじかよ」
「ブジュって嫌な感触はあったんだけど、慌てて足どけたら何もいなくてさ。靴にも何も付いてないし。何なんだろうな、あれ」
ネットニュースは、出来るだけ外出しないようにと呼び掛けていた。
何人かは自宅に帰ると言って宿を出た。
残りは家に連絡して、宿に泊まることにした。
部屋は沢山あるし、大広間で雑魚寝でも問題なさそうだ。
俺たちはネットニュースを気にしながら、そのまま夜を明かした。
◇
――翌朝――
湯宿に常駐していた売店のおばちゃんと、女子連中が朝食の支度をしてくれた。
男子もお膳を運ぶのを手伝ったりして、みんな協力的だ。
黒ミミズは一晩中湧き続け、街はパニック状態に陥っている。
当然、文化祭の続行は不可能とされ、中止の連絡メールが届いた。
「さて、どうしたものか……」
「僕はちょっと様子を見てくるでござるよ」
「俺も」
「気をつけろよー」
「触っても害はないらしいな」
「でも気持ち悪いよぉ」
……がやがや、がやがや……
とりあえず、大広間に集まってネットで情報を収集する。
そのくらいしか、やれることは無かった。
「御手洗くん、大神さんたち大丈夫かな……」
「ん? まぁ、大丈夫かどうかで言ったら、あいつらは大丈夫だろ」
あいつらがマジで暴れたら……周辺への被害の方が心配だ。
ここにいても、特にすることもない。俺も黒ミミズを見に行ってみようかなぁと腰を上げたとき、学園の教頭がやってきた。
「みんな、家の人とは連絡とれているかな? 定時連絡入れておくようにねー。
えーと御手洗、御手洗はいるかー?」
「はい? ここにいます」
「あー、良かった。理事長がお呼びだから、すぐに学園の理事長室へ行ってくれ」
「理事長? 理事長が俺を名指しで呼んでるんですか?」
理事長なんて会ったことないぞ……。なんで呼ばれてんだろ。
「一年の御手洗ユウキだろ? なぜかは知らんが、呼んでるのは確かだ。
ほら、早く行って」
心配そうに見上げる西園寺をなだめて、行ったことのない理事長室へと向かった。
◇
学園の校舎内は、昨日の喧騒が嘘のようにシンと静まり返っていた。
廊下を歩く俺の足音だけが響く。
職員室よりずっと奥まったところに、理事長室はあった。
両開きの豪華な扉をノックしてから押し開ける。
「失礼しまーす。御手洗ですがー、呼ばれましたかー?」
部屋の中央には重厚な楕円のテーブルが置かれていた。
その向こうに、三人の老人が並んで座っている。
テーブルの両脇には老人と老婆。
合わせて五人。
みんな見覚えのある顔だった。
「あれ? 天之爺さんに……麻雀の仲間たち。それに、昔語りのじいさん!」
「ほーっほっほっ。相変わらずじゃのぉ~」
「ワシらを前にして『麻雀の仲間たち』じゃと」
「あーっはっはっ! 面白いのぉ~」
「こ、これ、ユウキ殿……」
脇に座った老婆、確か……
真剣な面持ちで何か言いかけるが、中央に座る
「よいよい、気にせんでもよい。それより――」
「さっそく本題に入ろうかのぉ」
「まぁまぁ、そこの椅子に掛けなされ」
「あ、ああ。それじゃ、失礼して……え?
天之爺さんって、この学園の理事長だったの?」
状況の理解が遅れてやってきた。
老人たちは俺をじっと見つめている。
しーん……。
ただ黙って、俺を見つめている。
本題に入るんじゃなかったのか?
その沈黙を破るように、部屋の横にある扉が開き、
英語の先生がお茶を運んできた。
先生は「どうぞ」と、俺に対しても妙に仰々しくお茶を置いていった。
ずずずずーっ……
お茶をすする老人たち。
「あ、あの……話というのは……?」
「んぁ? そうじゃったそうじゃった」
「何から話せばよいかのぉ」
「う~む。それが、問題じゃな」
……俺を呼ぶ前に決めとけよ。
「ここは、どうじゃろう。ウマ爺に任せるというので」
「そうじゃそうじゃ。何度か会うて昔語りしてたんじゃろうて」
「適任じゃぁ~。儂も今それを言おう言おうと思っとったんじゃぁ~」
「分かり申した。では――」
『ウマ爺』と呼ばれた、あの老人が俺に向き直る。
「儂は
「は、はぁ」
「単刀直入に聞くが、おぬし――もう気付いておるかの?」
ドクン。
「なにを……すか?」
「おぬしの中におる『魂』のこと、じゃ」
ドクンッ!
ドクンッ!!
「た、魂?」
「うむ。おぬしの中には、
ドクンッ!!!
やっぱり……そうか。
そんな気はしていた。
ずばり言われたことで、俺の中のモヤモヤが一気に晴れた。
「だと……思ってたよ」
「うむうむ。話が早くて助かるわい。では、また、昔語りといこうかの」
そう言うと、
その瞳に吸い込まれるように俺は、
起きたまま夢を見るような感覚に落ちていった――。
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