第41話 真・イザナギとイザナミの神話
神楽丘学園文化祭の開催が宣言された。
文化祭は三日間の日程だ。
俺たちの演劇は、今日の午前と明日の午後、二回公演する。
出演陣は衣装に着替え、控室に集合している。
劇中で『誕生する神たち』の衣装は、もはやコントだ。
「コントだとしても鈴木氏、羨ましいでござるよ。西園寺さんから生まれるなんて」
太田にもちゃんと役はある。全身黒タイツ姿だけどね。
「唯一引っかかるのは、種は御手洗君という点ですね」
「それはちょっとイヤでござるな……」
なんてことを言いやがる。
「どうじゃ? ユウキよ。この衣装なら、生まれた子に見えるであろう?」
「なんというか……百歩譲って、大神と月読は許すとしよう。
鈴木もまぁ許容範囲ではある。
が、(ぷぷ)須佐野は完全アウトだろー! あーっはっはっ!!」
「てめぇユウキ! 笑いすぎだぜ!」
「ぶふーっ! その、その恰好で凄むなよっ! あひーっひーっ 笑い死ぬぅ」
本番、舞台上で笑ってしまわないように、今のうちに笑っておこう。
開演時間が迫る。
体育館に用意した座席は満席。
床に座る者、後ろに立つ者、超満員状態だ。
ナレーターを務める女子は、赤ペンでびっしりと書き込みされた脚本を何度も読み返している。
『さて、本気のリハーサルだと思って、適度な緊張をもって臨もう!』
委員長が檄を飛ばす。
そして、幕が上がった。
――――――――――
――――――
――
まだ世界が形を持たなかった遠い昔。
若い男女の神、イザナギとイザナミは、
(俺と西園寺は、台に上り、二人で杖を持って足元をぐるぐるかき混ぜる)
さらに、イザナギとイザナミは、山や川、風や木などの神を、次々と生んでいきました。
(西園寺の足元から、モブ神役のやつらがポコポコと飛び出し、ステージ前方で自由気ままに踊っている。コンテンポラリーダンスっていうのかな?)
そしてある時、イザナミは、火の神……カグツチを生んだのです。
(鈴木が、メラメラ燃える被り物をしてすっくと立ちあがる)
「父さまー、母さまー」
(立ち上がった鈴木の恰好は……首から下は黒タイツ。
そして首に下げている大き目のヨダレ掛けには、
赤ちゃんの身体が描かれている……元気な男の子だ。
会場から、クスクスと笑い声が聞こえる)
火の神カグツチの炎はあまりに強く、抱き着かれたイザナミは大火傷を負ってしまいました。
「きゃあー! 熱い! 助けて、イザナギー」
「イザナミー! このカグツチめ、離れぬかー!」
イザナミは、この火傷が原因で命を落としてしまいました。
「イザナミ……目をあけてくれ……イザナミー!!」
イザナミを失ったイザナギの悲しみは、やがて怒りへと変わります。
「あー、父さまー、なにをー」
「お前さえ……お前さえ生まれなければぁぁああああ!!」
「あああぁぁぁ――……」
イザナギは、生まれたばかりの火の神カグツチを斬り殺してしまいました。
(暗転。場面転換だ)
イザナミのことを忘れられないイザナギは、
この世は、神々が住まう
私たち生者が住む
死者の魂が流れ着く
そして、
死者と生者がひと
イザナミの魂と、イザナギは、根ノ国で再会しました。
「おおー、イザナミよ」
「イザナギ……会いにきてくれたのですね」
(演技とはいえ、ぎゅっと抱きしめ合う。会場からは悲鳴が上がった。
――『お、おい、西園寺っ……な、長いよ。もう離れろって』――
ナレーターの女子までドギマギしてるじゃないか!?)
ひ、人の魂であれば、数日で浄化の道へと
イザナミは何年もの間、根ノ国に留まることができました。イザナギとイザナミは愛し合い、幸せな時間を過ごしました。
その間に生まれたのが、アマテラスとツクヨミです。
(背景の隙間から転がり出る大神と月読。
黒タイツ姿に、赤ちゃんの身体が描かれたヨダレ掛けをしている)
「だぁ~♡ だぁ~♡」
「…………」
(大神がやたらと俺に抱きついてくる♡ だ、台本にはこんなの書いてなかったじゃないか! 父にじゃれつく演技のつもりか!?)
「(こ~らアマテラスちゃ~ん。パパが嫌がってまちゅよ~)」
「(お前ら、変なアドリブ入れてくんなよ!)」
あ、えっと、仲睦まじい家族ですね。
よ、四人は根ノ国で幸せに暮らしていました。
「イザナミよ、このまま永遠に、ここで暮らしてゆこう」
「それは叶いませぬ。もうじき私は浄化の道へと
イザナミが言ったように、それからしばらくして、異変が起き始めました。
(西園寺がフラフラと、舞台袖に向かって歩き出す)
「イザナミ? どこへ行く、イザナミ!」
イザナミの耳に、イザナギの声は届きません。迎えの
「行くな、イザナミ! イザナミー!」
(暗転。そして場面転換っと)
イザナミを諦めきれないイザナギは、ついに黄泉の国へと足を踏み入れました。
そこで見たイザナミは、黄泉の国の穢れに捕らえられていたのです。
(穢れ担当のヤツらが、全身黒タイツ姿で西園寺の手足に纏わりついている)
「(でゅふ、でゅふふ♥)」
「(ちょ、太田くん、変なとこ触らないでよぉー)」
(太田のやつ、本番だと随分大胆に攻めるじゃないか)
「イザナミ! このクソ……ぃゃ、穢れども! さい……イザナミから離れろ!」
イザナギは穢れを振り払おうとしますが、穢れは次から次へと湧き出し、イザナミを黄泉の国の奥深くへと連れ去ろうとします。
「イザナギ……わたしは、もうダメです。せめて、この子だけでも連れて帰って」
(ここで、赤ちゃん須佐野の登場。
暗がりからズイッと現れた須佐野にスポットライトが当たる。
黒タイツは筋肉でパンパン。そして赤ちゃんの身体が描かれたヨダレ掛け)
「(むむん)」
(真一文字に紡がれた口元が笑いを誘う。
本当は泣けるシーンのはずなのに、会場からも笑い声が……)
「(ぶふっ)」
イザナミは、最後の力を振り絞り、スサノオを生んだのです。
そして、イザナギは涙ながらにスサノオを連れて、根ノ国へと戻ろうとしました。
しかし――
(穢れ役の奴らが、俺の足にも纏わりついてくる)
黄泉の国の穢れたちは、イザナギをも連れていこうとしたのです。
イザナギは、生まれたばかりのスサノオを担いで、根ノ国へと急ぎます。
「(おいユウキ。この雑魚ども、蹴散らしてもいいのか?)」
「(ダメに決まってるだろ! スーさんまで余計なアドリブ入れるなっての!)」
(赤ちゃん須佐野をお姫様だっこして走る……会場から変な悲鳴が聞こえる)
背後から迫りくる穢れたち!
イザナギはスサノオを抱いたまま、イザナミの名を叫びながら必死に逃げます!
ようやく洞窟を抜け、根ノ国へと戻ったイザナギは、穢れが出てこれぬよう、
巨大な岩で洞窟を塞ぎました。
落胆するイザナギに、アマテラスとツクヨミが寄り添います。
そしてイザナギは、イザナミとの愛の結晶である、アマテラスと、ツクヨミと、スサノオ、三柱を抱え上げ、
「(スーさん、背中に掴まって。アマテラはこっち。で、ツクヨミも失礼しますよっと)」
(三人を抱えて……舞台袖へ、ゆっくりはける…………完璧。
会場はどよめいていた)
これこそが、イザナギとイザナミの神話の、真実だったのです。
――
――――――
――――――――――
盛大な拍手喝采。
スタンディングオベーション。
途中、ちょいちょい妙なアドリブが入ったけど、
文化祭一発目のイベント、俺たちの演劇は大成功だったようだ。
しかし、気がかりなことがある――
劇を演じている最中、既視感というか……本当の場面を知っているような、奇妙な感覚に何度も襲われた。
見たことのないはずの根ノ国。荒涼とした大地。穢れの軍勢。
見たことのないはずの黄泉の国。赤と黒、暗く深い闇。漆黒の炎。
劇中でイザナギは、
だが、俺の記憶は多分、イザナギの記憶ではない。
俺の記憶では――
前を走る
そして俺だけが、黄泉の国に残って――
なんだこれ。
前に見た夢か。
違う。
あれはただの夢なんかじゃない。
あの夢の続きを、俺は覚えている。
黄泉の国に残って洞窟を塞いだ俺に、語りかけてきた声があったはずだ。
この劇を演じてみて、俺は声の主を確信した。
あの声の主は――――――イザナミだ。
イザナミは俺に何を伝えた?
黄泉の国で、穢れに連れ去られたイザナミは、今もまだ黄泉の国に?
もう少し。
もう少しで全部思い出せそうなのに――
「――洗くん、御手洗くんてば♡ 疲れちゃった? 大成功だったね」
「あ、ああ。西園寺、お疲れ……良い演技だったよ」
「
「お前なー……」
そこへ、
「姉様、もうじき……です……始まってしまいます」
「……そうか。この祭りが終わるまでは、と思っていたのじゃが。
弟者よ、すぐに備えるぞ」
突然切り替わった雰囲気に不安が広がる。
「お、おい……アマテラ、何が始まるんだ?」
「ユウキよ、この国の平穏はわれらが護ってみせる。
おぬしは……おぬしがいるべき場所におれ」
何か、とんでもない災いが始まろうとしているに違いない。
異ノ国を旅したみたいに。
でも違ったのか?
何かを警戒して、世界を護るために、こっちに来ていたのか?
俺は――
俺にも何かできることがあるはずだ。
「アマテラ、俺も――」
言いかけたとき、西園寺が怯えた表情で俺の服の裾を掴んだ。
「ユウキよ……おぬしも……」
それから、覚悟を決めたように顔を上げる。
「おぬしは、大切な友人たちの近くにおれ。そして、おぬしが護ってやるのじゃ」
哀し気な笑顔でそう告げる
何も言えなかった――。
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