第35話 夏休みといえば、海でしょう・前編

『おらー! もっと腰を入れて押せー!!』

『ぬぉぉおおおー』

『どりゃぁぁあああー』

『うひぃぃいいいー』


 朝っぱらから、神楽の湯宿に響く怒声と悲鳴。

 夏休みに入ってから、毎朝この騒ぎだ。


 不良三人組が「須佐野さんに稽古つけてもらう!」と言って押しかけてきたのだ。



『そんなへっぴり腰じゃ、三人掛かりでもユウキに押し負けるぞー!』


 う……俺を引き合いに出すのは勘弁してほしい。

 絶対あとで面倒なことになるから。



 押しかけてくると言えば――


『ご機嫌麗しゅう、美しき有明の月読さん』


 九条のヤツも毎朝、湯宿に顔を出す。

 まぁ、九条は新鮮な食材を提供してくれるから、悪いことばかりではないが。

 俺が情報提供してからというもの、ずっとこの調子だ。



 そして、朝食が終わるころになると――


「御手洗くーん♡ おっはよー」

「今日も来ましたー」

「来たでござるよ」


 西園寺と、鈴木、太田も顔を出す。

 このメンバーがほぼ固定化している。


 だが、今日は目的があって集まっているのだ。


 久しぶりの風神かぜのかみと、初めましての雷神かみなりのかみもいる。


 あと、天宇受賣命あまのうずめのみことの旦那さん、猿田彦命さるたひこのみこと

 なんとまあ、旦那がいたとは驚きだ。


 今日は、天之御中主神あめのみなかぬしのかみと麻雀してた神たちも一緒だ。

 高御産巣日神たかみむすびのかみ神産巣日神かみむすひのかみ天之常立神あめのとこたちのかみ


 神出鬼没の神老人の姿は見えないが……また昔語りしたくなったら現れるだろう。


「集まったようじゃな。それでは参るとするかのぉー。

 皆の者、出立じゃー!」


 わー☆っと、九条が用意したバスに乗り込む。


 向かう先は、海!!

 夏休みの定番イベント!! 海水浴だー!!


 バスの座席、俺の隣はもちろん西園寺がキープしている。


「御手洗くん、あたしの新しい水着、楽しみにしててね♡」


 ふむ。もちろん楽しみである。

 しかも今日は、大人バージョンの天照大御神あまてらすおおみかみと、月読命つくよみのみことも一緒だ。


 否が応にも昂るってもんだ。

 持ってくれよ。俺の理性。





 バスはひた走る――


 ちょっと暇だ――


「そういや、スーさんって、海担当じゃなかったっけ?」


「んあ? 俺ぁ『海担当』ってわけじゃねぇよ。よく言われたのは『嵐』だな。

 『海をも荒らす暴風の神』なんつってなぁー。ガーッハッハッ!」


 あー……だから、いっつも温泉を掻き回すのか……。


「海の神つったら、綿津見神わたつみのかみだなぁ。

 まぁ有名な話だと、海幸彦うみさちひこ山幸彦やまさちひこか」


海幸彦うみさちひこ山幸彦やまさちひこ? どんな神だったんだ?」


 暇つぶしに、須佐之男命すさのおのみことから、昔語りを聞くことにしよう。


 ――――――――――

 ――――――

 ――


 海幸彦うみさちひこ山幸彦やまさちひこは兄弟でなぁ。


 兄の海幸彦うみさちひこってのが、まぁ~いけ好かないヤツだったんだ。

 大して強くもねぇくせに、プライドだけは高くてな。

 たまったま『豊漁の釣り針』ってな神器を手に入れたおかげで、毎日のように大漁よ。

 でもアイツは、自分の腕が良いからだと勘違いしていやがった。


 山幸彦やまさちひこの方は、大人しくて良いヤツでなぁ。

 いつも手製の弓矢で、必要なだけ狩りをしていた。


 ところがある日、海幸彦うみさちひこが言い出したんだ。


「おい、ヤマヒコよ。俺様が毎日こんなに沢山の魚を獲ってくるのに、お前はなんだ?」


「ウミヒコ兄さんが毎日沢山の魚を捕ってきてくれるからね。食べきれないし、山の獲物は最小限にしているんだよ」


「はっ! んなこと言って、本当は獲物に逃げられてばっかなんだろ?

 よし、明日! 俺が山へ行って肉をわんさか獲ってきてやる。

 お前は海へ出てみろ」


 海幸彦うみさちひこのヤツは、山でもマウントを取ろうとしたんだろうな。



 そして翌日、海幸彦うみさちひこは山へ、山幸彦やまさちひこは海へ、それぞれ出かけていった。


 山幸彦やまさちひこは『豊漁の釣り針』を持っていたから、そりゃ~入れ食いよ。

 しかし、山幸彦やまさちひこは獲り過ぎないように、次の魚で終いにしようと思った。

 その時――


 プッツーン☆


 なんと、釣り糸が切れてしまい、『豊漁の釣り針』が無くなっちまったんだ。

 まぁ、魚はそれなりに獲れたし、釣り針のことは兄に謝ろうと、家に帰った。


 すると、兄の方は収穫ゼロ。

 イラついていた兄に釣り針のことを打ち明けると、それが火種となって兄は大激怒だ。


 釣り針を見つけるまで帰ってくるなー! と、追い出されちまった。


 山幸彦やまさちひこは途方に暮れたね。

 この広い海で、どこをどう探せばよいやら……。


 そこに「おいおい、どうしたどうした」と、現れたのが塩椎神しおつちのかみっていう爺さんだ。

 塩椎神しおつちのかみは、山幸彦やまさちひこの話を聞いて興奮してこう言ったとか。


「礼儀知らずの海幸彦うみさちひこめ。なんと横暴な! あ奴は、魚を獲り過ぎじゃないかという儂の言葉を無視しおってからに……いつかギャフンと言わせたかったんじゃ。よし! 山幸彦やまさちひこよ。儂がおぬしの力になってやるぞよ」


 そして塩椎神しおつちのかみに導かれ、山幸彦やまさちひこは、海の神の国へと辿り着いた。

 その国を治めていたのが、綿津見神わたつみのかみよ。


 そこで、山幸彦やまさちひこは、美しい豊玉姫とよたまひめと出会い、結婚しちまうんだなぁ。


 二人はしばらくの間、龍宮で暮らすんだが、ある日、山幸彦やまさちひこは兄のことを思い出した。

 『思い出した』ってんだから、それまで忘れてたんだろうなぁ。

 龍宮の暮らしが楽しすぎてよ。


 んで、義父となった綿津見神わたつみのかみの権力でよ、全ての魚たちの協力を得て、無事、見つけ出すんだ。『豊漁の釣り針』を。


 そうして当初の目的を果たした山幸彦やまさちひこは、妻となった豊玉姫とよたまひめを連れて、地上へ戻ることにした。


 その時、義父は山幸彦やまさちひこに、二つの宝珠を持たせたんだ。

 『潮満珠しおみつたま』と『潮干珠しおひるのたま』だ。

 まぁ、潮の満ち引きを自在に操れる神器だな。ありゃ。


 で、山幸彦やまさちひこ豊玉姫とよたまひめは地上へと戻った。


 そこでは既に三年もの月日が流れていたんだが、そうとは気づかず、山幸彦やまさちひこは嬉々として、海幸彦うみさちひこに『豊漁の釣り針』を返し、豊玉姫とよたまひめを紹介した。


 すっかり落ちぶれていた海幸彦うみさちひこは、もうキレまくったね。


 自分をこんな目にあわせた愚弟が、三年ぶりに現れたと思えば、えらいべっぴんなお姫さまを連れてんだもんな。そりゃキレるわ。


 焦った山幸彦やまさちひこは、『潮干珠しおひるのたま』を使って海に道を作って逃げた。

 執拗に追いかけてくる海幸彦うみさちひこ

 そこで今度は『潮満珠しおみつたま』を使って、海幸彦うみさちひこを溺れさせたんだ。


 それを何度も繰り返し、ついに兄は観念した。

 そうして、海幸彦うみさちひこ山幸彦やまさちひこの従者となったそうだ。


 ――

 ――――――

 ――――――――――


「ま、信じるかどうかは、お前ら次第ってやつだ。ガーッハッハッ!」


 あー、うん。

 概ね、知ってた神話と同じだったと思うんだけど、なんだろう……。

 須佐之男命すさのおのみことの語りだと、随分ライトな神話に聞こえた。



「さあ、到着じゃ!」


 天照大御神あまてらすおおみかみの声を聞いて、窓の外を見ると、

 バスは駐車場へと入っていくところだった。



「「「海だー!」」」


 バスを降りて、ちょっとした団体ツアーのように、ぞろぞろと砂浜へ向かう。

 既に多くの海水浴客で賑わっている。


 雲一つない澄み渡った空。

 見渡す限りの青い海。

 そして白く眩しい砂浜。


 いいねー!



「みなさーん!

 あそこに見える海の家に、我々の個室を確保してあるので使ってくださーい」



 おおー、九条のヤツ、気が利くじゃないか。点数稼ぎか? 


 それにしても、個室がある海の家って、随分豪華だよな。


 看板を見上げると――



【海の家 海だけど山彦】



 ……山幸彦やまさちひこと関係があったりなかったり?


 その隣に、随分とみすぼらしい小屋も見える。

 物置小屋かと思いきや、看板が掲げられていた。



【海の家 海だから海彦】



 ……どんまい。兄ちゃん。

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