第34話 眠らない月
「おはよう、月読さん。
今日もキミの王子が挨拶に来たよ」
スン……とした表情を崩さない、
「あっはー。
昨夜も、君のことを想いながら月を見ていたよ」
「(ふぁ~)」
『カイト様が挨拶しているのに、欠伸をするなんて!』
『失礼極まりないわよ!』
『カイト様はどーしてあんな転校生に毎朝……』
廊下から、
九条はどこぞの御曹司らしく、裕福な上に容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群ときている。
さらに礼儀作法まで完璧で、先生たちからの評判もすこぶる良い。
俺たちは『親衛隊』と呼んでいるが、九条の取り巻きも多い。
まさに『完璧超人』。
その九条が、
このところ、毎朝ああやって挨拶をしていく。
クラスが違うので、常にいるわけではないが、休み時間になると
とある昼休み、俺は九条に呼び出されて、ひとけのない体育用具室にいる――。
「王子様が、俺なんかに何の用だ?」
「(しぃー、声が大きい。ボクが一人でここへ来るのに、どれだけ苦労したことか……キミにはわかるまい)」
「そんなことは知らん。いいから、さっさと用件を話せよ。
男と二人きりでこんなとこでコソコソする趣味はないぞ」
「(うむ……。実は、折り入ってキミに頼みがあって……な)」
まぁ、想像はつく。
「どうせ、月読と親密になりたいーとか、そんなこったろ?」
「(だ、だから声が大きい!
……まぁ、ありていに言えば、そういうことなのだが……。
多くの女性たちに幸福をもたらしているこのボクが、毎朝声をかけているのに、あの塩対応……あんな女性は初めてなのさ)」
「お前の性癖に興味などない。さっさと用件を言え、用件を」
「(ふむ……。彼女が興味を持ちそうな話題や、趣味、何か知らないか?)」
「なんで俺が、そんなことを知ってると思ったんだよ」
「(裏の湯宿、一緒に住んでいるのだろう? ひとつ屋根の下で!)」
特に隠しているわけじゃないから、知ってるヤツは知ってる話だ。
「『ひとつ屋根の下』つってもだなぁ……特に会話をするわけでもないし」
というか、日中は常に眠そうにしているし、晩飯のあとは部屋に籠って出てこない。
「(なんでもいいんだ。どんな些細なことでもいい。彼女について何か知っていたら、教えてくれないだろうか)」
イケメンがグイグイ迫ってくる――
「わ、わかったから、そんな近づくなよ。気色悪いだろが!
何かわかったら教えてやるから、離れろって!」
『カイト様ー』
『どこへ行っちゃったのかしらー』
『まだ校内にいるはずよ?』
『『『カイト様ー』』』
「(よ、よし。それじゃ、頼んだよ。御手洗勇幸。ボクはもう少し、ここに潜んでいるから、先に行ってくれ)」
そう言って九条は跳び箱の中に身を潜めた。
◇
九条と約束したからには、なにか当たり障りのないネタを仕入れなきゃな。
神楽の湯宿の夕食は、和食中心のバイキング形式だ。
とりあえず、食の好みからチェックしておくか……。
もう慣れてしまったが、毎晩こんな豪勢な食事を頂けるなんてなぁ。
そして
完全に、量より質。高級食材をふんだんに使った特別なお膳なのだろう。
よし。
あれ?
なんか妙な神話だった気がするが思い出せない。
するとそこへ、狙いすましたかのように『あの老人』が現れた。
大盛りの焼きそばを乗せた皿を手にしている。
「ちょうど良いところへ!
じいさん、月読と食に関する神話、知ってるよね?」
「ふむ。もちろんじゃとも。聞きたいのかえ?」
「うん。教えてくれ」
老人は焼きそばをすすりながら、語り始めた。
「有名な話としては、そうじゃのぉ。やはり『
――――――――――
――――――
――
世の中が、まだ飢えにあえいでいた時代。
それを憂いた
糧を司る神として生まれた
そこで、
「
――
――――――
――――――――――
「そうして、
ずずずっと残りの焼きそばをすすった老人は、次の料理を求めて立ち去っていった。
もっとえげつない神話だった気がするけど、まあ、いいか。
とにかく、
◇
夕食が終わると、
こうなると、もう朝まで出てこない。
そう、思っていたのだが――
夜九時を回った頃、外出する
こんな時間から、お出掛け?
もしかして、気付いていないだけで、いつも出掛けてたりして……
好奇心。
いつも眠そうにしている
夜のお出掛け。
何かある。
九条のためではなく、単純に俺が気になってしまった。
迷うことなく、コッソリとあとをつけた。
今の
しかも、髪はアップにまとめ上げ、スーツを着こなし、ハイヒールをカツカツ言わせて颯爽と歩いている。
いつもの眠そうに足を引きずる姿とは、まるで別人だ。
昼間の高校生バージョンとのギャップも相まって、ぞくっとする。
神楽丘学園から坂道を下りて、商店街へと進んでいく。
夜十時ちょい前。
まだまだ営業している店が多い。
時折立ち止まり、店をチェックしているのだろうか。
メモ帳を取り出して何か記入しているようだ。
スマートフォンで写真を撮ったりもしている。
また歩き出したかと思ったら、躊躇することなく薄暗い路地へと入っていく。
気付かれないように、路地を覗き込みながらあとを追い、
看板の陰にしゃがんで様子を窺う。
すると、ある雑居ビルの中へ入っていくのが見えた。
さすがに中まで追っていくわけにはいかないか……。
何が入っているビルだろうかと、見上げてみると――
「『月読探偵事務所』と書いてあるのぉ」
頭上から
「月読の姉者、こっちで探偵なんかやってんのか?」
続いて背後から
「ななななんで二人が!?」
「ふふん。面白そうじゃから、おぬしのあとをつけてきたのじゃ」
「こういうのは俺にも声をかけろよ、ユウキ」
まさかのダブル尾行……。
「月読の姉者は、以前からよくこっちに出向いてたからなぁ」
「よもや、職を持っていたとは知らなんだ」
なるほどねぇ……。
そうか。
夜はこうやって仕事してるから、いつも日中は眠そうにしてるのか。
……いつ寝てるんだ?
九条への報告は、グルメだってことだけにしておこう。
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