第4話 しっぽの巻きつき、お断り!
「……んん〜……何時だ?」
重い瞼をこすりながら、手探りで枕元の時計を探す。その時、布団の中の明らかな違和感――自分以外の体温があることに気がついた。
「……またいるじゃん」
ああ、もう。毎晩「隣に敷いた布団で寝ろ」と言い聞かせているはずなのに。
宵が来てまだ五日目だというのに、俺の身体はこの「身元不明の男が布団に侵入してくる異常事態」に慣れ始めてしまっていた。
こいつがどこの誰なのかはおばあちゃんが知っているらしいから、いいか。
いや、いいのか? 流されてる自覚はあるが、深く考え出すと頭がすぐパンクしそうなので、俺は思考を放棄した。
上半身を起こすと、こいつも目を覚ましたみたいだ。
「ん……おはよう、なおや」
まだ焦点の合わない瞳で俺を見上げている宵に向かって、一応言う。
「お前、なんで毎日俺の布団で寝てんの?」
「ん〜……?」
「隣に布団準備してやった意味、ある?」
「くっつきたいんだもん」
はぁ……。
毎日同じやり取りをしてる気がする。結局、何を言っても無駄なのだ。俺は早々に諦めて布団を抜け出した。
大学へ行く準備を終えて居間に降りようとすると、宵もベッドから這い出してついてきた。
「おはよう、おばあちゃん」
「おはよ、おばあちゃん」
揃って挨拶を終えたタイミングで、宵が当然のように手を握ってきた。振り払おうとしたが、見た目のしなやかさに反して驚くほど力が強くて、指一本離れない。
(なんで? こんな力……強すぎ。マジで何者なんだよ)
おばあちゃんはそれを見て、いっそう笑みを深めた。
「朝から仲良しねぇ」
「ねぇ、じゃないってば。離せよ、宵」
**
三人で朝食を終え、いざ家を出ようとした、そのとき。
「そのコート返して! それ俺のじゃん!」
宵が俺の私服のコートをぎゅっと抱きしめたまま、玄関で仁王立ちしている。返せと言っても、首を横に振るばかりで絶対に離そうとしない。
「なおやの匂い、あるから」
「変なこと言うなって! 遅れそうなのに!」
結局、押し問答の末に別の薄手の上着を着る羽目になり、一限目の講義に少し遅刻した。友人の坂下の隣に座ると、呆れた顔で声をかけてきた。
「おっそ。珍しいな、寝坊した?」
「遅刻……させられたんだ」
「させられた? なに、こわ」
「……」
(説明……無理だろ)
**
学食で昼食を終え、次の教室に向かっているときだった。
建物の入口あたりがなんだかざわついていて、なんとなくそちらに顔を向けた。
視線の先に……宵を見つけたとき、思わず笑った。でも次の瞬間には、泣きそうになった。
「なんでここに来てんの!?」
思わず駆け寄ると、宵は真顔で言った。
「なおや、いないから」
「大学あるって言ったでしょ?」
「しってる。でも、いないから」
「いやだから……っ」
話の途中で周りの視線に気がついた。
「やば、あれ誰? モデル?」
「あんな綺麗な銀髪、初めてみた……」
注目を浴びすぎていて、これ以上ここにいるのは耐えられない。
「宵、いいからとりあえず帰って!」
「なおやと、いっしょがいい」
宵の声がわずかに震えてるのに気づいて、それ以上怒れなくなった。
「……講義終わったらすぐ帰るから。な?」
なんとか説得して、駅の方まで見送った。
それにしても、どうやってここまで来たんだ、あいつ。
**
午後の講義が終わると、一目散に校舎を出た。今日だけで何度目のため息だろう。
歩くスピードをあげて帰宅し、玄関を開けると、宵が勢いよく飛び込んできた。
「ちょっ……いい加減、飛びつくのやめて? 倒れるから」
「まちきれない」
……大型犬でも飼っている気分だ。
**
その後、三人で夕食を済ませると、急に甘いものが食べたくなった。
「コンビニでアイス買ってくるけど、おばあちゃん何かいる?」
「私はなにもないわよ」
当然のように宵もついてきた。コンビニに着くと、宵は足を止めて目を見開いたまま、じっと店を見つめている。
「ここ、なに……?」
「え、まさか知らないの? コンビニだよ。買い物するところ」
「……神殿」
「ちがう、コンビニ。来たことない人間初めて見たわ」
「とびら勝手にひらく……」
「今どきどこでもそうでしょ、文明舐めてるの?」
コンビニとか自動ドアとか知らないの? どんな辺境から来たんだ。
風呂上がりに、買ってきたアイスを食べる。バニラアイスを一口食べた宵は、その美味しさに衝撃を受けたらしく、子供のようにはしゃいでいた。
お前アイス、食べたことないの?
その後、歯磨きをして部屋に入る。布団の上でスマホをいじるのは俺のルーティンだ。
宵は興味津々といった様子で、俺の肩越しに画面を覗いてくる。
「なおやのこれ、すごいね」
「スマホな」
「かがみ……とは、ちがう?」
「スマホとか知らん大人、この世にいるんだ」
本当におかしい。
こんなに世の中を知らない人、いる? 世間知らずでも程がある。
外国人説どころじゃないじゃん。
「宵……今日さ、どうやって大学まで来たんだ?」
「でんしゃ」
「一人で?」
「うん。みんな、やさしかった」
……切符の買い方とか、改札の通り方も、全部誰かが親切に教えてくれたんだろうな。この見た目ならあり得る話だ。
もう寝よう。今日も疲れ果てた。
目を閉じると、当然のように宵が布団に入ってくる。
もう慣れた。それに言っても聞かない。
俺自身の順応力の高さが、今は恨めしかった。
でも、一応言っておく。
「お前、自分の布団、一回も使わない気?」
「なおやのにおい、するから」
「変態なの? 狭いんだけど」
宵の返事も聞かずに、俺はそのまま眠りに落ちた。
**
明け方。
何かくすぐったくて、ゆっくりと意識が浮上した。
指先に、柔らかい毛の塊のようなものが触れている。
……もふ?
薄く目を開けると、視界のすぐ横に銀色の髪が見えた。
(また、枕奪われてる……)
いやその前に、俺の肩に腕が巻き付いて、体ごと抱きしめられている。
それに、足にも……もふ? これはなんだ。
「えっ……なに!?」
俺の太ももに絡みつく、もふもふ。
「な、なにこれ……っ!?」
「ん〜……なおや、おはよ」
「待って待って、ちょっとこれ何!? 毛!? しっぽ!?」
叫んだ瞬間、尻尾(としか思えないような何か)がビクッと跳ねて、さらにぎゅっと、俺の腹に巻きついてきた。
「ぎゃあああああああ!!」
(俺、心臓止まった? いや、動いてる……)
隣でモゾっと動く気配。
銀色の髪が起き上がり、宵が眠そうに目をこすった。
よく見ると、その頭の白銀の髪の隙間から、銀色の犬の「耳」のようなものが飛び出している。
「なおや、なに、うるさ……」
「うるさ、じゃねーよ! なんで俺にしっぽが巻きついてんの!? それに、その耳みたいなのは一体なに!?」
宵は、その綺麗な顔で、ふわりと微笑を浮かべた。
「……あ、出ちゃってた」
「出ちゃってた、で済む話!?」
「だって、なおやのそばに、いると……」
「り、理由になってない!」
「なおや、びっくりした?」
「これ、驚かないやついないって!」
「じゃあ、しまうね」
その言葉通り、尻尾がシュンと縮んだかと思うと……空気の中に溶けるように消えた。耳も同じように、髪の中に収納されるようにして見えなくなる。
「消えた……!? しまえるの?」
「……なおや、触る?」
「触らない! なんでそんな身体になってるの!?」
「さみしかった、なおや、きのうすぐ、ねちゃったから」
宵の声が消え入りそうなほど小さくなる。
と同時に、俺は力強く抱き寄せられた。
宵の背後から、尻尾が再びしゅるんと現れ、俺の膝にその先端が触れる。
触れた瞬間――心臓がドクドクと脈打った。
この体温、この感触。
知らないはずなのに、魂の奥底が「知っている」と叫んでいるような。
やっぱり、変だ。俺、何が起きてんの?
それもだけど――この非現実的な状況は一体なんなんだよ!
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