第1話 やっと見つけた


 その日は、いつもより空が赤かった。

 濃い夕焼けが、なんだか不吉なほど落ち着かない色をしていた。

 

 ――南 尚弥みなみなおや、十九歳。

 どこにでもいる、ごく普通の平穏を愛する大学生だ。

 なのに今日という日は、その「普通」が足元から音を立てて崩れる記念日になってしまった。

 

 冬にしては生温い風が吹く、静かな夕暮れ。

 大学の帰り道。俺は駅前のコンビニ袋を片手に、家路を急ぐ人並みに紛れ込む。袋の中身はペットボトルと小さなパックのポテトサラダ。


「腹、減ったな」


 聞き慣れた自分の声が、どこか遠くから響いているように感じる。雑踏、誰かの話し声、信号待ちをする人の溜息、車の排気音。

 世界はいつも通り動いてるはずなのに、どこかピントが合わない。まるで分厚いガラス越しに映画を見てるような、そんな現実味のない感覚。

 

 最近こういうことが増えた。

 ふとした瞬間にぼーっとして、理由もなく胸の奥に、ちりりとした小さな違和感を感じる。

 特に理由なんてないと思う。多分、ただの疲れ。病院に行くほどでもないし、面倒だから気にはしてない。

 

 おばあちゃんとの二人暮らしもだいぶ長くなった。料理はそこそこできるほうだけど、今日はおばあちゃんの味に甘える日にした。


「……帰って風呂入って飯食って寝よ」


 自分に言い聞かせるように呟いて、静かな住宅街へと足を踏み入れる。

 古い平屋の錆びた門扉を抜けて、いつものように玄関を開けた。


「ただいまー……」


 靴を脱ぎながら声をかけるが、返事はない。

 いつもなら、スリッパのパタパタという音が聞こえて、すぐ出迎えてくれるのだが。テレビの音すら今日は聞こえない。


「おばあちゃん?」


 俺は足早に廊下を渡り、居間へ向かった。その途中、台所のドアが勢いよく開き、おばあちゃんがひょっこりと顔を出した。


「あ、おかえりなさい。尚弥」

「びっくりした。……静かだったから。ただいま、おばあちゃん」

 

 いつもの笑顔にホッとしたのも束の間。

 居間に一歩踏み入れた瞬間、俺は凍りついた。


 ――知らない男が、そこにいる。


 畳の上に直に腰を下ろし、見たことのない青年が静かに座っていた。

 白い羽織を重ねたその姿は、どこか神社の奥で見る絵巻から抜け出してきたかのようだった。

 肩まである白銀の髪がふわっと揺れた。

 琥珀のように澄んだきれいな瞳が、まっすぐこっちを見てる。

 この世のものとは思えないほど、整いすぎた顔の造形。

 ……美形? モデル? いや、そんなことはどうでもいい。


 えっ……誰?


 驚きすぎて声が出ない。


 なんで知らない人がここにいるんだ?

 ここ、俺んちだよな。

 ……えっ? 何これ。


 混乱する俺の耳におばあちゃんののんきな声が届いた。

 

「尚弥、今日から家族が増えるのよ〜」

 

 ……家族? ……増える?

 

「えっ、えええええーーーっ!!」

 

 叫んだ俺の困惑を置き去りにして、銀髪の青年がゆっくり立ち上がった。

 目が合った瞬間、胸が、ズン、と重く痛んだ。

 そして、青年が微笑んだ。なぜか心の底から嬉しそうな顔で。


「……とうや」

 

 青年が、一言だけ呟いた。その一言で、心臓がドクンと大きく鳴った。


 トウヤ。

 誰の名前だ?

 聞いたこともない名前。

 なのに――呼ばれた気がした。胸の中を直接鷲掴みされたような感覚。

 なんなんだ、これは。


 足が床に張り付いたように動けなくて、目を逸らすことさえできない。

 青年は、嬉しそうに目を細めた。


「やっと、見つけた」


「……はい?」

 

 

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