第1話 やっと見つけた
その日は、いつもより空が赤かった。
濃い夕焼けが、なんだか不吉なほど落ち着かない色をしていた。
――
どこにでもいる、ごく普通の平穏を愛する大学生だ。
なのに今日という日は、その「普通」が足元から音を立てて崩れる記念日になってしまった。
冬にしては生温い風が吹く、静かな夕暮れ。
大学の帰り道。俺は駅前のコンビニ袋を片手に、家路を急ぐ人並みに紛れ込む。袋の中身はペットボトルと小さなパックのポテトサラダ。
「腹、減ったな」
聞き慣れた自分の声が、どこか遠くから響いているように感じる。雑踏、誰かの話し声、信号待ちをする人の溜息、車の排気音。
世界はいつも通り動いてるはずなのに、どこかピントが合わない。まるで分厚いガラス越しに映画を見てるような、そんな現実味のない感覚。
最近こういうことが増えた。
ふとした瞬間にぼーっとして、理由もなく胸の奥に、ちりりとした小さな違和感を感じる。
特に理由なんてないと思う。多分、ただの疲れ。病院に行くほどでもないし、面倒だから気にはしてない。
おばあちゃんとの二人暮らしもだいぶ長くなった。料理はそこそこできるほうだけど、今日はおばあちゃんの味に甘える日にした。
「……帰って風呂入って飯食って寝よ」
自分に言い聞かせるように呟いて、静かな住宅街へと足を踏み入れる。
古い平屋の錆びた門扉を抜けて、いつものように玄関を開けた。
「ただいまー……」
靴を脱ぎながら声をかけるが、返事はない。
いつもなら、スリッパのパタパタという音が聞こえて、すぐ出迎えてくれるのだが。テレビの音すら今日は聞こえない。
「おばあちゃん?」
俺は足早に廊下を渡り、居間へ向かった。その途中、台所のドアが勢いよく開き、おばあちゃんがひょっこりと顔を出した。
「あ、おかえりなさい。尚弥」
「びっくりした。……静かだったから。ただいま、おばあちゃん」
いつもの笑顔にホッとしたのも束の間。
居間に一歩踏み入れた瞬間、俺は凍りついた。
――知らない男が、そこにいる。
畳の上に直に腰を下ろし、見たことのない青年が静かに座っていた。
白い羽織を重ねたその姿は、どこか神社の奥で見る絵巻から抜け出してきたかのようだった。
肩まである白銀の髪がふわっと揺れた。
琥珀のように澄んだきれいな瞳が、まっすぐこっちを見てる。
この世のものとは思えないほど、整いすぎた顔の造形。
……美形? モデル? いや、そんなことはどうでもいい。
えっ……誰?
驚きすぎて声が出ない。
なんで知らない人がここにいるんだ?
ここ、俺んちだよな。
……えっ? 何これ。
混乱する俺の耳におばあちゃんののんきな声が届いた。
「尚弥、今日から家族が増えるのよ〜」
……家族? ……増える?
「えっ、えええええーーーっ!!」
叫んだ俺の困惑を置き去りにして、銀髪の青年がゆっくり立ち上がった。
目が合った瞬間、胸が、ズン、と重く痛んだ。
そして、青年が微笑んだ。なぜか心の底から嬉しそうな顔で。
「……とうや」
青年が、一言だけ呟いた。その一言で、心臓がドクンと大きく鳴った。
トウヤ。
誰の名前だ?
聞いたこともない名前。
なのに――呼ばれた気がした。胸の中を直接鷲掴みされたような感覚。
なんなんだ、これは。
足が床に張り付いたように動けなくて、目を逸らすことさえできない。
青年は、嬉しそうに目を細めた。
「やっと、見つけた」
「……はい?」
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