冬の恋~最後のKISS

@sunset-on-mars

第1話

今年も暖冬なのか、と思われていた昨日までの暖かさが

噓のような薄ら寒い朝。

今日の結末を暗示するかのように、音のない雨が降っている。


 12月に入り、街には気の早いクリスマス・ソングが流れ出している。

赤と緑そして金色……煌びやかに飾られたショーウィンドウ。


「僕以外の誰かの手で

幸せになることを願うのも“愛”だと信じている」


いつもの乗り慣れた地下鉄

途中下車して、JRの駅へ向かう。

滅多に利用しない駅のコンコースはいつものそれとは勝手が違う。

途中、何度も迷いながら、新幹線のホームへ……


約束の時間は午前10時。

「ハンサムじゃないし、思うよりおじさんだよ」

そう聞かされていたけれど……


顔も、声すら知らない人に何故、こうも会いたかったのか……

やはりそれは恋だったのかもしれない。

知らないはずの顔。

だけど、すぐにわかった。

彼もたった一度送った私の写真でわかったらしい。


お互いの立場を考えれば決して“恋”などという言葉は安易に使えない。

先のことなど何も考えてはいなかった。

ただ、単純に会いたい、そう思っていた。

やっと、その願いを聞き入れてもらえたのがほんの1週間前。

「会おうか?」

たった一言のメールがどんなに嬉しかったか。

大袈裟だが、天にも昇る気持ちとはこんなものだろうと思った。


でも、会うためにはひとつの条件があった。

この日を最後に、会うことは勿論だが、メールの交換も終わりにするという

悲しい約束。


それでもいい。

会えるのなら……


目の前に現れた彼は、想像よりはずっといい印象を受けた。

「最近、薄くなってね」と、話す髪は短く刈られていた。

「あれからね、歯の治療もしたし、ダイエットにも成功したよ」

他愛のない会話の中で、私が「太った人は嫌い、歯の綺麗な人が好き」という

話をしていた。

それを覚えていてくれたんだ、そして、それを実行したんだ。

そう思うだけで、ひょっとしたら……などと淡い期待をしてしまう。

いい大人が考えるには幼すぎる?

そう自問自答していた。


私は古めかしい雰囲気のある自分の名前が嫌いだった。

周りの誰も私を呼び捨てにはしない。

と、いうよりさせない。


「江利子……」

メールの中で何度も呼ばれた名前

初めて声にされる自分の名前

今、愛しい人に自分の名前を呼び捨てにされた。

たったそれだけのことがこんなにも嬉しいなんて……

関東弁で聞くそれは関西弁とは全く違うものに聞える。


直に聞く関東弁

普通ならそのイントネーションに違和感と嫌悪感さえ持つというのに……

不思議な暖かさを感じた。


私が彼の名前を呼んだら、どう感じるだろうか?

呼んでみたかったけど……何故かできなかった。


「江利子はホント、小さいね」

「目元はキツネに似てる」

エスカレーターで横に並んだ彼は、白い歯を覗かせて笑った。

ふっくらして、目も少しタレ気味の方が好きだと随分前に聞いていた。

私とは正反対のタイプか……


でも、今はそんなことどうでも良かった。

お互いを目の前にして、話をしている。

それだけでいい。

今はただそれだけで……


関西は十数年前に一度来たきりだという。

アルコールはダメだというので大人ふたりして、ウーロン茶で乾杯。

お好み焼きを食べ、日頃の仕事だとか趣味の話……


朝からの雨。

気紛れに降ったり止んだり。

ふたりであてもなく歩く街並。

「今日だけ、恋人だよ」そう言って手を繋ぐ。

人込みに押されて離れてしまう手と手。


一度離した手を繋ぎなおすのが照れ臭くて……

そのまま、微妙な距離を取りながらただひたすら歩く。


歩き疲れて入る喫茶店

繁華街の入り口にあるというのに

どこか陰気な雰囲気の店を選んでしまった。

どんなに都会人の顔をしてもこんな所でボロが出てしまう、

などと考えながら彼の燻らすタバコの煙を見つめていた。


何を話したいのか、何を聞きたいのか……

近づいてくる帰りの時間が気に掛かる。


冬の黄昏

他の季節以上に切なさと、早い一日の終わりの気配を感じてしまう。

少し早めに着いた駅。

そこは行き交う人々のざわめきで溢れている。

電車を待つ間、並んでベンチに腰掛けそんな人の流れを見ていた、


最後に、何て言えばいいのだろう。

「会いにきてくれてありがとう」

その一言が精一杯。


ふいに、暖かいものを背中に感じた。

抱きしめられて……

突然のKISS

「本当は、抱きたいって思ったよ」

「だけど、江利子が大切だから……」

「最初で最後のKISS、ずっと想い出にするよ」


人目もはばからず、そんなことをした彼の思い。

私の目は微かに潤む。

余りにも突然過ぎて……


自分の思いを言葉にできないまま、さよなら。

「さよなら」だけで「またね」が言えない辛さ。

二度と会うことのない

永遠のさよなら。


電車の中の彼は手を振り笑っていた。

また、すぐにでも会いにくてくれそうな

そんな笑顔で……


あっけない別れに私は涙することも忘れていた。


「僕以外の誰かの手で、幸せになることを願うのも、“愛”だと信じている」


随分時間が経ち、あの日の記憶は薄れて行くけれど

今、ようやくその言葉の本当の意味

分るような気がしている



昔の私が

今蘇る

振り返れば 

時間は残酷で 

そして優しい

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