第4話 七面鳥の話をしよう
卒業式以来の沖浦から急にメールが届いたのは、数週間前の真夜中だった。気づいたのは朝だけど。
『サンダーバードを捕まえた』
たったそれだけ。高校時代から奇跡的に変更していなかった、というか放置していたフリーメールのアドレスに、謎の文章が一行だけ送り付けられてきた状況である。
私はしばらく空を仰いで考えていた。
「サンダーバード」
うん、声に出しても解決しないわな。
サンダーバードというのはネイティブアメリカンの神話に出てくる鳥のことである。もしくはアメリカで噂される巨鳥のUMA。私は何で知ってるんだっけ……ああ、高校時代にヤツがUMAについて熱く語っていたからだ。美術部員として色鉛筆画を描いていた私の斜め向かいで、部員でもないのに出没すると話題のホラ吹きが勝手に喋っていた青春の一ページ。あれ
あのとき沖浦は英語のイディオムカードを作りながら居座っていた。暗記用のやつ。
「家でやれば?」
「ちょっとザワザワした場所の方が効率上がるんだよ。カフェで勉強するみたいなさ」
「じゃあカフェでやれば?」
「金かかるし」
あっそう。
「シオリンにもあげるよ。二冊用意するから」
「いらない」
ヤツのシャー芯が折れた。単語カード系ってボールペンで書くものじゃなかろうか。
「シオリンはさ、進路決まってんの?」
「大学の候補くらいはね。その後は島に帰る」
「そっか、離島の出身なんだっけ。いいなぁ」
本当に羨ましそうな声だった。英文を書くのに飽きたらしく、今はカードの背景にドラゴンの落書きをしている。地味に上手いのが腹立たしい。
「俺も一緒にお持ち帰りしてくんない?」
「嫌だよ、最悪の手土産じゃん」
十秒くらい静かになった。
「あんたの方はどうなのよ。進路」
「俺は遠くに行きたいんだよね。まずはドラゴン退治の冒険に出て、そのあと青い鳥探しでもしたい」
イラっとした。人には真面目に話させておいて。
「青い鳥は近くにいるもんでしょ。遠出する必要ないし」
「そっか。じゃあ別の鳥、サンダーバードでいいや」
「何それ」
そこからUMAについての講義が始まってしまったので、もう作業用BGMとして好きなだけ喋らせておいたら、咳きこんで自販機にお茶を買いに行っていた。
「ほい」
私の前にミルクティーが置かれた。
「邪魔したお詫び。じゃあ俺、退散するから」
切り上げるタイミングまで勝手なヤツだ。邪魔してる自覚があるなら来なきゃいいのに。
「なぁシオリン。もし俺が……」
そこまで思い出したところで、窓ガラスに激突してきた鳥に邪魔された。この時期はよくあることだ。結構すさまじい音がするので、毎回びっくりするまでが恒例行事。
「おーい。大丈夫かい?」
「くわっ」
頑丈な鳥はふらふらしながら飛び去って行った。
さて、謎解きに戻ろう。メールは何かの暗号か、気まぐれなホラ吹きのいたずらか、もしくは私の知らない「サンダーバード」なるものが存在するのか。本州で流行りの商品名かもしれない。でも捕まえたってことは生物の話?
考えていたら腹が立ってきたので、適当に返信だけして終わらせることにした。あのホラ吹きのために脳内のブドウ糖を消費するのがもったいない。
『大事に飼ってあげなよ』
ヤツの一文より多くしてなるものかと、文字数まで確認した私の行動も変だったと思う。イライラって人間をアホにさせるものだ。
で、夜になって返信が来た。
『このアドレス生きてたんだね。久しぶり、元気にしてますか。俺は今、熱湯につかっています』
「風呂でも入ってんの?」
入浴を報告されても困るんだけど。
首を傾げているうちに追加のメールがきた。
『青から飛び出たメールでびっくりした? さっきのは冗談だよ。何でもないから』
いくら適当なヤツでも、さすがに違和感があった。冗談にしては話に脈絡が無く、日本語として意味不明過ぎ、医学的な意味で思考が心配になってくる感じ。もしかしてAIに文章を作らせて遊んでいるのかとも思った。でもこの変な言葉、どこかで聞いたことがある気もするんだよなぁ。
「サンダーバードを捕まえた……熱湯につかる……青から飛び出た……あ」
これは沖浦語だ。強制的に押し付けられたイディオムカードに書いてあった英語の表現。アレどこにやったっけ!
私はネットで意味を検索し、深呼吸してから一文を送った。
『何か困ってるんじゃない?』
――あの日、ヤツは美術室で言ったのだ。帰りがけを装って背を向けたまま。
「もし俺が、本当にサンダーバードを捕まえたらさ。今度は七面鳥の話がしたいんだ。聞いてくれる?」
「どんだけ鳥好きなのよ。まあ、またミルクティーくれるなら良いけど」
「その時はもっと高いやつ御馳走するよ」
後日イディオムカードをめくって知った。talk turkeyは「率直に話す」という意味なのだと。
次の更新予定
サンダーバードを捕まえた 野守 @nomorino
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。サンダーバードを捕まえたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます