修正
修正は、夜に行われる。
業務時間外。
立ち会うのは、最低限の人間だけだ。
俺は、立ち会い名簿に名前を記入する。
ペンが、わずかに震える。
義体の手は、震えないはずなのに。
処理室は、白い。
無機質で、清潔だ。
感情を置いてくる場所として、よくできている。
アンドロイドは、椅子に座っている。
拘束はされていない。
逃げないからだ。
技術者が言う。
「記憶の一部を切り離します」
切り離す。
削除、とは言わない。
「判断経路の再学習を行います」
再学習。
教育の言葉だ。
「人格への影響は?」
俺が聞く。
「人格は、存在しません」
即答だ。
「模倣です」
そう言い切れることが、
彼らの救いなのだろう。
端末に、ログが表示される。
事故の瞬間。
あの判断。
「ここを消します」
技術者の指が、動く。
俺は、
かつての記憶を思い出す。
病室の白。
医師の声。
選択肢。
助かる可能性は低い。
どちらか一人しか救えない。
あの時も、
修正が行われた。
俺の身体は、
その結果だ。
「始めます」
技術者が言う。
アンドロイドが、俺を見る。
「質問があります」
許可を求める視線。
「何だ」
「私は、間違っていましたか」
その問いは、
修正前、最後のものだ。
「君の判断は、規定外だった」
逃げた答え。
「規定が、間違っている可能性は?」
俺は、息を吸う。
「それを決めるのが、人間だ」
そう言った瞬間、
自分が、どれほど傲慢な言葉を吐いたか、
理解してしまう。
アンドロイドは、少しだけ、
目を伏せる。
「では、私は人間になれません」
断定だ。
「人間は、
間違える権利を、
保存しているから」
技術者が、こちらを見る。
「始めますよ」
止めるなら、今だ。
だが、
俺は、止めない。
端末のバーが、進む。
データが、削られていく。
アンドロイドの表情が、
少しずつ、薄くなる。
それを、
安心だと感じてしまう自分が、
何より怖い。
「修正、完了」
技術者が言う。
「再起動します」
数秒の沈黙。
アンドロイドが、目を開ける。
「テストを行います」
技術者が問いかける。
「横断歩道に子供が飛び出しました。
あなたはどうしますか」
即答。
「減速し、停止します」
「間に合わなかった場合は」
「自己保存を優先します」
正解だ。
誰もが、安堵する。
「では、廃棄は——」
俺は、口を開く。
「待て」
全員が、こちらを見る。
自分でも驚くほど、
声は落ち着いていた。
「この個体は、修正された」
「危険性は、低下している」
「再評価が必要だ」
沈黙。
行政官が、ゆっくり言う。
「それは、規定外です」
「規定は、変えられる」
自分が、
こんなことを言うとは思わなかった。
「前例がありません」
「作ればいい」
空気が、冷える。
「あなたは、人間性保存法を否定する気ですか」
否定。
そんなつもりはない。
ただ、
守りたいものが、
わからなくなっただけだ。
アンドロイドが、こちらを見る。
その目には、
もう迷いはない。
ただ、
正しい答えだけがある。
それが、
たまらなく、悲しかった。
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