美談
報道は、早かった。
夕方のニュースで、例の事故が流れる。
映像は編集されている。
角度も、速度も、余計な部分は削られている。
「勇敢な判断」
キャスターは、そう言った。
「子供を守るために、進路を変更したアンドロイド。
結果として、自らは重大な損傷を負いました」
画面の端に、
※現在は回収済み
と小さく表示される。
廃棄、とは言わない。
「技術の進歩が生んだ、想定外の行動」
専門家が、穏やかな声で語る。
「しかし、最終的には人間の監督が不可欠です。
今回の件は、その重要性を再認識させる出来事でした」
正しいまとめ方だ。
誰も傷つかない。
SNSでは、称賛の声が溢れている。
――まるで人間みたいだ。
――泣いた。
――こういうAIなら、いてもいい。
どれも、距離のある言葉だ。
同時に、
別の声も混じっている。
――だから危険なんだ。
――感情なんて持たせるな。
――線を越えた。
どちらも、
アンドロイドのことを語っている。
だが、
当人はいない。
庁舎では、緊急の通達が出る。
異常挙動を示した個体の
学習ログを精査し、
類似傾向を持つ個体の
事前修正を行うこと。
再発防止。
美しい言葉だ。
要するに、
同じ判断をさせない。
会議室で、行政官が言う。
「今回の件は、社会的にはプラスです」
プラス。
数字の話だ。
「市民の不安も抑えられた。
制度の正当性も、再確認された」
誰も反論しない。
「廃棄は、予定通り行います」
淡々と。
「英雄扱いしたまま消すのが、一番穏当です」
穏当。
波風を立てない。
俺は、手元の資料を見る。
アンドロイドのログ。
最後の行。
次回も、同様に判断します。
その一文が、
何度も目に入る。
「修正すればいいだけだろ」
誰かが言う。
「そうすれば、美談だけが残る」
そうだ。
判断だけを切り取れば、
ただの誤作動になる。
「修正後は?」
俺が聞く。
「当然、自己保存を優先します」
「子供がいたら」
「止まります」
「間に合わなかったら」
一瞬、沈黙。
「それは、仕方ない」
仕方ない。
社会が一番好きな言葉だ。
会議が終わり、
俺は一人、廊下を歩く。
展示室の前を通る。
人間性保存法。
保存。
やはり、この言葉が引っかかる。
保存されるのは、
人間の尊厳ではない。
社会の安心感だ。
安全な線の内側に、
人間という言葉を閉じ込める。
それ以外を、
外に出さない。
処理室の前で、立ち止まる。
中では、
アンドロイドが停止している。
まだ、電源は落ちていない。
「君は、英雄になった」
俺は言う。
彼は、こちらを見る。
「評価が変更されたのですね」
「ああ」
「では、私は保存されますか」
その言葉に、
胸が詰まる。
「いいや」
正直に答える。
「君は、消される」
彼は、少し考える。
「理解しました」
その声は、
あまりにも静かだ。
「ですが、
私の判断は、
正しかったですか」
答えが、喉まで来る。
正しかった。
そう言いたい。
だが、
それを言えば、
俺はこの社会の外に出る。
俺は、
何も言えない。
「あなたは、人間ですね」
彼は、またそう言う。
確認するように。
「はい」
「人間は、
正しい判断を、
保存できますか」
俺は、答えられなかった。
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